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第33話 盛大にやらかしていた魔王

「ふう……びっくりしました」


 幸いなことにリーフィアはすぐに復帰した。


「いや、びっくりしたのはこっちだからね?」


 特にアカネとシルフィードの二人は本気で焦った。


 シルフィードは首がガタガタと震えるくらい勢いよく肩を揺すり、アカネは最高級のポーションを振りかけようとしてしまった。


 ポーションを振りかけるのはアザネラがなんとか止めたが、それほど焦っていたのは事実だ。


「本当に大丈夫なの? 無理とかしてないわよね?」


 アカネがリーフィアの顔をペタペタ触りながら問いかける。

 その心配はリーフィアが復帰した今でも続いていた。


「あはは、大丈夫ですよ。あのアザネラ様が作ったアクセサリーを、アカネさんがプレゼントしてくれたことが嬉しくて……」


 シルフィードは滅茶苦茶驚く程度で済んだが、リーフィアにとっては衝撃的過ぎたらしい。


 魔法使いならば誰もが知っているアザネラ。

 本人から聞いた愚痴によると、現役時代は「弟子にしてください!」と魔法使いが殺到したらしい。


 さすがはS級だと思ったアカネだったが、アザネラ本人は弟子入り希望者が多すぎて困っていたと言っていた。


「上に立つ者の宿命ってのは難儀なものよねぇ」


「その気持ちわかるわ」


 ポツリと疲れた様子で呟いたアザネラに、アカネも同意して共に遠い目をする。


「おお、アカネもわかってくれるのね。ますます親近感が…………おっと、そろそろ始まるみたい」


 彼女の視線を辿ると、ギルドマスターのファインドが役員数名と共に、二階から降りてくるところだった。


「それじゃあ私は別の場所に行くとしましょう。……私がいると気が気じゃない子が居るからね」


 アザネラはチラッ、と視線をアカネの横に移す。

 そこには憧れの目で彼女を見るリーフィアの姿があった。


「じゃあねお嬢様。後でまた会いましょう」


 彼女はそのまま立ち去るのも愛想が悪いと感じたのか、リーフィアの肩をポンポンと叩いて去っていった。




「――皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 ファインドの一言で、先程までガヤガヤと話していた声が静まる。


「昨日、王国から騎士がいらっしゃいました。そして、冒険者全員に『緊急依頼』を出されました」


 少しのざわめきが冒険者達から発される。


 すでに聞いていたとはいえ、ギルドマスター直々に言われると、本当のことなんだという現実が再確認できた。


 当のファインドは、気にせず話を続ける。


「依頼の内容はこうです。

 『エール王国から数キロ離れた魔獣の森。そこが一瞬にして消滅。原因は不明だが、観測班の証言によると、とてつもない魔力を観測したとのこと。冒険者の諸君には調査、及び原因の解明を依頼したい』

 ……以上です」


「魔獣の森だって?」


「そこが消えたなんて嘘だろう!?」


「いや、国の観測班がそう言ったってことは本当なんじゃないか?」


「それにしてもなんで突然?」


 冒険者が疑問や驚愕を口にする。


 その中、アザネラは手を挙げる。

 それを見た冒険者達が静まるのを待って、彼女は質問を投げかける。


「消滅したって言うけど、どういうことなの? まさか、丸々なくなった。なんてことはないでしょう?」


 魔獣の森は、数百の獣型の魔物が生息していることで、人間や亜人の誰からも恐れられていた。


 それに森全体の広さも、世界でトップ五に入るくらいだ。それは実力のある冒険者でさえ簡単に迷うほど広い。


 それが消滅なんてことは、S級冒険者のアザネラさえも信じられない出来事だった。


 しかし、ファインドは首を横に振って、否定の意を示した。


「そのまさかです。魔獣の森は消滅しました。文字通り跡形もなく、あそこに魔物は当然、木々さえもなくなっていたと……」


「そんな……そんなことがありえるの?」


「残念ながら、事実です」


 はっきりと言われてしまっては、アザネラも無理矢理信じるしかない。


 これでもまだ信じられないのならば、それはただの現実逃避をした愚者だ。




 そして……現実逃避をしたくなっている者が少なくとも一人は存在していた。


(うそーん……)


 アカネだ。


(待って。いやいや、待って。それってアレのことよね。私がストレス発散に消し飛ばした、無駄に魔物が多かった森のことよね。うっわ、嘘でしょ……うっわぁ…………やってしまったわ)


 彼女は頭を抱えて、一日前にした行動を酷く後悔をする。


 ストレス発散をしたことにではない。

 もっと遠くの場所で、ストレス発散をしなかったことに後悔をしていた。


(だって我慢できなかったんだもの。仕方ない……けれど、あー、こうなるとわかっていたら我慢してたのにぃ! 私のバカバカ!)


 ポカポカと頭を叩く。


 それは隣に居たシルフィードにとっては、とても奇妙に見えたのだろう。

 怪訝な表情でアカネを見ていた。


「あ、アカネ? いきなりどうしたのよ。そりゃあ、魔獣の森が消えたことは驚くけど…………まさか、アカネがそこまで動揺するってことは、それだけ危険な敵が?」


 勝手に推測に入ったシルフィードに「そういうことではないの」と否定する。




「――お静かに」


 その時、ざわめきが大きくなっていた冒険者ギルド内に、静かながらよく響く声が通った。


「今回の目的は調査及び原因の解明です。戦闘はほぼ起こらないのを前提とします。

 そこで皆さんには二つの班に分かれてもらいます。

 第一班は先に魔獣の森があった場所へと行き、様子を見てくる班。第二斑は何か異常事態が起こった際に対処をしてもらう班。特に後者は実力に自身のある者。最低でもB級の冒険者パーティー以上が条件です。

 報酬は参加してくれた者全員に銀貨七枚です」


「銀貨七枚だと!?」


 誰かが驚きを隠せない様子でそう言った。


 ただ見てくるだけで銀貨七枚は大きい。いや、大きすぎて普通では考えられない。


 それだけ国はこのことを重要視しているという証明になる。


「これは指名依頼でもあります。……が、強制ではありません。参加を辞退する者は、ここから去ってください」


 普通、指名依頼は断ることはほぼ不可能だ。それが貴族なら尚更。


 もし、断ってしまうと銅貨五枚の罰金と、指名者からの信用を失うことになる。

 それでも命に変えられないと断る者も時には居るが、やはりほとんどの冒険者が断ることを躊躇う。


 今回はそれがない。


 しかし、誰もその場から動こうとはしなかった。


 ただ見るだけで銀貨七枚というチャンスを逃すのは惜しい。


 そのように皆の意見が合致していた。


(なんでよ! みんな帰って! 参加してもあそこには何もないわよ!?)


 今の魔獣の森には本当に何もない。

 消し飛ばした犯人も、危険な魔物も、それらから隠れるための木々さえもないのだ。


 つまり、本当に意味がない。


 だから冒険者は行くのだが、焦っているアカネはそれを理解していなかった。


「それでは第一班を希望の者は一階に、第二斑を希望する者は二階へと移動してください。班分けが済んだ後、職員から作戦の細かい指示を出します」


 冒険者達はアカネの心境を知らずに、それぞれの希望の班へと移動を開始していた。


「ほらアカネ、私達は上に行くわよ」


「エエ、ソウネ……」


「本当に大丈夫ですか? 具合悪いなら参加を辞退しても……」


「イエ、ダイジョウブヨ」


 放心状態のアカネは動く気力すらなく、姉妹二人に二階へと連行されるのだった。

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