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秋葉原最終処分場、普通の一日 ~第五話:ある午後の秋葉原最終処分場~

晴れた午後。


店が静かな時間帯だった。


ミーナは棚の上に座って昼寝をしていた。猫族なので、こういう場所で休むのが好きらしい。


「落ちないように」

カケルが通り際に言った。


「落ちない……むにゃ……」

ミーナは半分眠りながら答えた。


エレナが奥の作業台で基板を修理していた。


リョウが帳面を確認しながら補充注文のリストを作っていた。


カケルは通信装置の量産モデルを組み立てていた。


誰も喋らない。


でも誰も、不快ではない。


この静かさが、カケルには好きだった。


戦いの日々の緊張が、今はここにない。


あるのは、工具の音。棚から時々落ちる何かの音。エレナが基板に触れる細かい音。リョウが帳面を繰るかすかな音。


そして時々、ミーナの小さな寝息。


「カケル」


エレナが声をかけた。


「うん」


「少し確認したいことがあります」


「どうぞ」


「この基板の接続方法について」

エレナが基板を持ってきた。

「二か所のどちらに繋ぐべきか。片方は現在の設計通りですが、もう片方は試験的に変えた場合、効率が上がると思います。ただし確認が必要で」


カケルはエレナから基板を受け取って、確認した。


「こっちだ。並列接続より直列の方が、この設計では安定する」


「そうですか。やはりそちらでしたか」


「なんで両方試そうとしてたんだ?」


「確信がなかったので」

エレナは静かに言った。


「長く生きていると、知っていることより知らないことの方が多いとわかります。だから確認します」


「随分謙虚だな」


「長命種の習慣です」


「電子工学は最近学んでるから、まだわからないことだらけって事か」


「そうです」

エレナは言った。


「でも、カケルに教わったことを整理すると、少しずつ体系が見えてきます」


「俺が教えてるのか」


「気づいていませんでしたか」


「……意識してなかった」


「でもカケルが作業しながら独り言を言うとき、私はそれをすべて聞いています」


「聞かれてたのか…」


「大事なことがよく含まれています」

エレナは言った。


「「なんでこの電流はこっちに流れるんだ」とか「ここの抵抗値が合わないのは素材のせいか」とか。それを聞きながら、概念を学んでいます。そしてそんな概念を解釈して、修理が出来る様になってきました」


「確かに、エレナが修理したパーツは品質がいい」


「また色々教えてください」


カケルは基板をエレナに返した。


「そういう関係、好きだ」

カケルは言った。


「私も」

エレナは静かに言った。


棚の上でミーナが「にゃ……」と言って寝返りを打った。


落ちそうになって、自分でバランスを取った。


さすが猫族だった。


「あいつが目を覚ましたら、おやつを食べよう」

カケルが言った。


「賛成です」

エレナが言った。


「俺も賛成だ」

リョウが遠くから言った。


「全員聞こえてたのか」


「当然」


ミーナが「……おやつ?!」と目を開けた。


「ミーナも聞こえてたのか」


「おやつと聞こえたら起きる!!猫族の本能!!」


「猫族は便利だな」


「でしょ!!!」

皆が笑顔になった。


四人でおやつを食べた。


リョウが干し果物を出してきた。エレナが薬草茶を淹れた。ミーナが「多めにちょうだい!!」と言い、カケルが「一人分は同じだ」と言い、ミーナが「ミーナは動き回るから甘いが必要!!」と主張した。


「それは理屈に合ってるな」

カケルは笑った。


「俺のを分けてやるよ。」


「やった!!カケル、論理!!」

ミーナは覚えたての新しい言葉を使っている。


「論理の使い方おかしくないか?」


「論理は正しく使った!!」


笑い声が店に広がった。


窓から秋の光が差し込んで、ジャンク品の山を橙色に照らした。


これが、秋葉原最終処分場の普通の一日だ。


世界を救った人たちが、今日はおやつを食べている。


それがいい。


本当に、それがいい。


◇◇


夕方、最後の客が帰って、扉を閉めた後。


リョウが黒板に今日の売上を書き留めながら言った。


「今月の売り上げ、先月より二割増だ」


「テーン商会解体の効果だな」

カケルが言った。


「流通が正常化して、買い物に来る人が増えた」


「ただし在庫の消化も速い。仕入れを増やさないといけない」


「次の旅のタイミングが来てるな」


「そうなるかもな」


ミーナが「次の旅!!ミーナの設計図、まだ生きてる!!」と言い、エレナが「北東の忘れられた商都については、まだ調べる余地があります」と言い、リョウが「では近々、準備の話をしよう」と言った。


「決まりだな」カケルは言った。


カケルは窓の外を見た。


夕暮れのランデールに、行商人の声が響いていた。


ヨアケが店の前で、橙色の光を受けて立っていた。


「次はどこに行くか?」

カケルはつぶやいた。


ヨアケは静かに立っていた。


返事はないが、準備はできている気がした。


いつでも、行けそうだ。


終了

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


書き終えて振り返ると、この物語にはずっと一つのテーマが流れていたことに気づくと思います。


「壊れたものも、使い方次第で意味になる」


ジャンク品がそうであるように、傷ついた夢も、諦めた計画も、誰かの手に渡ったとき、もう一度動き出す。霧島武が三十年前に諦めた設計図が、カケルの手でヨアケになったように。テーン商会が壊した流通を、各地の人々が繋ぎ直したように。


登場人物たちについて、少しだけ。


カケル

「好きなことをやってきただけ」という男だが、好きなことを諦めなかった者が最後に立っていた。転売屋に刺されるという理不尽な死に方をした彼が、転売屋の末裔をジャンク品で止めるという構造は、書き始めたときから決めていた。


ミーナ

この物語で一番成長したキャラクターだと思っている。最初は「ジャンク品を増やすために働いている店員」として登場した彼女が、最終章でお守りを「使い切る」判断をする。あの一投は、旅全体の積み重ねがなければ生まれなかった。


エレナ

書いていて一番難しく、一番楽しかった。数百年生きているのに、カケルたちと旅をすることで「見たことのないもの」に再び出会える。長命種の孤独と、出会いの喜びを同時に持つ存在として書き続けた。「いつもいる場所が故郷になっていく」という彼女の言葉は、この物語の核心の一つだと思っている。


リョウ

地味に一番頼りになる男だ。カケルが技術を提供し、ミーナが突破力を発揮し、エレナが魔力を送る。それを束ねて「誰も死ぬな」と言えるのが、霧島武の孫としてのリョウだった。


テーン・バイ・ヤー

彼については、単純な悪役にしたくなかった。転売屋の末裔として生まれ、蔑まれた祖先の汚名を雪ごうとした動機は、歪んでいても理解できる動機だ。「名誉回復の方法は他にもあった」というカケルの言葉に、彼がどう答えるかは、読者のみなさんの中にある。


ゴルダム

一番お気に入りの脇役だ。「礼は言うな」と繰り返す頑固なドワーフが、最後に「今日は言っていい」と言う場面を書けたことを、密かに誇りに思っている。


さて、最後に一つだけ。


物語の中で「中野アンダーギャラリー」という言葉が何度か出てきた。差出人不明の手紙と、大陸北東部を示す地図の断片。忘れられた商都。大量のジャンク品。


その答えは、まだ書かれていない。


でも、答えはある。


次のノートは、まだ白い。


壊れたものも、続きがある。


またいつか、店の扉を開けてほしい。


著者


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