16話 出航、〈謳歌〉
幾度かの影憑きの襲撃を退けながら、マリーエル達はエランへと着いた。
エランの港は慌ただしくしており、華発の兵の姿も見えた。
エラン城へは向かわず、本部としている港へ向かう。
「あぁ、来たね。使いを頼んでしまって悪かったね」
セルジオが顔を上げ、マリーエル達を迎え入れた。共に歩いて来たカッテの様子に目を止め、ひとつ頷く。
「君も、大丈夫そうだな」
「はい。ご心配をお掛けしました」
カッテを卓に招き、地図を示す。
「さて、君達には明朝発って貰う。カッテが船長だ。まずは炉の国へ向かい、華発が集めた情報を精査し、その後大渡へと向かう。そこで情報を合わせ、問題の地点へ。炉の国までの航路には、拠点をいくつか築いてある。巨大生物が頻繁に見られるようになっているんだ」
「どのくらいの頻度ですか」
カルヴァスの問いに、セルジオは紙片を差し出した。それにさっと目を通したカルヴァスは、眉間に皺を寄せた。
「このような状況で君達を送り出すのは避けたいのだがね……だが、精霊姫がこれに対処しなければ、もっと被害は増えるかもしれない。華発と協同して巨大生物への対処や諸々は問題のないよう我々で対するから、そこは安心してくれ。船も──」
そこで言葉を切ったセルジオは、カッテに目配せした。カッテはひとつ頷くと、皆を見回してから話し出した。
「船は新造したものを出す。これはヨンム隊の方々も設計に携わり、華発の技術も取り入れている。従来より多く物が運搬出来る上、より頑丈に。かつ今までとそう変わらない大きさで、この辺りの海域も航行出来る。それに、速度も出せるようになった。まぁ、海上でのことはアタシ達船乗りに任せて貰うしかないけど、以前よりも安全に送れる筈だよ」
カッテの言葉を聞き終え、セルジオは海図上の印を示していった。大小の印が散らばっている。
それは海上の拠点や、巡視船を表していた。
「とにかく、まだ巨大生物の生態が掴めていない。この海域では凶暴な個体が多い。こちらもわざわざ不利な状況下で刺激するようなことはしないが、襲い掛かってくるモノには対処せざるを得ない。その必要がある箇所には戦闘船が多くある。拠点でその情報を得て、航路を変えて進む。──それでも、もし巨大生物と遭遇した際には、君達にもその力を揮って貰う必要がある。中には影憑きとなったものもいるからな」
そう言って、セルジオはマリーエルとカナメを見比べた。
「判りました」
「では、今夜はもう休んでくれ。城に部屋を用意してある。といっても、少し前に君達に案内した部屋だが」
「有難うございます」
セルジオは笑みで応えると、マリーエルの外套の帽子にちょこんと収まっているアールに目を止めた。
「それにしても、此度の造船に際し、ジュリアスで起きた木々の波の残骸が役に立つとは。これも栗鼠の精霊……剛勇な森の戦士のお力あってこそ」
そう頭を下げるセルジオに、アールはふふんと鼻を鳴らした。
「どれだけ暴れた力でも、揮われた力はこの世界のものとなる。主等が頭を働かせた結果じゃ」
得意げな様子に、カルヴァスは呆れた視線を向けたが、セルジオは笑顔を浮かべてアールを讃えた。
夜が明け、マリーエル達は船に乗り込んだ。
今回は月光城の船着き場ではなく、港からの出航だ。
「わぁ、凄く綺麗な船だね」
その言葉を聞いて口端を曲げたカッテに、マリーエルは慌てて手を振った。
「あ、あの、他の船が綺麗じゃないって訳じゃ──」
カッテはふっと吹き出すと、カラカラと笑った。
「判ってるよ。コイツは新造船だし、華発の技術……装飾の面でも、手が入ってる。アタシ達は古くから受け継がれてきた船を長く使っているから、こう真っ新な船ってのはそうないからね。それも、此処の所の騒ぎで急造しなきゃならないから、新しい船はこれから沢山見られるだろうけれどね。そして……」
カッテは船を見回すと、考え込むようにした。
「この船が、アタシの船だ」
「……カッテ」
カッテは父より船を受け継ぐ筈だった。しかし、その父も船も今は行方が知れない。
「カッテ船長。航海の願掛けを」
セルジオが枝細工を手に現れた。それを恭しくカッテへと掲げ見せる。口を引き結んだカッテは、それを受け取るとそれを顔の前まで持ち上げ、祈るようにした。
「セルジオ様。行って参ります」
「あぁ、マリーエルを──精霊姫様の御身を頼む」
カッテの船──〈謳歌〉は順調に海原を行った。補給船を経由し、巨大生物出現地点を避け、出来るだけ速く、まずは中間拠点へと向かう。
船を繰るのは、カッテの許で働いていた者達が殆どで、皆かつての船長エルベルと、共に行った仲間を救う為、強い意志で働きまわっていた。
「で、アンタは随分マシになったようだね」
風に乗り、精霊石の力をもって海原を進み始めてから暫くして、船室を訪れたカッテはカナメを見て言った。
船室は、以前よりもずっと広く、華発の船程ではないが、揺れも少なく感じられた。
「あぁ、以前よりは落ち着けている」
カナメはそう言って、茶の器を口元に運んだ。唇を湿らせる程度で、その匂いだけを嗅いでいる。
「やっぱり、駄目なんじゃないの」
窓枠に肘を突いていたインターリがせせら笑った。ベッロがその膝に手を乗せると、インターリは視線を彷徨わせてから「マシになっただけいいんじゃん」と付け加えた。
その様子に小さく笑ったカナメは、ひと口だけ飲んでから器を卓の上に戻した。
「落ち着きはしたが、万全ではないのは確かだ。こうして話を出来ているだけ良いとは思うが……。こうなったら鍛錬をするしかないのかもしれない。以前はそれでどうにかなったから」
そう言ってカルヴァスに視線をやったカナメは、じっと考え込むカルヴァスに首をひねった。視線に気が付いたカルヴァスが、「あぁ」と曖昧に頷く。
「鍛錬か? 悪い、ちゃんと聞いてなかった」
手元の海図と、補給船が乗せていた書簡や、情報が載った書類を軽くまとめ、顔を上げる。
「アンタも少しは休んだ方がいいんじゃない」
カッテの言葉に、カルヴァスは肩をすくめた。
「オレは、お前みたいに海に慣れてる訳じゃねぇからな。勿論、お前達の腕を信じてない訳じゃない。それでも、隊を率いる者として心構えはしておきたいもんなんだよ」
ハッと顔を上げたカナメが、気まずそうな顔を浮かべた。
「お、俺も、副隊長として──」
「いや、その顔色で何言ってんだ。無理はすんな。影憑きが出たら、吐いてても出て貰わなきゃなんねぇよ」
「そ、そうだな……」
話を聞いていたマリーエルは、ふと立ち上がりカルヴァスの横に立つと、その眉間に人差し指を当てた。
「……え、どうした、マリー」
「眉間の皺が深くなってたから。やっぱり眉間の皺と言ったらアントニオだし」
『聞こえてますよ』
突然聞こえた声に、マリーエルは背筋を伸ばした。その様子にカルヴァスはふはっと吹き出し、マリーエルがしていたように眉間に指を這わせ、その皺を伸ばそうとする。
「すげぇ良い間だな。──で、アントニオは何の用だ」
マリーエルは慌てて懐から鏡を取り出すと、卓の上に置いた。この新しい鏡には蓋が付いていて、どこでも立てかけることが出来る。
鏡に映し出されたアントニオは、じろじろとカルヴァスを見やってから話し始めた。
『海底国の新事実、という程ではありませんが、判ったことがあるので、中間拠点へ届けて欲しいのです』
カルヴァスは頷くと、紙を取り出した。アントニオが口頭で伝え、カルヴァスがそれを紙に記していく。
海底に在るという対話可能な生物は、対話が可能であるならある程度の知能と文明を持ち、国に似たものを組織しているだろうという予測から、その場所を仮に〈海底国〉と名付けられた。
今でもアントニオの許には海底国に関する知識が上がってきている。海底国は戸惑いの内に、少しずつ形を見せ始めていた。
話は国内の事にも及び、最初こそ息を潜めて話に耳を傾けていたカッテが、退屈したように立ち上がった。
「すぐには終わらなそうだね。どうだい、マリー様。外に出て海を眺めるっていうのもさ。カナメ、アンタもうちの船員に稽古をつけてくれるってのはどうだい。そっちのインターリも」
「やだ」
間髪入れぬインターリの返事に、カッテは肩をすくめた。立ち上がったカナメを目線で追ったカルヴァスは手振りで「頼む」と示してから、再び鏡に視線を戻した。




