11話 カッテとの再会
「申し訳ございません。世話役なら身を挺してお守りするべきでした」
「ううん、さっきはあれで良かったんだよ。アーチェが傷つけられたら、私ももっと黙ってられなかったから」
「姫様……」
切なそうな声を上げたアーチェは、ハッとしてマリーエルの体を自身の後ろに隠した。そうしてから、部屋に飛び込んできたベッロを手で制す。
「駄目! 姫様はお怪我をされてるの!」
「怪我、なんで⁉ どうした。マリー⁉」
ベッロが広げていた手をバタバタと揺らしてマリーエルの周りを回り始めた。鼻を鳴らし、背中に視線を向ける。
「背中、痛い?」
「ううん、痛みはないよ。念の為」
ベッロはきゅんと心配そうに鼻を鳴らすと、マリーエルの頬に頬を擦り付けた。
「そういう訳だから、暫くは姫様に突然抱きついたりしては駄目だからね」
「ベッロ判った」
うんうん、と頷いたベッロは、優しい手つきでマリーエルの手を引くと、卓に着かせた。すりりと頬を寄せ、包み込む。その温かさに、マリーエルがくすぐったい気持ちで笑った時、ベッロの向こうに不機嫌そうなインターリが腰かけた。
「あれ、インターリも何かあったの?」
「いや、別に? あの人が、まさか怪我まで負わせるなんて思わなかっただけ。まぁ、でもそういう人か」
「それは……」
マリーエルは溜め息を吐いた。少しずつ他人との関りを持とうと、態度を改めていたレティシアだが、それでもすぐに全てを変えることは出来ない。気持ちに余裕のない時、レティシアの不安や恐れは、他者への攻撃として表れる。
そして、マリーエルもその全てを受け入れられる訳ではなかった。
職人との一件は、酷くレティシアの心に刺さったことだろう。未だ、民の中でレティシアをよく思わない者は多く居る。それ程のことを犯したことも事実だった。
「どうにか、出来たらいいんだけど……」
ポツリと呟いた言葉に、インターリが顔を顰めた。
「というか、何でお姫様があの人の面倒を見なきゃいけないわけ? お姫様もそんな優しさ振りまいてる余裕ないと思うけど」
インターリの言葉は尤もだった。
精霊姫としての役目を考えれば、他に成すべきことがあるのも事実。それでも──。
「勿論、お姉様の態度も良くないけど、こうした印象を与えてしまうのも、今後のお姉様によくない。どんなことがあったって……此処で生きていくのなら」
「答えになってないよ。僕は、お姫様が怪我を負わせられてまで、あの人の面倒を見る必要はないって言ってるの」
「うん、でも……」
「インターリ。そうマリーを責めるような言い方をしなくてもいいだろう」
茶を淹れたカナメが、器をマリーエルの前に差し出してから言った。甘やかな香りに、マリーエルはホッと息を吐いた。
「別に責めてないだろ。僕はお姫様を心配して──」
「何、騒いでんだ。──マリー、どうした」
部屋に入って来たカルヴァスが、マリーエルの顔を見て眉根を寄せた。疑いの目をインターリに向ける。
「違うの。それよりも、カルヴァス。レティシアお姉様のこと、聞いてるでしょう? 詳しく教えて欲しいな」
目を瞬いたカルヴァスは、記憶を探るように視線を逸らしてから、難しい顔をした。
「あぁ、それは、後でな。今はそれよりも──」
そう言って、部屋を戻って廊の方に手招きする。いつもであれば、部屋に入って来てすぐに卓に着いて茶をねだるのに、そうはせずにマリーエルの横に立ち、手招いた相手を待った。
部屋に入って来た相手を見たマリーエルは、驚きに目を見張った。
「カッテ!」
「マリー様。久し振りだね」
カッテは力なく笑いながら、マリーエルの許へ歩み寄った。心なしか顔色も悪く、足取りも重い。
ちらとカルヴァスを見やってから、マリーエルは立ち上がってカッテを迎えた。
「……どうしたの。元気がないようだけど」
カッテがこのように悄然としている様を目にしたことがなかった。編み込んでいる髪も、心なしか崩れている。それでも、カッテは口を引き結んでから、マリーエルを強い瞳で見つめた。
「今、エランでは華発の国と共同で海上での変事に当たってるのは知っているね。それで、ある程度見えてきたから正式にマリー様に対応をお願いしようと思って、アタシがグラウスまで出て来たって、訳さ」
苦しそうにしながら、そう言い終えると、カッテは額を押さえ、ふらついた。
「カッテ⁉ まずは、座って」
マリーエルはカッテの腕を引き、長椅子に座らせると、カナメから茶の器を受け取りカッテに差し出した。
「飲んで。……一体、何があったの」
カッテは小さく震える手で器を口に運ぶと、酷くゆっくりとした動作で一口飲み、ぎこちない笑みを浮かべながらマリーエルを見つめた。
「駄目だね……。マリー様のお顔を見たら、この人ならきっと何とかしてくれるって……話もしてないのに安心しちゃってさ。──マリー様。親父が……船長が、先遣隊を追って船を出したんだ。華発との話し合いもあったし、向こうの船長とも顔が利いたからね。華発の船と合流したらあの鏡で報せが来る筈だった。だけど、一向に報せが来ない……」
ヨンムの発明品である鏡話は、一枚の鏡を割って加工することで、欠片同士での対話が可能となる。今は各地方と、喪失の谷の観測所に設置されているが、量産出来るものではない。以前に華発の船に乗せたものの片割れは、エラン城に設置され、海上の変事の対応に利用されていた。
「海上でも、あの巨大生物との戦闘があったらしい」
カルヴァスが言った。カッテの顔が歪み、小さく呻いて俯く。
「アタシもすぐに船で出ようとしたんですけど、セルジオ様に『グラウスへの使者を任せる』と言われてしまってね。まぁ、今のアタシじゃ海の上で役に立たないから、仕方のないことだけど」
悔しそうに呟かれた声に、マリーエルはそっとカッテの体を抱き締めた。
「カッテ。きっと不安だろうけど、何とかしよう。一緒に」
「……マリー様」
ぐっと呻いたカッテは、その力強い手でマリーエルの背を抱いた。小さく声を上げたマリーエルに、体を離して訝しげな視線を向ける。その拍子に零れ落ちた涙を拭い「マリー様?」と眉を寄せた。
「待て。さっきの騒ぎ、何があった。またコイツが騒いでるだけだと思ってたけど、違うな?」
「だから、僕はお姫様を心配して──」
ムッとするインターリを手で制し、マリーエルを見やってからカルヴァスはアーチェに問うようにした。
「実は……」
アーチェがレティシアとの件を話し終えると、カルヴァスはガリガリと頭を掻いて溜め息を吐いた。
「で、怪我は? 本当に大丈夫なんだろうな」
「うん、それは平気。触ると少し痛いかなってだけだから」
申し訳なさそうにするカッテを宥め、険しい顔をするカルヴァスにも笑みを向ける。
「もう、皆、怖い顔しないで。本当に大丈夫だから」
「でも、マリー様のお姉様って、あの……深淵の女王に与した人ですよね。正直、アタシ達もいい感情は持ってませんよ。こうしてマリー様に怪我を負わせたなんてあったら、尚更です」
カッテの言葉に、マリーエルは唇を噛んで俯いた。
確かに、そうだろう。レティシアに向けられる視線や感情は厳しいものであると、理解している。それでも、考えなくてはいけない。
「うん、判ってる。でも、でもね……それでも、私は考えていきたいの。ううん、考えなくちゃいけないと思う。お姉様のしたことは許されないことだけど……でも、お姉様を責めてそれで全てが終わる訳じゃない。お姉様のこれからのことも……お姉様にも考えて貰って、それで……」
その時、温かい手がマリーエルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ま、お前ばっかりが背負うこともねぇだろ。これはお前だけの問題じゃないし、どちらかというと、考えなきゃいけないのは〝お姉様〟の方なんだから」
「でも……」
言い淀むマリーエルを卓に向かせ、カルヴァスはカナメとアーチェに茶を淹れ直すように言った。
「ま、今はひとまず久々にカッテにも会えたんだから、茶飲みながら色々話すこともあるだろ。カッテ、お前も今は不安だろうけど、一旦それは置いて楽しんでおけよ。グラウスの菓子も確かあっただろ」
ほらほらと、手を振ってカッテも卓に着かせたカルヴァスは、皆を卓に着かせるとニッと笑って「楽しめよ」と部屋を出て行こうとした。
「え、カルヴァスは行っちゃうの」
「あー、さっきの話の通り、精霊隊は今後エランに向けて出立する。その調整と、〝お姉様〟は、去り際職人の壷やら道具やらを幾つか壊して行ったらしいからな。それも対処しないとなんねぇ。オレの菓子も残しておけよなー。あと、オレが戻ったら今回の事の詳細を話すからそのつもりで」
ひらひらと手を振り、カルヴァスは出て行った。その後ろ姿を見やっていたカッテが、感心したように口を開いた。
「アイツ、随分と隊長らしくなったみたいだね。噂には聞いていたけどさ。今度、セルジオ様の名を冠した酒と一緒に、アイツの名を冠した酒も造ろうって話になってるよ」
その言葉に、一拍置いてからインターリが鼻で笑う。
「エランの奴等ってのは、相変わらずそういうのが好きなんだねぇ」
意地悪い顔をするインターリに、カッテはニヤリと余裕の笑みを返す。
「アンタも相変わらずだねぇ。名を冠したくなる程、この国でも活躍してくれればいいんだけどねぇ」
睨み合う二人を宥めながら、マリーエルはアーチェの運んできた菓子を卓に並べた。
「カルヴァスの言う通り、カッテとは久し振りに会えたんだもん。こんな時だけど、色々お話したいな。あ、この焼き菓子とっても美味しいんだよ。食べてみて」
カッテは包みを受け取ると、ふふと柔らかく笑った。
「この間は会えなかったからね。あぁ、何だかマリー様と話してると気分がやわっこくなってくるよ。会えて良かった」
「うん、私も」
カッテは曇らせていた顔に笑みを浮かべ、近況を話し始めた。




