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理性と本能の狭間

 

「同志ジルイド、ご指示の物資を調達してきましたあ!」


 さきほどまでの会話内容など知る由もないユリアは、馬から颯爽と舞い降りて、大きなあんまんだというのがよくわかる突き出た胸を張ってそう報告した。

 ふぅっと小さく息をつき、汗を滲ませながら快活ながら締まった顔で答える姿は、馬で初めてのおつかいを達成したことへの一仕事終えたぜみたいな充足感を味わっていそうな顔をしている。

 仕事終わりの一杯としてビールを渡したらいい飲みっぷりを見せてくれそうだ。


 それと、どうやらユリアも同志というやりとりをしていることに気付いてないようだ。

 トロワがいる状況でユリアとやりとりすることに気恥ずかしさを感じてしまう。

 だから、今からまた気づかないふりをすることにした。


「おつか……ご苦労。同志ユリア、報告を」


「は、お借りした指輪のおかげで、領民たちは調達に協力的でした。

 まずは指輪を返します。どうぞ」


 そういえばそんなのあったな。指輪のことなどすっかり忘れていた。

 さすがに失くすほどのドジッ娘ではないようだ。


「水、ウォッカ、火打石、石鹸、大鎌、たいまつは用意しました。

 青いツボに入っているのが水で、赤いツボに入っているのがウォッカです。

 石灰なのですが、いくつか種類があったようですが、2種類のみ残っていました。

 水に溶けにくく、土壌改良に使ったり、セメントに使う消石灰と、苦土石灰という肥料に使うための石灰です。

 どちらがお望みか不明だったので、両方持ってきました!」


 えっ、石灰って1種類だけじゃないの?

 いくつか種類があるとか知らないし覚えてないし。

 どちらがお望みかなんて俺も不明なんだけど。


「………石灰についてなにか他に彼らが言っていた情報はあるかね?」


「は!消石灰は効き目が強いから気を付けてねといっておりました!」


 よっし多分俺がほしいのはそっちだろう!殺菌のために使うものなんだから、強いほうであってるだろう。


「同志ユリア、傷の手当はしたかね?」


「は!言われたようにやりました」


「麦畑の所有者は誰か聞いたかね?」


「はい、ファルペ様の土地であると。小作人が耕しているようですね」


「よろしい。では、大鎌と、苦土石灰以外を馬から降ろすぞ」


「了解しました!」


 一緒に荷を降ろしている時に気付く。俺、一緒にやんなくてよかったんじゃ。

 トロワとの会話の後、どうにもユリアとの距離感をいちいちどうしようかという意識がちらつく。

 変わらぬ艶笑を絶やさずにやにやしてこちらを見ているトロワには悪いがやってもらうことがある。


「同志ユリア。蜂蜜菓子はまだあるかね?あったら全部渡してくれ」


「は!えーと、まだ充分ありますよ。どうぞ」


 渡された蜂蜜菓子を2つとり、残りの菓子の入った袋をトロワに投げ渡した。


「全部吐いたから腹が減っているでしょう」


 ひとつをユリアに渡し、もう一つの菓子を食べる。

 食べれる菓子だというのをみせるために。


「あら、嬉しい。さっそく一口。……うん、甘くておいしいわ。ありがと。

 あなた達の馬も喜んでいるわね」


 ……なんで馬?


 後ろを振り返ると、そこには、もっしゃもっしゃ顎を動かしている馬を撫でてるユリアの姿があった。


「はい、馬は甘いものが好きなんですよ!」


 そうはきはきと答えたドジッ娘ユリアに、トロワはおもわず吹きだして笑っていた。


「ジルイド様は、馬に与えとくようにってユリアさんにお菓子を渡したんじゃなくて、

 ユリアさんにあげるつもりで渡したのよ。

 私達だけで食べることにならないようっていうちょっとした気遣いよ。

 よかったわね、ユリアさん」


 言わなくていい。

 俺がユリアに渡した理由を忖度できるなら、それを口にだして言わないでほしいという俺の気持ちも忖度してほしかった。


「お、おお、おきづかいに気付かず申し訳ありません………!」


 ほらみろ、恥ずかしくなってあわあわしだしだぞ。

 さっきからずっと面白いペットでも見つけたかのようにトロワがにまにました顔をしてるじゃないか。


「ふふっ…。ユリアさんも食べる?」


 まずい。これからやってもらうことの前にトロワに接触するリスクは避けたい。


「いや、ユリアが作った菓子なので、あとでユリアは自分で食べればいいでしょう」


 そう言われてユリアはあわあわからこくこくへと小さく何度も頷く。

 器用なんだか不器用なんだか。


「私たちはここから少し離れたところまで歩きます。その後においてある荷物を使って、私の指示に従ってください」


 にまにましてた知的奪幸美女トロワの顔は、すこし寂しさを帯びたような艶笑にかわった。

 きっと知的薄幸美女トロワは、俺がいまだ感染者かなにかと疑いを持っていることを察してくれるだろう。

 指示通りに動いてくれればいいが。


「……わかったわ。ユリアさん、お手製のお菓子美味しかったわ、ありがとう。

 ジルイド様もそう思わない?」


 俺を使ってユリアで遊ぶな。


「ええ、美味しかったですね」


 そう答える以外に何か言葉あるのなら教えてほしい。実際に美味しいからいいんだけど。


「よかったわね、ユリアさん。主のジルイド様に褒めてもらえて。

 きっと、ユリアさん、お料理もお上手そうね。食べてもらいたい方でもいるのかしら?」


 褒められ慣れてないのか、顔が真っ赤になってこちこちの歩きをしているから、

 ユリアに手綱を引かれている馬が心配してるような仕草してる。

 この奪幸、とうとう女王様のちょろさにでもはまったのだろうか。


 10メートルほど歩いたところからトロワにさっきの会話より大きな声で指示を出す。


「まず、荷物のところまで歩いてください。そしたら、そこに用意された水と石鹸で、手と腕を洗ってください。

 用意された布で拭いた後、今度は手と腕にまんべんなくウォッカを垂らして手洗いの時と同じように手を動かした後、そのまま乾くまでまってください。

 乾き終わったら、石灰の入った白いツボを持って、反対側にあるあなたの吐瀉物とまわりにまんべんなく振りかけてください。

 その際、石灰が目に入らないように十分気を付けてください。

 振りかけ終わったら、その場にまた戻ってください。

 そしてまた同じように手洗いとウォッカのさっきのを行ってください」


 俺は医療従事者でないからこれが正しいかどうかわからない。

 ただ単に手洗いさせた後アルコール消毒させて、石灰でゲロの処理させているだけだ。

 処理方法として間違ってはいないかもしれないし、ただの俺の気休めでしかない無駄なだけなのかもしれない。


「なんだかよくわからないけれど、わかったわー!」


 薄幸美女は言われた通りの事をやりだした。

 なぜだかトロワの父親が、時々トロワとの会話が苦痛と感じるのが、わかってしまう気がする。

 自分の望む答えをいうように誘導していくトロワの言葉に、流されないようにするのはさぞ大変だろう。心中お察しする。

 あのトロワのことだ、母と比較して自分は綺麗かとか、平気で誘導尋問してそうだ。


「しかし、民家に石鹸があったのは驚いたな」


 何気に今まで異世界に生きてきて普通に石鹸を使っていたが、もしかしたら貴族くらいしか買えないんじゃないかとユリアに命じた時に初めてそう疑った。


「アルバーレスはオリーブ産地でもありますから、オリーブを用いた石鹸の製造が盛んでありますよ。

 割と容易に手に入れられるのも、その影響かと」


 有能に見えるクールビューティーが久々に有能に感じる。

 ふと、時間つぶしも兼ねて、ユリアの手袋をしている手をみて、手当したのか確認したくなった。


「同志ユリア、白い手袋を外したまえ」


 そう言われてユリアが手袋を外すと、止血された手を確認できた。

 布は赤い血がうっすらと滲んではいるが。


「傷むかね?」


「いえ!ですが、荷を持つのに少し不便なので、ジルイド様が荷降ろしを手伝っていただいた際は助かりました」


 クールビューティーフェイスのまま口を小さく上げて嬉しそうにかすかに微笑む。

 やっぱり他に痛みを我慢してそうなところがありだな。


「他に止血したところは?」


「……えっと、その…」


 そう歯切れ悪く答えるユリア。

 他にありそうとか言っていたから隠していたわけではないのだろうが、やはりあったか。


「早く答えたまえ同志ユリア。あるのかないのか」


 イエスかノーか


「お…お…おしりをっ………少し擦りむいたので……痛みはないのですが……

 そのっ……言われた通りに、えと…あの………服を脱いで……し、止血しました………

 ………なので到着が遅くなりました……すみません………」


 ユリアの顔色が青ざめ奪幸とは真逆になっている。ごめん、言わせて。

 だが、聞いておく必要はあるのだ。


「し、止血しているかの、か、か、確認のために…、ズ、ズボンをぬぎましょうか……?」


 誘ってるの?ねえ、誘っているのユリアさん?

 前後に大きく突き出たボリューム増量キャンペーン中のあんまんと後ろのぷりぷりしてそうな止血中のおしりは、ただでさえ見ているだけで目に毒で、

そのうえ身分差で好き勝手できるシチュエーションにいて、

色々なことを抑えるの大変で俺が多大なる努力をしているのわかってる?

ねえわかってるユリアさん?


「そ、その、手袋を脱ぐよう言ったので、その………」


 あ、そういうことね。同じようにするかどうかということね。

 代わりにおしり触って感触で止血したかどうか確かめるというのはどうだろう

 …いや、触ったとたんに反射的に腕を折ってきそう。


「いや、傷まず止血したのならそれでいい。傷むのに我慢するというのはしないように。

 それと到着は遅くなどなかった」


 ユリアの少しほっとした顔を見て、誘ってたわけではなさそうだ。

 それに着替えして手当したことで遅くなったとでも思っていたのだろう。


 どうやらユリアにはクールフェイスに再び戻るための冷却期間が必要なようなので、トロワを待つ間にユリア絡みを中心に今後をどうするか思案するとしよう。


 俺がユリアとにゃんにゃんしたいのににゃんにゃんするのを抑えているのは、結局管理者という立場だからだ。


 正式な所有者だったら、今頃トロワを待つ間に路肩の麦畑の中で先刻の若人たちのように若さに任せてにゃんにゃんするだろう。

 正直怪我を恐れず、あるいは命令さえすれば、ユリアの意志に関わらず一方的にだってやろうと思えばできる。

 そして、それは今の管理者の立場であってもやろうと思えばやれてしまう。

 キルロスから死なせぬ程度までなら好き勝手していいと言われているのだから。


 だが、好き勝手しつづけた結果、仮にユリアが妊娠したとなったらどうなるだろう。


 術後や産後の死亡率が高かった中近世の時代と似ているこの世界。

 俺の母マリアとスザンナの子が出産が原因で死亡したことや、トロワとの一連の会話や反応からして恐らく事情は同じようなものだろうし、ついでに碌な避妊具だってないだろう。

 そんな状況下で、仮にユリアが出産した場合、産褥熱で死亡する可能性は割と高い。

 そしてこれが好き勝手できない原因なのだ。


 キルロスからは死なせなければ、好き勝手していいといわれている。

 つまり、ユリアを勝手に孕ませて産褥熱で死なせたら、所有者であるキルロスとの約束に違反することになってしまいかねない。

 孫を溺愛しているとはいえ、実の子を面倒くささから育児放棄して教聖院に放り込むようなキルロスである。

 約束違反として何をいいだかすかわからない危うさがある。


 つまり、ユリアとにゃんにゃんするには、帝国語と乗馬をマスターした後ユリアの正式な所有者になるか、

 病院の術後や産後の死亡率を低下させ、ユリアが産褥熱で死亡する可能性を低下させるしかない。


 かといって素直に帝国語と乗馬をマスターすればいいという簡単な話ではなくなった。

 率直にいってしまえば、帝国語をマスターできてもそれを話したくはない。

 ファルペから対帝絡みの仕事をするよう要求されたり、対帝語ができることに端を発して対帝協力者と将来見なされるリスクが増大しかねない。


 つまり、帝国語をマスターするには問題ないが、それを公表することが問題なのだ。


 本当は帝国語ができるのにそれを隠して帝国語が不得意なように振る舞うのが安全だ。

 上達しない理由は、周りが勝手にユリアの教え方が悪いからという感想を抱くだろう。

 なぜならユリアは奴隷なのだから。

 奴隷の教え方が悪い、これだから奴隷は、で終わりなのだから。


 一方の、病院内の死亡率を低下させるに衛生概念が重要だが、殺菌概念があるかどうか、この異世界での技術レベルを基にした院内感染防止のための施策と、その施策をどのように浸透させるのかが問題となる。

 その施策をした事で俺自身に対するリスクはあまりないだろうが、

 医療従事者でもアルバーレス自治領爵()()でもない俺が浸透させる事自体ハードルが高すぎる。



 ーーあるいは



 認めたくはないが


 そうしない理由としてそれらを上手く使って言い訳しているだけであって、本当は、


 日本での人生を含めて女性との経験のない俺が、例え合意の上で行えるとしても、


 単に一線を越えるのを躊躇ったり怖がってるだけの臆病なだけかもしれないし、


 日本では反出生主義者だった俺の思案や感情まで本能のように継がれ、


 未だに反出生主義的思想に本能として忠実なまま囚われていて、


 本能的に避けているだけなのかもしれない


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 どうやら終わったらしく、トロワが戻ってきて手洗いをしている。

 それが終わった後、今度は、トロワのゲロのあったところを燃やしたいが、

 延焼を防ぐため、トロワのゲロを中心として今いる距離が半円を描く線のように、麦をかりとるつもりだ。


「同志ユリア、あの吐瀉物の辺りを燃やすつもりだ。

 なので延焼防止のためにこれから麦を刈り取る。大鎌はこれ以外には?」


「1つしかもってきておりませんが、もしかしてもっといりましたか?す、すみませんっ」


 ユリアはそう言ってしゅんとなっている。

 いや、これは本数を言わなかった俺の連絡ミスだ。


「いや同志ユリアが謝る必要はない。私の連絡が不十分だったミスだ。さて、刈るとするか」


 そう言って大鎌を持っていこうとすると、ユリアに止められた。


「え?同志ジルイドが刈るんですか、自分がやりますよ。

 同志ジルイドが大鎌を使ったことがなければ危ないですし」


 言われてみればそうだ。使ったことない大鎌の使い方なんて知るわけがない。


「同志ユリアは大鎌を使ったことがあるのか?」


「は!何度か馬のエサのための麦を刈ったときに使いました」


 なんで高級役人の娘がそこまでするんだ。


「自分でわざわざエサ欲しさに刈ったのか?」


「はい、初めて自分の馬を任された時、嬉しくてエサも自分で用意しようとしたからであります」


 そうだった、この女王様は馬のために蜂蜜菓子を自作するような子だったな。

 ユリアは本当にいい娘だ。ユリアに前世の日本で会いたかった。

 もし知り合えたなら、どのような違った人生を送ることになったのだろうか。


 世話好きなのか世話焼きなのか。そんな性格が自分の負担になっていることにユリアは気付いていないのだろう。

 そんなユリアにどれくらいまで世話を焼かれられるだろうか試してみたくなった。

 そうしたらユリアはどうなっていくのだろうか。


「では、同志ユリア、刈り取りは任せた。()()()()()()()


「…!はっ!了解しました!」


 ユリアにどのように刈ってほしいかを伝えると、さっそくユリアはてきぱきと麦を刈りだしていく。


 カラビニエリ風の風貌で麦刈という、なんとも奇妙な光景ではあったが、陽が傾いていく中で、


 夕焼けに染まり器用に刃先が光る大鎌を振るう姿は、絵画に描かれた幻想風景のようだった。


念のため、作者は医療従事者ではないので、上記の内容に関し参考にしないで下さい。

作品は、医学的アドバイスや治療、診断等の代わりになることを意図したものではないです。

一応異世界のファンタジーの話だから!現実世界とは違うから!ファンタジーだから!


補足として、反出生主義の大きな特徴は、いろいろあるでしょうが、一言で言えば、

この世に可愛い子供をもうけるのは子供がかわいそう、だから、子供をもうけない

というのが作者の認識です。

これもテーマの一つにしたいと考えています。

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