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第8話 同衾

 その夜。

 リーゼロッテの命令どおりに、彼女の私室で寝泊まりすることになったロミアは、


「いやいや、さすがにそれはまずいでしょ」


 天蓋の付いたベッドの上で、ネグリジェ姿のリーゼロッテが「早く早く」とばかりにペシペシと毛布を叩いているのを見て、頬を引きつらせる。

 いったい何を「早く早く」しているのかというと、


「女王であるわたくしがお願いしているのですから、まずいことなんて一つもありません。ですのでロミアさん、今夜からはわたくしと一緒に寝ましょう!」


 これである。


 いくらベッドが成人男性が三人並んで眠れるくらいに大きいとはいえ、どこの国に今日初めて顔を合わせたばかりの人間に同衾(どうきん)強請(ねだ)る女王陛下がいる?

 いや、いない――そう確信しながら、ロミアはなおも断った。


「いやいやいや、まずくないことの方が一つもないから。リーゼも見たでしょ? アンタの部屋でアタシが寝泊まりすることになったって聞いた時の、近衛騎士長さんたちの顔」

「もちろん見ましたよ。皆さん、とても面白い顔をしていましたね」

「苦渋に満ちたあの顔を『面白い』の一言で片づけるのは、さすがに可哀想じゃない?」


 さしものロミアも、レオルたちに同情してしまう女王陛下の一言だった。


 それから一〇分。

 一緒に寝る寝ないの問答を繰り返していた二人だったが、


「だったら、わたくしは寝ません!」


 などと、リーゼロッテが強弁し始めたことで、結局ロミアが折れることとなった。

 こんなくだらないことで女王陛下を徹夜させて、公務に支障をきたそうものなら、シャルロッテやレオルから何を言われるかわかったものではない。

 というかロミア自身、そんなことになろうものなら気が引けるどころの騒ぎではないので、折れるしかなかった。


 リーゼロッテと同じネグリジェに着替えたロミアは、首筋に刃を押し当てられた状況の方がまだ緊張しないかもしれないと思いながら、女王陛下が待つベッドに上がり、同じ毛布をかぶる。


 途端、リーゼロッテは嬉しそうに笑みを零した。

 二一歳という年齢よりも幼く見える、少女のような笑みだった。


「こういうこと、一度やってみたかったんです。お友達を家に泊めたり、逆に家に泊まったり……そういうのはお話でしか聞いたことがなかったので」


 得心と同時に、ロミアは少しだけ表情を曇らせてしまう。

 第一子のリーゼロッテは、世襲制ゆえに将来この国の主になることが約束されていた。

 王族にしろ貴族にしろ、親が子供に、リーゼロッテに対して粗相がないよう強く言い含めるのは想像に難くない。

 リーゼロッテ自身は社交性が高いので、友達そのものは大勢できているかもしれないが、彼女が期待するような気安い間柄になってくれる者は一人もいなかったことも、想像に難くなかった。


 などと考えていたところで、ロミアは気づく。


「って……しれっと友達認定されてる気がするのは気のせい?」

「気のせいじゃないですよ~」


 ニッコリと、リーゼロッテは笑う。

 同じベッドで、隣り合って寝ているせいで必然的に互いの顔が近く、そのせいでなおさら気後れしたロミアは、動揺を隠すこともできずに否定を口にした。


「いやいやいや。アタシら、今日会ったばかりなのよ?」

「会ったその日の内にお友達になること、そんなに珍しい話ですか?」

「だ、だとしても、アタシは傭兵よ? アンタから見たら野良犬みたいなもんなのよ? 女王陛下がそんなのと友達になっちゃいけないと思うんだけど」

「いけないかどうかは、わたくしが決めます」


 ロミアの否定を(ことごと)く一蹴したところで、リーゼロッテはどこか寂しげな笑みを浮かべ、トドメの言葉を問いという形でぶつけてくる。


「ロミアさんは、わたくしとお友達になるのは嫌ですか?」


 そんな風に訊ねられては、ロミアも「NO」とは言えず、


「……嫌とは言ってないわよ。そもそも友達になりたくないような人間だったら、替え玉の話自体断ってただろうし」


 目の前のリーゼロッテからだけではなく、彼女の余命からも目を逸らしながら、ぶっきらぼうに「YES」と答えるしかなかった。

 自然、リーゼロッテの寂しげだった笑みが、嬉しげに「むふ~」と緩む。


「わたくしも、替え玉を引き受けてくれた人がロミアさんで本当に良かったです。ロミアさんって他の人と違って遠慮というものがありませんから、女王陛下(わたくし)が相手でも自然体で接してくれますし」

「否定はしないけど、あんまり褒められてる気はしないわね……」

「そこは安心してください。半分くらいは、ちゃ~んと褒めてますから」

「いや、もう半分は!?」


 思わずツッコみを入れるロミアに、リーゼロッテはクスクスと笑った。


「とりあえず、明日はわたくし用とロミアさん用の着るものを、ゆったりとしたものに仕立て直してもらうことから始めましょうか。腕だけを見ても、こんなにも違いますからね」


 そう言って、リーゼロッテは細腕を見せつけてくる。

 ロミアよりも一回り以上細い、しなやかな腕を。


 ロミアの腕の太さは、傭兵をやっている屈強な男どもと比べたら細腕と言っても過言ではない。

 けれど、比べる相手が女王陛下(リーゼロッテ)となると、ロミアの腕は屈強もいいところだった。


 その事実にちょっとだけ傷ついている自分がいることに内心驚きながらも、ロミアは冗談混じりに応じる。


「まぁ、リーゼに体を鍛えさせるわけにもいかないしね」


 すると、リーゼロッテが「その手がありました!」と言い出して、ロミアは思わず目を剥く。


「いやいやいやっ。アンタの病気については全然知らないけど、さすがに肉体改造レベルの鍛錬はダメでしょ」

「いえいえ。もしかしたら、逆に余命が延びるかもしれませんよ~」


 どこまで本気かわからない女王陛下を前に、この部屋に来てから何回口にしたのかもわからない「いや」を繰り返す。


「いやいやいやいや! 縮むから! 絶対余命縮むから! ていうか、そこまでするくらいなら、アタシが痩せた方がまだマシじゃない?」

「いえ、むしろ、そちらの方が余程避けるべき話かと。状況次第では、ロミアさんにわたくしを護ってもらうことも、ないとは言い切れませんので」


 確かに――と得心しつつも、自分の提案をリーゼロッテが一蹴してくれたことに内心安堵していた。

 リーゼロッテがあまりにも突拍子もないことを言い出したから、つい提案してしまったが、ロミア自身、無理に痩せたせいで身体能力が著しく低下するような事態になるのは、正直避けたかった。


 替え玉の仕事を務めきれば、傭兵なんてしなくても済む大金が手に入ることはわかっている。

 けれど、傭兵としての生き方が骨身に染みついているせいもあってか、今はまだ、自身の力が衰えることに対して強烈な忌避感を覚えていた。


 そんなロミアよりも余程複雑な胸中を抱えているはずのリーゼロッテが、脳天気に話を蒸し返す。


「そうだ! ロミアさんに短剣術を教えてもらえば、体だけじゃなくて自衛の力も鍛えることができます。ロミアさん、やはりここはわたくしが体を(きた)――」

「――えないで! お願いだから! ていうか、いい加減寝なさい!」


 悲鳴に近い叫び声が、女王陛下の私室にこだまする。

 徹夜こそしなかったものの、結局二人が眠りについたのは、ベッドの入ってから実に一時間が過ぎてからのことだった。

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