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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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17話 精霊隊副隊長

 船室を出ると、海風が頬を過ぎ去っていった。


 みるみる海原の景色は流れていく。


「アイツも立場というものが出来て誇らしいだろうね。少し、忙しそうだけど」


「うん、そうだね。ちょっと寂しいけど、でも一緒に使命の為に頑張れるから、嬉しくもあるんだ」


 マリーエルを見つめていたカッテは、「そうかい」と笑ってから、船員達に呼びかけた。


「手が空いた奴は、こちらのグラウスが精霊隊副隊長カナメ殿が稽古をつけてくださる。支度をしな!」


 そうしてから、船の隅の小箱にマリーエルを座らせた。懐から櫛を取り出し、その髪を梳く。


「マリー様。アンタはまた髪をいじらせて頂戴な。──本当に、綺麗な髪だねぇ」


「あ、それなら、これを使って欲しいな。実は、私からもカッテにお願いしたいなって思ってたの」


 マリーエルは懐から組紐を取り出し見せた。それは、かつてカッテから贈られたものだった。口元を緩めたカッテは、組紐を受け取ると、それを髪に入れ込みながら編み始めた。


 器用に手を動かしながら横に控えていたアーチェをちらと見やり、カッテはニッと笑みを浮かべた。


「アンタもマリー様の後に弄らせて頂戴。アンタの髪も夜空みたいで綺麗だ」


「えっ、私は……あ、あの、お願い、します」


 アーチェは頬を染めながら、嬉しそうに笑った。


「ベッロも弄り甲斐があるし、なかなかに楽しい時を過ごせそうだね」


 ニコニコとしながら手を動かしていたカッテは、カナメと船員の稽古に目をやり、はぁと溜め息を吐いた。


 先程から、船員達はカナメに軽くいなされるばかりで太刀打ち出来ていなかった。


「情けないねぇ、アンタ達」


「な、姉さ──船長、それはねぇぜ。カナメ殿といえば、精霊国でも名のある剣士様ですぜ。エランの船乗りたって、敵うかって──」


「アンタ等は、船酔いで万全じゃない陸の剣士に敵わないんだったかね」


 うっ、と呻いた船員達は「やっぱりまだ克服してないんだ」と口々に言い合った。


「エランでも、カナメ殿の名は広まっているのですね」


 アーチェが思わず、といった風に呟いてから口を押さえた。振り向いたカナメに申し訳なさそうにしていると、カナメ自身が首を傾げた。


「いや、俺もよくは知らない。名の知れる、といえばカルヴァスのことだと思うが」


「あ、勿論、カルヴァス殿は今でもエランの者達の憧れですよ。それに加えてカナメ殿の話もよく上がるようになっていて」


 船員は手にした剣を見下ろし、憧れを滲ませて小さく頷いた。


「それって、どういうお話なんですか?」


 マリーエルが訊くと、それまでもちらと様子を窺っていた船員達は、そわそわとし始めた。


「あ、えっと……その剣筋が細やかで、影のように──あぁ、これはあの影ではありませんよ。つまり、こう……カルヴァス殿が正統派な人気だとしたら、カナメ殿はそこから外れた者達に人気といいますか。そして、その剣士達を従えるのは精霊姫様であらせられるマリーエル様……これは、憧れる者も多いかと」


 船員が言い終えると、周りの船員達がニヤニヤと笑い、からかうようにその体を小突き始めた。


「コイツは精霊隊の皆さんに並々ならない憧れを持っているんですよ。勿論、俺達も同じように憧れていますが、それよりも前にエランの船乗りとしての矜持もある。次は俺とお手合わせを」


 巨躯の男が剣を手に前へ進み出た。盛り上がった筋肉と、陽に焼けた肌。海色の瞳は実にエランらしい風貌だった。


「判った。君のような屈強な者とは、本来相性が良くはないんだが、良い鍛錬になる。頼む」


「こちらこそ」


 巨躯の男シュッドは、大剣を構えた。カナメも細剣を構える。


 間の読み合いの後、どちらからともなく踏み出し、剣を交えた。重い音が響き、シュッドの腕力でカナメの体は後ろへと押された。しかし、すぐにその力を受け流し、横に抜けると、カナメは再び剣を振った。それをシュッドが受け、ニヤリと笑う。


「……流石」


 今度はカナメの鋭い剣撃が繰り出され、シュッドは防戦一方となった。力では勝てても、それを揮う隙なく、攻撃を繰り出されては為す術もない。しかし、シュッドは後退りながらも突然足を踏ん張った。ぐっと力を込めたのを察知し、カナメが後ろに跳ぶ。その後を大剣が薙いだ。薙ぎ開いた道を、シュッドは踏み出し、カナメへと大剣を振りかざす。


 カナメはそこで受ける姿勢を取らず、前に踏み込み、目を見張るシュッドの首元に細剣を突き付けた。


 シン、と甲板が静まり返る。


 シュッドが手を離した大剣が立てた、ガランという重い音が静寂を破った。


「降参です。流石、精霊隊副隊長殿」


 フッと息を吐き、細剣を下したカナメは、笑みを浮かべ自身の手を見下ろした。


「君も、流石はエランの民だ。君の剣を受けた手が……痺れている」


「手当てを──」


 駆け出そうとして、アーチェは引っ張られた髪にハッと身を固くした。カッテに任せた髪は、編み込まれている途中だった。その様子にカナメは笑みで応える。


「大丈夫だ。鍛錬ではよくあること。俺の問題点も判ったから」


 カナメが軽く手を振り、剣を仕舞うと、シュッドがおどけて笑った。


「いやぁ、これが戦場だったら俺の首は飛んでましたね。おっかない。それに、副隊長殿は本調子じゃないんでしょう。はぁ、やれやれ」


 そう言ってから、シュッドはカナメの細剣に目をやった。


「その剣、大剣で折れそうなのに、どうなってるんですかね。打ち合った時、同じような大剣で返されているような感覚がありましたよ。失礼ながら、副隊長殿の腕は俺のように筋肉がついている訳はねぇし……それに、影を斬るんでしょう。でもこうして交えることも出来る訳だ」


 首をひねりつつ言うシュッドに、カナメは少し考え込んでから答えた。


「なんというか、こう……自分の中で影に対する時とそうではない時が違っていて、剣もそれを理解していて、剣に宿った力が増幅したりして、こう……俺の腕でも君のような剣撃を受けることが出来るというか……」


「なるほど、判らん」


 あっさりそう言ったシュッドは、ニカッと笑った。カナメは納得のいかない顔をしていたが、釣られたように笑った。


 気を良くしたシュッドは、とっておきの秘密を打ち明けるようにカナメの耳に口を寄せた。


「カナメ殿が本調子ではないとのこと、ここで俺からもひとつ。実は俺は剣より弓の方が得意なんです」


「あぁ、エランの民は弓や槍、槌などを多く使うんだったな」


「そうです。だから、カナメ殿の手の痺れが治まったら、弓競い、しましょうよ」


「良いだろう。では、一度休憩だ」


「はいさ」


 シュッドは汗を拭いつつ船員達の輪に戻っていくと、真剣な顔で弓競いの支度を命じた。


 アーチェから受け取った手巾で汗を拭っていたカナメは、マリーエルに目を留め、柔らかく微笑んだ。


「似合っている」


「え? あ、髪? えへへ、有難う」


 カッテは今、遅れてやって来たベッロの髪を結っている。そちらを見やりながら、カナメはアーチェが持ってきた器を受け取り、喉を潤した。


「腕、本当に大丈夫?」


「あぁ、鍛錬ではよくある……というと、カルヴァスにもっと筋肉を鍛えろと言われてしまいそうだが、大丈夫だ」


 そう言いながら、カナメはじっとマリーエルを見つめていた。時折器を傾けて、水を飲む。その間も目線はマリーエルに留めたままだった。次第に居心地の悪くなってきたマリーエルは、そわそわとし始めた。


「え、えっと……そんなに見つめられると、少し、恥ずかしいかな」


「え」


 カナメはそこでやっと見つめていたことに気が付き、視線を彷徨わせた。


「す、すまない……。その、髪が、本当に似合っていたから、見て……いた」


「う、うん。有難う。カッテって器用、だよね」


「そうだな」


 ぎこちなく言葉を交わす二人の姿を、カッテとアーチェはニンマリとした笑顔を浮かべて眺めていた。


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