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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第三章 黎明
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第三十二話:境界戦線

 巨大なバリスタがまるで槍のような巨大な矢を放つ。それが、突き立った大地はその衝撃で爆散し幾多の礫をあたりにばら蒔く。大砲が轟音を上げ、巨大な鉄の球をを飛ばし魔族たちを蹴散らす。接敵の前に少しでも数を減らすため、命に届く破壊の雨は容赦なく降り注ぐ。


 煙も、土埃もすべては少しずつ西へと流れていく。硝煙の匂いが立ち込めるそこは、誰の目にも明らかな戦場だった。


 魔族たちは結界を盾に、隊列を組んで攻めてくる。人間よりも膂力に優れたものは、騎馬の如き突進力で突き進み、魔力に優れたものは結界で出来た動く要塞を作り上げる。


 大砲が放つ鉄球は結界に阻まれ、あるいは、その圧倒的膂力によって躱される。巨大なバリスタが放つ大槍だけが、有効にそれらを蹴散らしている。大砲はあくまで威嚇のためのものである、敵を威嚇し、魔法を使わせて少しでも消耗させる。


 やがて、魔族たちが魔法の射程に入ると法螺貝の音が戦場に鳴り響く。


 ロドス城塞の上空には巨大な結界が現れ、それと同時に空からこれでもかというほどの矢と魔法の雨が降り注ぐ。火球は炸裂し、矢は矢尻に塗られた毒を魔族の体内に打ち込む。


 毒に苦しみもがく魔族もいるが、それ以上に数は多く、後から後から屍を越えて押し寄せる。やがて、その魔族たちの波は、未だ城に入れていない人々の行列のすぐそばまで迫った。


「密集陣形! ファランクスを組め!」


 それを守る百人あまりの兵を纏める将、ロドスの百人隊長が叫ぶ。


 ファランクスとは、左右の味方同士で盾を重ね合わせる陣形だ。そうすることにより、衝撃を分散できる。いわば、盾の城壁である。城壁のない場所に作られた、人力で支える急ごしらえの城壁。だが、その城壁はその柔軟性が故に凶悪でもある。


「応!!」


 短い掛け声とともに、兵士たちは、盾を重ねる。そして、来る衝撃に備えるのだ。


 ロドスの兵士達が組むファランクスは、三重構造である。一番前から、敵の攻撃や突進を受け止める兵士。次に、その盾の隙間から長柄の槍で敵を突く兵士。そして、盾を構えている兵士たちを支える兵士である。


 たどり着いた魔族達が、獣のような咆哮を上げながら盾の壁に向かって突進する。


「ルォオオオォオォ!!」


 猿叫、あるいはウォークライと呼ばれる戦術である。相手を怯ませると、同時に自らを鼓舞する。原始的な戦術であるが、有効である。


「ひぃ!」


 訓練の浅い、新兵であればその異様な叫びを聞いただけで悲鳴を上げる。だが、そういった戦術に対してこそ老練の兵士が有効なのである。


「ビビるなよ、俺らみんなで一つの城だ! 何が来ても怖かねえ。」


 そう言って微笑む老練の戦士にラディナは、アレスの面影を重ねてしまいそうになる。


「そうだ、見て見やがれ! 俺の盾も重なってるぞ!」


 ほかの兵士が、悲鳴をあげた兵士に声を投げかける。独りじゃない、だからできる。その、暗示とも言えるほどの強固な団結がファランクスを一つの要塞へと昇華させる。


「いいか? ぶつかる瞬間だ、一緒に叫ぶんだぞ!」


 そう言いながら、老練の兵士は大地をしっかりと踏みしめ、不敵な笑みで前を見た。


 やがて、その盾の壁に魔族の突進が突き刺さる。人間を遥かに超える巨体の、圧倒的な膂力で繰り出される体当たり。それは岩をも粉砕する力を秘めいている。


 だが、だからこそ、人の壁が役に立つのだ。それは、ある程度の柔軟性を持って、突進の衝撃を吸収してしまう。


「うぉおおぉぉぉ!」


 そして、負けず放たれたウォークライがあたりに響き渡る。わずか一瞬、ほんのわずかではあるが、衝撃と大音量に気を取られた魔族に槍が突き刺さる。そうして、盾の城壁の前には屍の山が出来上がっていくのだ。


 だが、それが良くなかった。仲間の死が築き上げた屍の山は、縦の城壁の上から飛び込む道を作り上げてしまったのだ。


「数が多すぎる……ッ!」


 さしもの兵士も、それにはたまらず悲鳴をあげた。このままでは何れ突破されかねないのだ。


 だが、そんな中、空を舞い、盾の城壁を押しつぶさんとした魔族の首が飛ぶ。鮮血の雨が降り注ぎ、兵士たちは血赤の戦化粧を纏う。


「すまない、つい手を出してしまった……。」


 空を舞う魔族の首を刎ねたのは、ラディナだ。地面を蹴り、兵士たちが創る盾の城壁の上で魔族の首を狩り、死体を蹴って元の場所に降り立ったのだ。兵士たちは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。だが、ラディナの髪は、その一撃の余韻に未だ揺れている。


「そいつは、俺の役目だったんだがな……。」


 そう言いながら現れたのは身の丈ほどの巨大な剣を担いだ男だった。ツヴァイヘンダー、大男が両手で扱うのが前提の巨大な剣である。その圧倒的質量で、敵を叩き切るのが目的のものだ。だが、この男はそんな剣を振り回す割には細身である。


「遅いぞアトラス。そんなだから、役目を奪われるんだ!」


 盾を構える兵士の一人が小馬鹿にしたように言う。


「仕方ねーだろ、あっちもこっちも大忙しだ!」


 男は拗ねたように返答を返した。実際、この戦場でツヴァイヘンダーを持つ人間は極少数だ。ファランクスを突破した魔族を殺す力量を求められるだけに、彼らは精鋭なのである。


「クソッタレの戦場、クソッタレの職場、境界戦線にようこそ旅の剣士さん。入隊ならいつでも大歓迎だ。」


 そう言いながら、新たに突破してきた魔族を切り払って不敵な笑みを浮かべる。


「見えてるなら、注意しろ……。」


 カロンの声と共に、後方から生ぬるい風がラディナの背中をなで上げる。ラディナの後ろにも、また魔族が一人突破してきて、内側からファランクスを崩そうとしたのだ。


「嬢ちゃんに信頼されるくせによく言うぜ。」


 ラディナはその風で気がついたのだ。故に、対処も容易であった。事実、ラディナは目の端にその魔族を捉えていた。だが、カロンが動き出すのを感じると剣にかけた手を下ろした。


 男はそれを見逃さなかったのだ。だからこそ、男は、アトラスは、ラディナのカロンに対する信頼を悟り、あえて言及しなかった。


「流石だ、カロン。礼を言うよ、ありがとう。」


 ラディナは振り向いて、カロンに言った。満面の笑顔を浮かべながら。

「よし! 避難終了、撤収するぞ!」


 アトラスは辺りを見回すと号令を掛ける。ファランクスの号令を掛けた兵士はアトラスではないようだが、その声には全員が従った。


「はっ!」


 そんな声が、一斉に何百と揃う様はこ気味浴すら思える。


 ファランクス隊形を崩さないまま、少しずつ、幅を狭めて兵士たちは退却していく。誰ひとり、緊張を緩めるものはいない。未だ、全員が魔族の猛攻の真っ只中なのだ。


「可愛い顔して、とんだ男たらしだよな……。」


 だが、例外も存在する。こんな撤退の時、アトラスは仕事がないのだ。そのせいだろうか、アトラスはカロンにそんなことを言っていた。


「聞こえてるぞ!」


 それを、ラディナが一喝すると、アトラスはまるで蛇に睨まれたカエルのように静かになったのである。

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