10.勇者と聖女は怒り悲しむ
「さて、どうしましょうか……」
ダンの従者・奴隷頭、キューリーは困った顔で考える。
「もう、虫の息ですね……これは応急処置とかでどうにかなるものじゃ……」
「聖女様、滅茶苦茶トーキック喰らわしてたもん……さぞ辛かっただろうにゃ・・」
「一応ヒールで止血だけでも……血よ止まれー、ヒール!」
ダンの性奴隷、美しいエルフのケスがヒールを掛ける。
キラキラと銀色の粒子が舞い、ユーシスの出血がマシになった。
「とりあえず彼の店の中にでも運んでみては?ここじゃちょっと……」
「そうですね、でも私達じゃ重すぎて……すみません、そこの方、ちょっと手を貸してもらえませんか?」
遠巻きで見ている野次馬達に向かって助けを求めるキューリー、
しかし怖がって誰も反応してくれない。
「無理やり引きずりますか……」
「仕方ないにゃ……」
各自、適当に持って引っ張る。
「「「「せいの、よいしょ!」」」」
ズズズ……
40センチほど動いた、ユーシスの店まであと6メートルくらい。
「これ、店に入れる前に死んじゃうのでは?」
「あ、じゃあ、もう一度ここでヒールかけときます。そーれ、治れー!」
そんな調子で――
少し引っ張る→ユーシスが死にかける→ケスがヒールを掛ける→少し引っ張る→ユーシスが死にかける→ケスがヒールを掛ける……
――を繰り返していたら、
「お前たち、何をしている!」
どこからか怒号が飛んだ。
「誰?」
4人が声の飛んできた方向を向くと、そこには真正勇者ヨシュアと真正聖女カーシャがいた。
「ヨシュア、あれ!」
四肢をぶった切られたユーシスを見て悲鳴を上げるカーシャ!
「貴様ら、何者だ!」
ヨシュアが剣に手をかける。
「私達、彼を店に入れて治療しようと……」
答えるキューリーに対し――
「必要ない、セイクリッドヒール!」
カーシャが聖女の魔法セイクリッドヒールが発動させる、金色の粒子がユーシスの身体を包む。
切断された四肢の各パーツがスッと消え、変わりにユーシスの四肢が再生する。
―― おおおおおおお! ――
周囲から大きなドヨメキが巻き起こった!
「う、うう……」
ユーシスの意識が戻った。しかし血が足らないので朦朧としている。
「まずい、血が足らん!誰か新鮮な生肉と魚と卵を提供してくれ!」
ヨシュアが周囲の者達に声をかける。
「わ、わかった!」
何人かが取りに行った。
「で、アンタら誰?」
カーシャが改めてギロリとダンの従者たちを睨み問う。
彼女達は無言で成り行きを見守っている。
「ユーシス、一体何があった?おい、おい!」
「うう……アニキ……アリサを……召喚勇者に……奪われた……俺……アリサを……守れ……なかった……」
「「なん……だと!?」」
成人の儀を終えた女性が召喚勇者に狙われる理由は一つしかない。
「「アリサが聖女に!?」」
動揺を隠せないヨシュアとカーシャ、
――そんな、なんで? だって、聖女なら私がいるし、他にも何人かいてこれ以上必要ないだろ! 創造の女神様は一体何を考えてアリサを聖女にしたんだ!――
カーシャは頭をクシャクシャに掻きむしった。
「おーい、生肉と魚と卵を持ってきたぞー!食べやすいように切り刻んでおいたからな!」
先ほど、頼まれて取りに行った人らが戻ってきた。
「すまん、この礼は必ずする! おい、ユーシス、生肉と魚と卵だ!食って身体の血を補充するんだ!」
「すま……ねぇ……アニキ……」
少しずつ食べていくユーシス。
最初は消化しやすい卵と魚、ついで肉……
「召喚勇者の加藤ダンってやつだよ、酷いもんだったぜ」
「あのアリサちゃんも勇者の魅了食らいまくって取り込まれちまったよ」
食べ物を持ってきた人達が状況を説明する。
「喰らいまくって?」
「一体、何発喰らったの?」
「えっと、確か10発だ、それまでよく耐えてたよ。でも10発目で堕ちちまった……」
「勇者の魅了を10発もだと!?」
「ああアリサ、あんたアレを10発も耐えたってのかい……」
カーシャがその衝撃に膝を落とす。
聖女になったばかりの頃、カーシャも召喚勇者に勇者の魅了で何度も襲われただけに、あの恐ろしさは身に染みて分かっている。
当時のトラウマが蘇りカーシャの心を壊そうとし、ワナワナと身体が震えだす。
「皆の者、すまん、どうかユーシスを見てやってくれ、俺たちは召喚勇者からアリサを奪い返しに行く!、カーシャ、しっかりしろ、ほら立て!」
「あ、ああ……よし行くぞ!」
―― うおおおおおおお! ――
周囲からドヨメキが巻き起こる!
「頼みます、勇者様、聖女様、必ず勇者を……あ、召喚勇者を倒してください!」
「アリサちゃんを、アリサちゃんを救って下さい、お願いします!」
「手伝えることがあったら何でもいってくれ、今度ばかりは召喚勇者を許せねえ!」
「やつら国を守るのに重要な存在だと思って付け上がりやがって!あんな勇者なんてもういらん!」
「まったくだ、やつらジアーナ女王陛下が長期外交周りしていることをいい事に、好き放題しやがって!」
「勇者様万歳!聖女様万歳! 勇者なんかケチョンケチョンに……あ、違った、召喚勇者なんかケチョンケチョンにやっちゃって下さい!」
「勇者様の出撃だ!本物の勇者様の出撃だ!」
民衆の熱狂は最高潮!
いくら王国領土防衛の要的存在・戦争抑止力とはいえ、民衆は世代を超えて召喚勇者共に、ずっと煮え湯を飲まされ続けてきたのだ!
だが、その熱狂に水を差す者がいた。
「そうは行きませんよ、ここから先は通しません」
ダンの従者達3人が立ち塞がった。