20話
「──ウェ」
「きゃっ、ヴァン様どうなさいました?」
突然テーブルに手をつき、勢い良く立ち上がったヴァンにイブリーンは驚いたような声を上げる。
イブリーンが居る事を失念し、ウェンディの名前を叫ぼうとしてしまったヴァンは、すぐに自分の口元を覆い席に座り直した。
「ど、どうされたのですかヴァン様……?」
「いえ、すみません。気にせず食事を続けてください」
「は、はい……」
ヴァンの事を心配したと言うのに、素っ気なく返されてしまったイブリーンはどこか拗ねたように唇を尖らせている。
注文したデザートをちまちま食べるイブリーンはちらちらとヴァンを気にしているが、当の本人ヴァンはイブリーンの視線などものともせず隣の席にいるウェンディとヒュフーストの様子を気にしている。
「ヒュ、ヒュフースト様……。多分ヴァンには一瞬でバレてしまいました……」
「あの女にバレていなければ良いと言っただろう? このデザートなんて美味そうだ。人間の食べ物は数百年で大分変わったな。ああ、これも美味そうだ」
ヒュフーストはヴァンやイブリーンを気にする事なく、メニューにうきうきとしていて楽しそうだ。
「ウェンディも好きなのを頼むと良い。俺が払ってやろう。人間は、女性と出かける時は男が出すのが普通なのだろう?」
どこか得意気にふふん、と胸を張りそう告げるヒュフーストにウェンディは引き攣った笑みを返す。
正直、食事などどうでも良い。
名前を口にする時はヒュフーストも流石に小さな声で告げてくれているが、いつイブリーンに自分達の正体がバレてしまうかウェンディは気が気じゃない。
(もし、約束を反故にした、と怒ってリンドット嬢がヴァンとのデートをやり直したい、と言ったら……)
また、この胸のもやもやと暫く付き合わなくてはならないのだ。
ウェンディには、何故かそれがどうしても嫌だったのだ。
どこか思い詰めたような顔をしているウェンディに、注文を終えたヒュフーストが首を傾げる。
ウェンディに顔を近付け「どうした?」と聞く。
「……その、何だか胸がむかむか……もやもや? していて……。すみません、上手く言葉にできなくて」
「ふむ……」
ヒュフーストはウェンディを見て、ちらりとヴァンを見る。
ヴァンは先程のように顔こそこちらに向けていないが、全神経をウェンディに集中しているようだ。
ウェンディの正体に気が付いてはいるが、ヒュフーストの正体にはまだ確信を得ていないようだった。
ウェンディと出かける事ができ、尚且つウェンディの見た目を魔法でこんな風に変化させる事が出来るのはヒュフーストしかいないと分かってはいるが、普段と容姿が違い過ぎる。
ヒュフーストであろう、と言う事は分かっていても見知らぬ男がウェンディと肩を寄せ合い、顔を近付けて話している姿に気が気ではないのだろう。
「ヴァンもウェンディと同じような顔をしているな。全く、難儀な二人だ」
「──え?」
呆れたように零すヒュフーストに、ウェンディが顔を上げる。
すると、そこには優しい瞳をしたヒュフーストがウェンディを見つめていた。
どこか懐かしむような、遠い昔の事を思い出すような。
そして、ウェンディを通して「誰か」を見ているような気がした。
何だか悲しそうに見えて、ウェンディが思わずヒュフーストの名前を呼ぼうと口を開きかけた時。
「ヴァン様! 次のお店に行きましょう!」
イブリーンの明るく、大きな声が隣から上がりウェンディもヒュフーストも無意識にそちらに顔を向けた。
その時──。
「──ッ」
ヴァンの腕に、イブリーンが自分の腕を絡めて引っ張っている光景が目に入り、ウェンディは言葉を失った。
その光景がショック、で。
ウェンディの目の前が真っ暗になる。
「──馴れ馴れしく触れないでくださいっ」
「──えっ、あ……っごめんなさい、はしたなかったですね」
ヴァンはサッと顔色を変え、イブリーンの腕をやんわりと自分の腕から落とす。
イブリーンは自分の大きな声で注目を集めてしまった事に気が付き、恥ずかしそうに頬を染めて口元を手のひらで覆っている。
「──ウ」
ヴァンの焦ったような顔が、視線が。
ウェンディに向く。
だが、ウェンディは何故かヴァンの顔を見たくなくて、逃げるようにさっと顔を逸らした。
逸らした瞬間、視界の端に映ったヴァンの顔がどこか傷付いたように歪んで見えた気がしたが、ウェンディは自分の胸の痛みでいっぱいになっていて、ヴァンのその表情には気が付かなかった。
その場で冷静に二人の表情を見ていたヒュフーストだけが「やれやれ」と呟き、肩を竦めた。




