第一話「お兄様が大好きです!」(サンプル投稿)
『――桜』
懐かしい声が聞こえた。
優しくて、暖かな声。
そう、このお声は――
「……お兄様」
目の前には懐かしい顔ぶれがあった。
いつもどこか儚げで、すぐにも消えてしまいそうな雰囲気を持った人であった。
身体が弱く、病気がちだった兄。
だが、賢く、強い人であった。
兄は私にとって唯一の肉親であった。
両親は私が物心ついたばかりの頃に飛行機の墜落事故で亡くなった。
遺体は行方不明。
形見の一つも遺さずに死んでしまった。
残ったのは莫大な遺産と、兄と二人で暮らすにはあまりに大きすぎる家。
幼かった私は両親の死を受け入れきれず、心を壊した。
私には当時の記憶があまり残っていないが、まるで人形のようだったという。
そんな私を兄は救ってくれたのだ。
だが、いつも私を支えてくれていた兄も――もう。
『桜、泣くな』
はい、もう泣きません。
『お前は強い子だ。賢い子だ。そして誰よりも優しい子だ』
兄はいつも口癖のようにそう言っていた。
決して私は兄が言うような人物ではないけれど、兄にそう言ってもらえることに私はとても救われていた。
「お兄様」
声は届かない。
だって兄はもうここにはいないのだから。
きっとこれは夢。
弱い私が見てしまった優しい幻想。
だから、もう、兄を心配させてはいけないのだ。
「お兄様。――桜は、もう大丈夫です」
兄は姿を消し、私は夢から醒める。
最後の瞬間、兄が微笑んでいたような気がした。