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精霊国物語  作者: 夢野かなめ
第三部 水底の王国

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14話 エランへの大路

「忘れ物はありませんか」


 町外れで、アントニオが言った。


「大丈夫だよ。何度も確認したし、カルヴァスが用意してアーチェが確認してくれたから」


 マリーエルが答えると、遅れて来たカナメが「これ、必要なものだったよな?」と鏡を差し出した。アントニオの鋭い目がギロリと向けられる。


 マリーエルは視線を彷徨わせ、えへへ、と笑みを浮かべた。


「全く、貴女は。どうして一番必要になるものを忘れられるのですか」


「うぅ……忘れないようにって棚の上に置いておいたの」


「それで忘れてしまっては、意味がないではないですか」


「あ、いや……俺が、借りてたんだ」


 カナメが口を挟むと、アントニオは眉間に皺を寄せた。


「見え透いた嘘はお止めなさい。姫様を甘やかしてばかりでは、なりません」


「はぁ、随分厳しいんだねぇ」


 様子を見守っていたカッテが感心したように言った。アントニオが目を細め、カッテを見やる。


「貴女も、姫様に対して甘い気がしますが……元より貴女は教育役や世話役ではありませんからね。仕方のないことです。ですが、貴方達のせいで私が──」


「また、ごちゃごちゃ言ってるのか。出立の際には小言じゃなくて餞別の言葉でも贈れっての」


 霊鹿の支度を終えたカルヴァスが呆れた声を出した。


「ほら、今回は最初から鏡話が使える訳だけど、暫くは直に会えない訳だ。出立する姫様に何かひと言」


 カルヴァスの言葉にアントニオは顔を(しか)めると、しかし大人しくマリーエルの前に跪いた。


「無事のお帰りをお待ちしております」


 そう言ってから、マリーエルの手を取り、額を付ける。


「うん、行ってくるね。今回もきっと沢山助けて貰うと思うけど」


 マリーエルは鏡を掲げて見せてから、親愛を返した。


 カルヴァスの号令でマリーエル達は進み始める。今回はクッザール隊の数隊も共に進むこととなる。元クッザール隊副隊長であるカルヴァスの許に、クッザール隊分隊は従っている。


 後ろを振り返ると、マリーエル達が進んでいくのを見守っていたアントニオの許に、ヨンムが歩み寄って来ていた。小さく手を上げたヨンムが何やらと話し掛けると、アントニオは困惑したように顔を仰け反らせた。戸惑いのままマリーエルへと深々と頭を垂れ、ヨンムが踵を返すのに付き従っていく。


 ──何があったんだろう……。ううん、私が関係しているなら、すぐに呼び戻される筈。


 マリーエルは遠ざかっていくアントニオの後ろ姿から目を外し、前に向き直った。


 ──私は私の使命を果たす。行ってくるね。


 エランへの路は最早行き慣れたものだった。


 大陸へと向かう際に、霊鹿に乗り進んだことを、この路を通る度に思い出す。


 マリーエルは皆を見回し、密かに笑った。隣を行くカッテに目を止め、声を掛ける。


「カッテって、霊鹿にも乗れたんだねぇ」


 ニッと笑ったカッテは、霊鹿の首筋を優しく撫でてから答えた。


「アタシが乗るのは船だけど、エランの子供も霊鹿の乗り方くらいは覚えるんですよ。こういう時に霊鹿に乗れないなんて格好がつかないからね」


 そう言ってから、カッテは黙々と霊鹿を進めるインターリに目を向けた。


「アンタ、随分静かじゃないか」


 ちらとカッテを見返したインターリは、前方に視線を向けたまま小さく鼻を鳴らした。足元を進んでいたベッロが心配そうにキュウと鳴く。


 インターリは僅かに顔を歪め、「別に」とだけ言って口を引き結んだ。


「なんだ、拗ねてんのか」


 カルヴァスの言葉にも、目線をやるだけで答えない。


「……体調が悪いとか?」


 マリーエルの声にだけはピクリと体を揺らして、考えるように視線を逸らしてから、じとりとマリーエルを見つめた。


「別に。何でもないよ」


「本当に……?」


「本当に。というか、散々、僕にあぁしろこうしろ言ってた癖に、いざ大人しくなったら何だどうだって訊いてくる訳?」


 インターリの吐き捨てるように言われた言葉に、マリーエルは、むむと頭を捻った。


「うーん。インターリはそのままでいいんだけど、でもちょっとだけ気を付けて欲しい所もあって、でもそれはインターリの気持ちを押さえて欲しいってことでもなくて……むむ。難しいね」


「どちらかと言うと、旅の始まりに君の愚痴がないとこう……物足りない感じがあるんだ、と思う」


 カナメがマリーエルのように考え込みながら言った。インターリが思わず上げた「はぁ?」という声に、カルヴァスがクックッと笑う。


「愚痴のないお前なんてお前じゃないってことだろ。まぁ、どんな時も愚痴ばっかで余計なことされるのは、オレとしては困るけど。確かに愚痴もなく黙り込んでるお前もなんか薄ら寒いというか……違う気がするんだよなぁ」


「私としては、このくらい大人しくされている方が、喉への負担も減りますし都合がいいのですが。いちいち叱らねばならない私の喉の都合も考えて下さい、カルヴァス隊長」


 それぞれの考えや想いを口にするマリーエル達に、鼻に皺を寄せていたインターリは不機嫌そうに顔を背けた。


「なんなんだよ、アンタら。本当勝手だよね」


「えーと……ごめんね、インターリ。私達の要求ばかりだったよね。でも、インターリのことが嫌なんじゃなくて──」


「判ってるよ。いちいち言わなくてもいい。判ってるから、こうして大人しくしてやろうって思ったり……したんでしょ」


 その時、前方から細い笛の音が響いた。ベッロが耳を立て、辺りを探る。


「ほら、影憑きのお出ましだ」


 いち早く霊鹿を降りたインターリを見やってから、カルヴァスは全隊に号令を出した。


「今は多くの隊が喪失の谷に居るから、此処はオレ達で対応していくしかないけど……。行けるか、マリー」


「うん、行けるよ」



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