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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第一章:戦乱の時代
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第二話:類似する対象風景

 アルデハイド王国、アフロディーテ・アルデハイドの玉座を前に元第三騎士団団長ラディナ・オネイロスは悲痛な面持ちで跪き一人の男を待った。


 一分と時を置かずアルデハイド国王アフロディーテ・アルデハイドは玉座の間に何人かの騎士を伴って入り、玉座に腰を掛ける。父が娘に掛ける、慈愛の囁きにも似た声でラディナにいう。


「面を上げよ」


 国王の内心は、若いころから騎士団で男に紛れて厳しい訓練に耐えたラディナに何か理由をつけて休暇を与えたいというものだった。


 オネイロス家は貴族の中でも騎士貴族という分類を受ける貴族である。騎士貴族というのは、騎士としての武勲を上げることで貴族の仲間入りをした成り上がりの一派である。だから、基を正せば、その出自はよくて平民から徴用された騎士、他にも傭兵や移民という場合すらある。よって、その身分は総じて低く、爵位すら持たないこともある。そして、それらの家系に共通することは必ず子を二人以上設け、その最初の子供を騎士として王家に献上する習慣を持つことだ。これは、献上品であるため奴隷同然の扱いをしてもかまわないと、いわれているようなものである。


 オネイロス家の第一子であるラディナ・オネイロスは、そうして献上された騎士である。幼いころから騎士として鍛錬を続け、女を捨て励み続けた彼女はいつしかその圧倒的な技量を以て、王国最高の騎士と呼ばれるようになった。


 だからこそ、アフロディーテはラディナに自由を与えたいと思った。あわよくば、男の一つもつれてくれば良いと。そして、式には王宮の式典用の大ホールを貸してやろうなどと妄想にふけっていた。


「はっ!」


 ラディナは自尊心を粉々に打ち砕かれたような顔を上げた。


「ラディナよ。ゼアル・タナトス国王をどう思った」


 アフロディーテは恐る恐るといった感じに外堀から話を始める。


「どう……と、仰られましても。あれは理外の化け物としか申し上げることができません。ただ……いえ……」


 ラディナ、アフロディーテの国王という立場に少し遠慮をせざるを得なかった。


「よい、申してみよ」


 だが、許しが出たのなら話は別だ。ラディナはゼアルに答えを求めていたのだ。理外の強さを持つあの男なあらあるいは答えられるかもしれないその答えを。それは、武に対する問答だ。矛を止めると書いて武と読む、ならばいかにして止めればいいのか。アフロディーテは、仮定を遂行し、自らはそれが正しいと思ってすがってきた。平和と言う答えに対するあくなき探究。だが、血は流れた。不幸は決して減ったとは言えない。自らに突き立つ矛を止めるため自らは矛を振るい続ける。ラディナはそれに少なからず疑問を見出していたのだ。


「ただ、私は話をしてみたいと思ったのです……」


 ラディナの声には憧れが含まれていた。


「ちょうど良い、同盟のしるしに人質となる将を探していたのだ。ゼアル・タナトス、お前の言う理外の化け物と対話するならじっくりと話し込むがよい」


 アフロディーテは知っていた。ゼアル・タナトスが人質だからと無下に扱うような下衆ではないことを。そうであるのなら、戦場から帰ってきた者はいないだろう。そして知っていた、女であることをいいことに伽の道具とすることがないことを。そうであったのならばラディナは今も生娘ではいられない。


 ラディナは21歳になる。この時代においては行き遅れに分類されるが、それでも尚も目が覚めるような美貌と引き締まって尚もどこか女らしさを感じさせる肉体を持っている。いくら男装に身を包もうと、見る目のある男だったら一目で見抜くであろう、それが絶世の美女であるということを。下衆なら戦場だろうとかまわず、犯し、嬲って、首輪をはめて持ち帰るだろう。ラディナとはそういう女なのだ。


「わたくしが、タナトスへ?」


 ラディナは優しげなアフロディーテの真意を理解できず不安と悲痛をにじませた顔でアフロディーテに問いを返す。


「左様、答えを見つけに行くがよい。帰りたくば帰ってくるがよい。交渉できぬ相手でもなかろう。お前に一羽の鳩を与えよう、なかなかの忠義もので必ずやふみを届けてくれる」


 そのアフロディーテの答えを聞くうちにラディナの顔に滲んでいた不安と悲痛はいつしか期待と好奇心に代わっていた。


「ありがたき幸せ! このラディナ・オネイロス、必ずや自らの答えを見つけてまいります!」


 ラディナはそう言うと、アフロディーテに深く礼をして玉座の間を後にする。


 出立は、翌日の正午と決まった。それまでに少しの間離れることになる故郷をしっかりと目に焼き付けておこうとラディナは街へ出た。ラディナがまだ戦えなかった幼少のころ今では苔の城壁と言われる城壁と同じ時期に作られた城壁がこの国を、ラディナの世界を囲っていた。


 現国王アフロディーテが即位して国は、どんどん広がってゆき、壊されては継ぎ足され、と繰り返した。石工たちは休む暇がないと不平を漏らしては仕事が無くならないことを酒場で自慢していた。


 歩いて歩いて、苔の城壁まで来た。今では残っている苔の城壁はここだけだった。最後に残った小さな柱の一本だけ。それはもはや孤立していて歴史的モチーフ以外の何物でもない。


 ラディナが戦場に出るようになってその圧倒的な指揮能力と、個人の武力によってアルデハイド王国の拡張はさらに加速した。王国はさらに多くの穀倉地帯を獲得して民も家畜も加速度的に増えていった。栄えたものだ。


 今や王城の眼下には巨大な商業都市と広大な畑。いくつもの城とそれらを支える街や村。農村もあれば、酪農も盛んでそれらは巨大なこの王国を支え続けている。


 ふと、一陣の風が吹き抜ける。それは木々を揺らし、小麦の穂をなで、街を駆け抜ける。その風がラディナには、時代を駆け抜けたように思えた。


―――――――――


 次の日のことである。ラディナは圧倒されていた。タナトスの城下に広がる街に。そこには、巨大で広大な土地を持つからこそ成し得たアルデハイド王国中央の町と変わらない、それ以上とすら思える活気に満ちた街があった。


 民は笑い、家畜は肥え、麦はその穂を金色に染める。街中には、まるで祭りのような笑い声。催される演劇の主役は髑髏の仮面。立ち並ぶ商店の品揃えはどこも豊富で、美術展に並ぶ芸術はどれもこだわりの詰まったものばかり。とても、小さな国とは思えない賑わい様。


 恐ろしげな髑髏の仮面を見て、子供たちは泣き出すどころか憧憬を眼に浮かべる。


 馬車の中からでもわかるほどの街の活気はアルデハイド王国を凌ぐ勢いがあった。ラディナはそれに感動し、打ちのめされ。憧れすら抱いた。ラディナの思う平和の姿、その小さな縮図がそこにはあったのだ。


「ようこそ! 我が町へ、我が王国へ!」


 ついさっきまで、この声を聴くのが恐ろしいと、どこかで思ってた声が響く。声のほうを向くと骸骨の馬に乗ったゼアル・タナトスが歓迎に来ていたのだ。今では恐ろしさも何も感じない。こんな国の王だと実感させられたから。


「ありがとう、素晴らしい国だ」


 ラディナは思わずゼアルに賞賛を贈らざるを得なかったのだ。恐ろしげな風貌ながら、ゼアルの後ろから子供たちの無邪気な声が聞こえる。どれだけの尊敬を集めればここまで慕われることができるのか、それは、もはやラディナの思考の次元の先にある夢の領域にいる届かないはずの光景を体現した男だった。


「このまま王城まで案内しよう」


 そんな国王に客人として扱われることがラディナを大いに緊張させた。


「あ、あぁ。ありがとう」


 そんなすっかり縮こまったラディナを見てゼアルは笑いをこぼす。


「最初の威勢はどうした? ほら、言ってみろ。ものすごい化け物だ! ってな」


 ラディナは自分の言動を悔いた。悔いて初めて、自分の言動がとがめられない違和感に気付いた。


「なぁ、ボクのその言動はかなり無礼だったと思うのだけど。なぜ、だれも咎めない?」


 それどころか、周りを見渡すと苦笑いを浮かべ同情するかのような顔をしているのだ。


「だそうだ、答えてやれ!」


 ゼアルがそう少し大きな声で言うと馬車の逆隣に今度は悪魔のような羽を生やした穏やかな笑顔の男が並ぶ。


「陛下曰く化け物は褒め言葉だそうでございますよ、お客人。そして、私どもから見ても陛下のお姿は化け物じみた高貴さを感じます。初対面なら仕方ないかと。ただ、このお方の素晴らしさがわからないのは少しばかりあわれに思います」


 確かにゼアルの見た目は高貴さを醸し出している。だが、それはどちらかというと悪魔の王、人間であるラディナにとってそれは恐ろしさ以外の感情を一切抱かせない完璧なまでの化け物である。だが、今なら言えるだろう。彼は賢王であり、恐れるようなものではないと。そう思えば理解できた、彼を貶すものはこの国の国民にとって敵愾心をあおるものではなく、ただただ哀れな感性の大貧民なのである。


「とはいえ、こんなにも国民に好かれていようとは」


 ラディナは思わず驚きを口に出した。すると馬に乗った悪魔が胸を張って笑いながら答える。


「当然でございます。陛下は千年この国を守り通した偉大なお方。慈悲深く、安息より目覚めて舞い戻ってくださった我々の救世主です」


 ラディナにも、それが国民全員の共通認識であることを悟った。


「成したいこと、成しただけなのだがな……」


 そういって照れくさそうに笑うゼアルをラディナはもう二度と化け物だとは思えないような気がした。

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