4話 巨大生物との戦い
まだ僅かに祭後の気怠い雰囲気のある月光城を駆け、マリーエル達は浜へと急いだ。途中、エラン兵がのんびりとした声を掛けてくる。
「マリーエル様! どちらにいらっしゃるのですか。先程カルヴァス殿が──」
「浜の人達が危ないかもしれないの」
焦りを含んだマリーエルの声に、兵はきょとんと目を瞬く。
「あぁ、あの巨大生物ですか。だったらセルジオ様も向かってますし、カルヴァス殿も──」
その時、浜の方で声が上がった。
「嫌な予感が当たったんじゃない?」
パッとインターリとベッロが先に駆けていった。月光城を出ると、浜で起きていることが一望出来た。
「影憑き……!」
浜で横たわっていた巨大生物は、今や影を滴らせてのたうち回っていた。浜に居る者達が怒声を上げ、破れかけた網を使ってその巨体を押さえようとしている。
「ベッロ、カルヴァスを探して!」
ベッロは頷くと、一人先に駆けていった。
火色の姿はすぐに見つかった。剣を抜いたカルヴァスは、火の精霊の力をもって炎剣を揮っていたが、エランの地は水の精霊の力を強く受けている上に、巨大生物はその体を海に浸している。火の力は滞りなく伝わるということはなく、水の力に押し返されていた。
「カルヴァス!」
ハッとしたカルヴァスは、後退してからマリーエル達を振り返った。ベッロは変身し、先に巨大生物に拳術を叩き込んでいる。
「来たか。助かった。オレの力だと、もっと強大な力を揮わないと通らない。まずは、アレを祓う。出来るな?」
暴れ回る巨大生物を見やったマリーエルは、視線をカルヴァスに移し、その腕に触れた。
「体調、本当に大丈夫?」
唇を少し尖らせたカルヴァスは、安心させるようにニッと笑った。
「心配すんな。それに、酒が残ってて役に立ちませんでした、なんてことになったら名折れだぜ。そんなこと、ぜってぇオレはしない」
「……判った」
マリーエルは、皆と顔を見合わせた。
──まずは、祓えの力を導けるようにする。その為には……。
その時、大きな水のうねりが巻き起こり、巨大生物の体を押し流した。重い音を立てその巨体が海へと投げ出される。次の瞬間には波によって浜へと引き戻され、翻弄されている。
「セルジオ殿か」
見れば、セルジオは多くの術者を従え、水の精霊の力を揮っていた。
「オレ達も行くぞ」
カルヴァスが指で合図をし、巨大生物へと駆け寄ると、ベッロがひと飛びで戻って来た。
「どうする」
「お前は引き続きアレを削ってくれ。デカすぎて手に負えない。少しでも弱らせるんだ」
「判った!」
ベッロが拳術を叩き込もうとすると、巨大生物はその歪な腕を振るってベッロを捕えようとした。それを避けたベッロが浜へと降り立ち、再び地を蹴って跳び上がる。
武器を手にしたエランの民が、巨大生物の動きを警戒しながら、ベッロの繰り出す技にどよめいている。
「僕達はまた地道に削るしかないって訳ね」
インターリは、ベッロの動きを目で追いながら剣を握り直した。
「あぁ、そうだ。やるぞ! ──精霊隊だ、道を開けてくれ!」
カルヴァスの声に、エランの民がパッと退いた。
巨大生物はそれを狙ったかのように腕で辺りを薙ぎ払い、エランの民に食らいつこうとする。
「させるか……!」
カルヴァスが炎剣を揮い、迫りくる巨大生物の指を斬り上げた。巨大生物は影を滴らせながら裂くような悲鳴を上げた。ビリビリと宙が震え、浜に居る者達は一瞬怯んだ。
「なんだ、この──音は……!」
耳を押さえ、多くの者が屈みこむ。それを叩き潰そうと、巨大生物が腕を振り上げた。
「水の精霊よ!」
マリーエルの呼び掛けに、水の精霊の力が渦を巻いて吹き上がった。それに合わせるようにセルジオの方からも水の柱が立ち、巨大生物の動きを止める。
しかし、影憑きとなった巨大生物の力は強く、じりじりとその体を動かし始めていた。
──こんなに強力な影が……ううん、影憑きだからだけじゃない。この巨大生物の力自体が……凄く強い……!
「このまま祓えるか⁉」
「……無理!」
マリーエルの悲鳴に似た声に、カナメが駆け出しベッロを呼んだ。
「カナメ、なに」
エランの民の間を飛び回り、巨大生物の体を削り取っていたベッロは、背びれを引き裂いてからカナメの許に跳び戻った。背びれを浜へと捨て、巨大生物に視線を向けながら、ちらとカナメを見やる。
「上まで運んでくれ」
「判った」
ベッロは問い返さず、すぐにカナメの体を易々と持ち上げると、地を蹴り、宙でくるりと回って更に上へと跳んだ。
「いい?」
「あぁ、このままコイツを剣で斬る」
ベッロと目を見合わせてから、カナメはその腕を離れた。
地に向かって落ちながら、細剣を掲げ持ち、身を悶えている巨大生物へと鋭く振り下ろした。
その身を拘束する水の精霊の力を通り、細剣の力は巨大生物の影を斬り裂いた。はち切れたかのように溢れ出した影は、水の力に混じり辺りに散っていく。影は水を割り突出すると、カナメとベッロの体に巻き付き、より深い水の中へと引きずり込んだ。
驚きに声を上げようとした口の中に水が流れ込み、耳の中でゴボゴボと音がする。
影の混じる水の力に飲み込まれたカナメは、溢れ暴れる影の中、再び細剣を揮った。影は霧散していくが、水の流れもあって抜け出すことが出来ない。
ゴボリ、という音に振り返ると、共に水の中へと沈んだベッロが苦しそうに顔を歪めているのが判った。カナメはこのような影の浸食は受けないが、ベッロは違う。その体を強く押して水の力の外へと押しやり、その反動でカナメは巨大生物の懐に潜り込んだ。
既に動いていない筈の心の臓目掛けて細剣を揮う。
それに抗うように巨体が揺れた。
視界が滲み始めていた。グラグラと視界が揺れ、力が上手く入らない。
それでもグッと剣を持つ手に力を込めた時、カナメはマリーエルの力が辺りに広がっていったのに気が付いた。
僅かに口端を上げたカナメは、剣により力を込めて心の臓へと深く刺し、それを横へ振り抜いた。影の噴出に体が押し返される。しかし、溢れ出した影は、マリーエルの力に捕らえられ、押しつぶされ、散っていく。
カナメは強い水の流れに運ばれると、突然外に放り出された。
途端に呼吸が出来るようになり、激しく咳き込みながら地に手を突いた。ぐっしょりと濡れた体を起こして顔を上げると、マリーエルが祓えを行っている所だった。
「成った、か……」
あとは祓えを待つのみ、とエランの民に支えられ立ち上がったカナメは、ハッと駆け出した。




