第52話 そして伝説へ
――炎の戦士と光の魔導師が〈竜の巣〉を閉じ、南の地の魔物を消滅させた――
その噂は、瞬く間に広がった。
ノエル達はカッツェの故郷である南方諸島で、英雄として熱烈な歓迎とともに迎え入れられた。
「ちょっと違うんだけどな……」
五人は互いに顔を見合わせ、少し照れたように困りながら笑う。
しかし、一行のなかで誰一人としてあの不思議な体験をうまく言葉にして伝えられる者はいなかった。そもそも、一人ひとりの見たイメージは異なっていた。それぞれがそれぞれの形で、自分の心と対話し、自分の心に欠けていた欠片に気付いたのだ。
*
「ここが、カッツェの故郷?」
「あぁ……」
ノエル達はカッツェの故郷の村――今では誰もいなくなった村へと足を運んでいた。そこには壊れた壁、打ち捨てられた荷車、焼け焦げた跡……壮絶な魔物の襲撃の跡だけが残っていた。
村の外れの墓石の前で、すっ、とカッツェが腰を屈めた。手に持った花束を手向け、無言で手を合わせる。ノエル達も、静かにそれに従った。
「俺はな、あの時〈竜の巣〉の中で、親父の声を聴いた気がしたんだ。『俺は向こうで元気にやってる。お前たちは今をただ、精一杯生きろ』って」
カッツェが立ち上がり、ノエル達の方を振り向いた。
「本当はずっと……恐れていたんだ。自分自身の復讐のために、たくさんの人を巻き込んでしまったんじゃないかと。みんな俺を恨んでるんじゃないかと思って……」
初めて彼がそんなことを口にした。いつも豪快に笑っていたカッツェが、そんな風に自責の念に駆られていたことをノエルは全く知らなかった。
「そんな……そんなことないよ! 僕達はみんな、あの旅で大事なものを見つけたんだ!」
ノエルはカッツェの言葉を強く否定した。
その想いに嘘はなかった。カッツェと出会ってからの旅の中で、自分の未熟さ、慢心、仲間を想う気持ち、本当の強さ、両親の自分を想う心――言葉にできない様々なものを見つけていた。それはかけがえのない大切な宝物なのだ。
「ありがとう……お前たちに会えて、本当に良かった」
カッツェが安堵したように笑顔を見せた。
*
「お~~い、カッツェ、手伝ってくれ!」
村人が、遠くからカッツェに呼び掛けた。村はすでに復興に向けて動き出していた。あちこちから活気の良い声が聞こえてくる。
「おお、いま行く!」
大声でカッツェが答えた。村の復旧は手作業で行われている。一人でも多くの屈強な男の力が必要だった。
「……じゃあな、お前たちも気を付けて」
そう言って、カッツェは明るい笑顔をノエル達に向けた。
「うん……って、え?」
「ん?」
「僕達、まだ帰らないよ!」
「なんでだ? 北のギルドを長く不在にしちゃまずいだろう」
不思議がるカッツェを前に、ノエルはヴァイスの方を振り返った。ヴァイスも、心得た様子で頷いてくれた。
「……もういいんだ、ギルドは!」
「なに?」
「人間同士で争っていても仕方ないって思ったんだ。それより、この世界にはもっとたくさんの面白いことがあるって。だから、色んな土地でお手伝いしながら旅をするんだ!」
キラキラと瞳を輝かせながら、ノエルは自分の想いを語った。自分の力を、もっとたくさんの困っている人のために使いたい――それがこの長い旅を終えてノエルの出した結論だった。
〈竜の巣〉は消え、南の地の魔物は消滅したが、まだ世界各地には魔物が現れている。
魔物とは、人の心の隙間とともに顕れる存在なのだ。
人が生きている限り、必ず葛藤は生まれる。葛藤とは、人の心の中で善と悪とが戦っている証。人はその葛藤を克服することで成長していく。自分の中の善悪を受け入れ、制すること。そうしない限り人は魔物を生み出し続け、自らを傷つけてしまうことになる。
ノエルはその負の鎖を断ち切り、困っている人を救い出す手助けがしたいと思っていた。人を助けるその旅は、きっと人生と同じ終わりのない旅になるのだろう。なぜなら、人の数だけ葛藤は生まれるのだから。だがノエルはそれでも良いと思っていた。
「ふむ――まぁそれはそれで、いい心掛けだな」
感心したようにカッツェが頷く。
「うん、だからカッツェも一緒に行くんだよ!」
「えっ?!」
「もちろん! 僕のこと守ってくれるって言ってたよね?」
ニコニコと、始まりの日と同じような無邪気さでノエルはカッツェの顔を覗き込んだ。
「えぇっと……」
カッツェは困ったように、ノエルの後ろにいるヴァイスを見る。
「もちろん、魔導師二人では心許ないですからね。――この村が復興するまでは、私達も留まってお手伝いしましょう」
「ボクも! ボクも一緒に行くニャン♪」
「カノアが行くのなら、私も」
ヴァイスの言葉に、後ろで聞いていたカノアとレイアもいつの間にか混ざっていた。
「行くって、どこへだよ……」
「う~~ん、それはまだ決めてないけど。どこか面白そうなところ!」
「なんだよそりゃ……」
ノエルがぱっと手を拡げて楽観的な見込みを述べると、カッツェは困惑した表情を浮かべながらも笑みを零した。
カッツェはもちろん一緒に来てくれる。なぜならノエルの直感が外れたことはないのだから。
五人の頭上で青く晴れ渡った南の空を、龍の形によく似た雲がゆったりと流れていった――。
*
*
人々が歓びを忘れ、神の力を失ったとき、
世界に危機が訪れた。
地は割れ、海は沈み、風は荒れる。
神の裁きが天より落ち、人々は地に倒れる。
終焉の時、五人の戦士が現れる。
炎の戦士が南の地に降誕し、
北の地より光の魔導師が来たる。
五人の戦士は力を合わせ、龍の盃を見つけ出し、ついに龍の力を封印する。
正しき心をもつ五人の戦士が、世界の危機を救う。
再びこの地が闇に呑まれる時、
新たな戦士が人々を救うであろう――。
――古のエルフの伝承 『救世の章』より
― 第一部「はじまりの詩」(完) ―




