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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第一章:戦乱の時代
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第一話:不死城

 王の応接間、黒色の大理石で削り出された円卓と双子龍(ふたごりゅう)の玉座と称される金銀宝石のあしらわれ、赤い布地に綿を詰めた贅沢の限りが尽くされた玉座。この円卓と玉座はタナトス王国が誇る職工(しょっこう)によって国王に献上されたものだ。それを、贈った職人たっての願いによって国王ゼアル・タナトスと彼に直接許可されたもの以外の何人(なんぴと)も座ることを許されない。そこに、静かに座するゼアル・タナトスは国王というにはあまりにも支配者としての風格を持ちすぎる。その姿はさながら魔王のようである。


 対峙するのは、“男装”に身を包んだ麗人(れいじん)。腰に剣を挿し、清澄(せいちょう)な眼差しでタナトス国王を見つめている。窓から差し込む日の光に照らされる頭髪は金色の上等な絹糸のようで、真っ直ぐ国王を見つめる瞳は深海を思わせる深い青。軽装と呼ぶにもあまりに軽装な鎧はところどころ、特に狙われやすい個所を守る板金鎧(ばんきんよろい)籠手(こて)のみ。だが、それらは質素ながら洗練された雰囲気を(かも)し出している。


 中央に置かれた燭台が二人を照らし出し、その後方に長い影を落とす。

 僅かに気化した蝋の香りが鼻腔をくすぐった。

 燭台の明かりは静かな部屋の中で二人の(わず)かな動きに(あお)られ揺れるのみである。


「ものすごい……化けものだな」


 タナトス国王、ゼアルの姿に男装の麗人(れいじん)は思わずつぶやいた。恐怖に震える、消え入りそうなかすれた声で。


「ははは、失礼な奴だ。それで、要件を聞こう」


 その声はゼアルにも届いていた。失礼な奴だといわれた時には男装の麗人(れいじん)は死を覚悟した。だが、ゼアルがそれを気にしていないかのように要件を(たず)ねるとその表情は幾分か和らいだ。


「失礼をした。ボクはアルデハイド王国、第三騎士団団長ラディナ・オネイロスという。率直に言おう、貴国には自国を守り通す力がない。どうか、我が国の庇護下(ひごか)に下ってほしい」


 アルデハイド王国、国王は慈悲(じひ)の王としての側面も強く、弱小国を統合し、自国の城壁を広げ、自国の一部としてそれを守る。だが、その考えは国民たちにまで広がっているわけではなく、被差別的な扱いをされることも少なくはないのだ。


「貴国なら守れるというのか?」


 ゼアルは静かな声で真っ直ぐとラディナに問う。


「我が国なら守れる!」


 いかにも自信満々といった様子で、覚悟に満ちた瞳でラディナは答えた。


「ふっ、愚かだな。貴国の国王は確かにすばらしい。高潔にして、慈悲深い。されど、民はその限りに(あら)ず! ……仕方がない、貴国の王は優しすぎるのだ」


 ゼアルは決して動かず、だが、その声に明らかな嘲笑(ちょうしょう)と皮肉を込めて言を返す。


「それは、仕方のないことであってッ……!」


 ラディナはそれが気に食わないようで精一杯の反論をしようとする。円卓に手をかけ、今にも立ち上がらんと足に力を込め。だが、立ち上がらないように必死でそれをこらえている。だが、その反論はゼアルの正論によって中断される。


「守れぬ、と言っておるのだ。確かに、貴国の庇護下(ひごか)にあれば我が民の命は安泰(あんたい)だ。だが、誇りは守れぬよ」


 アルデハイド王国の国王、アフロディーテ・アルデハイドは確かに慈悲(じひ)深く、やさしく高潔なるものだ。だが、余りに優しすぎたのだ。生あるものすべてを庇護(ひご)し、一つ国の元、長き戦乱の世を終わらせようとする統一王国思想は表面だけ見れば素晴らしいといっても過言ではない。だが、すこし考えればそれが実現不可能なのは自明の理である。正義の対義語は悪ではない、別の正義なのだ。すべての国が自国のため、自国の正義を掲げているこの戦乱の世で統一王国の野望は多くの別の正義を踏みにじってしまうのだ。


「滅ぼされてしまうのだぞ! この国は、あなた一人の意地のために」


 ラディナにはアルデハイドが誇りを守れないことも分かっていた。だが、アフロディーテの夢はあまりに魅力的でラディナの心に響いたのだ。だからこそ、彼女は(けな)されて尚も引き下がらなかったのだ。


「対等の同盟なら呑んでやってもよい。そもそも同等の相手に降伏勧告というのはおかしな話だ」


 ゼアルのこの傲慢(ごうまん)とも取れる言動にラディナは激昂(げっこう)した。


「ふざけるのも大概にしろ! 我が国は貴国と比べようのない大国なのだぞ!」


 当然のことだった。アルデハイド王国の国土はタナトス王国のに比べ十倍を優に超える。人口比も同様。したがって、兵力も同様の差を持つ。タナトスから見れば、これは常識的には絶望と言っても何ら差し支えのない圧倒的な差だ。


「ふざけてなどおらんよ。千年の王は伊達ではない」


 ラディナは頭を抱えるほかなかった。千年も王を続けたものならそのくらいの分別はついてもいいものだろう。だが、この国王はまるで子供のようにわがままを並べ立てると、そう見えたのだ。


「いいだろう、貴国がわが軍に勝てたのなら対等の同盟を飲もうではないか。だが、攻め滅ぼされたとて文句は言わぬことだ」


 そういえばこの国王もさすがに引き下がると思った。なぜなら、アルデハイドに攻められればこの王国の兵がいかに強かろうと物量の差で押しつぶされると考えるのが一般的だからである。


「では、そうしよう。兵を討たれて恨み言言うでないぞ」


 もし、ゼアルの顔に肉があるのなら笑っていただろう、そう思える声だった。


「な……。もういい、貴殿(きでん)には何を言っても無駄のようだな。明日、戦場で会い見えるとしよう!」


 そんなゼアルの態度に驚いて、そしてあきらめながらも心の底では激高していた。


――――


 後日、約束通りゼアルは馬に乗って指定された合戦の場に一人来ていた。ただ広いだけの草原だ。風にあおられ、草々が波打つ様など長閑(のどか)さすら感じる。

 青臭さに紛れてほんの少しばかり金属の匂いが漂っている。戦の匂いだ、擦れあう鎧の関節が上げる鋼の匂いだ。

 高低差もほとんどなく地の利が一切発生しないであろうそこに単騎である。それは、自殺志願としか思えないような光景である。


 相対する、アルデハイド王国第三、第四、第五騎士団及び傭兵隊は合わせて約2万。まさに大軍と呼ぶにふさわしい大地を埋めるような大軍勢だ。うち一騎がゼアルに駆け寄る。遠くからでもよくわかる、それはラディナであるということが。


「正気か!? このままでは貴国は間違いなく滅ぼされるぞ」


 ラディナが言うのも無理もない。なんせ、2万の大軍相手にたった一人で戦おうというのだ。


「もちろん正気だ。今までもこうしてきた、これからもそうだ」


 その言葉を聞いてラディナはがっくりと肩を落とし自軍へと帰還した。


 ラディナが帰還した後間も無くして、騎馬隊が突撃を開始する。勇ましい轟音と、法螺(ほら)の音を響かせ、土を巻き上げながら。


「敵は一人。物量で押しつぶせ!」


 先頭に立つラディナが叫ぶ。その声はゼアルの耳にもしっかりと届いた。


 ――だから、ゼアルは、ラディナを嘲笑(ちょうしょう)した――


「その程度の物量で押しつぶせだと? 無茶を言う……」


 直後ゼアルは右の腕を横に伸ばし一つの魔法を発動させる。魔法名は<リザレクト>、本来は単一の対象に対し蘇生を行う子の魔法だが、彼の使ったそれは明らかに別の効果をもたらした。


 地中から、ボコン、ボコンと音が鳴り幾多の死者がよみがえる。だが、それは完全な状態ではなく埋葬されたままの骨だけの状態で。ゆえに如何なる思考も持ち合わせてはおらずただ、眼前の敵を排除する狂戦士の如く前へ前へと突進する。数、約一千万。これまでに、その地で死んだ全てに不完全な状態で魔法の効果を及ぼしたのである。紫煙(しえん)が、立ち込め、やがてそれは騎士へと向かっていく。


「敵は少数、物量で押しつぶせ」


 皮肉のように、ゼアルが言う。言って嗤う。地獄の底の、悪魔の王ですら身震いするような声で。


 確かに、不完全に蘇生されたものは弱い。その上武器すら持っていないとしたらなおのことだ、だが五百倍も数に差があればそれは些末なこと、幾人幾百人と切り殺して、いつか疲れて足を止めれば瞬く間に死者たちは群がり黄泉へと(いざな)おうとするだろう。


 少しずつ、空気が湿り気を帯び、肌にベタつく感覚を与える。それはやがて、雲を巻き起こし、雨となって降り注ぐ。それもまたゼアルの魔法によるものである。死者の目は、暗闇の中でこそ遠くを見渡す。だからこそ、分厚い雨雲で太陽を覆ったのだ。

 雨は、死者の王を忌避(きひ)するかのようにゼアルを避けその他の場所に降り注ぐ。


「なんだこれは!? いったい何が!?」


 雨は、冷たく瞬く間に騎士たちの体力を奪い去っていく。その異様さと、圧倒的だと思ってた戦力の逆転にすべての兵は混乱し悲鳴を上げる。ラディナですらもそれを理解できずに突進を止てしまった。


 だが、すぐにわれに帰ったように叫び上げる。


「立て直せ! 陣形を組み、歩みを止めるな!」


 さすがというべきでろう。女の身にして第三騎士団を率いるラディナはそれを一瞬で把握し、再構築の号令を出す。騎士団もそれに応えようと必死で陣形を立て直そうとするが、騎馬と騎馬の間を死者の濁流に遮られ細切れなった陣形を立て直すのは困難である。


「くそっ、本当にものすごい化け物だ。貴殿はッ……!」


 ラディナは悔しげに歯噛(はが)みしながらゼアルのいる方角をにらみつける。にらみつけた方向にはゼアルが確かに見える。引くこともなく、ただそこにいたことをラディナは好機と思い方向を変え骸の兵士たちを殺しながら突き進んでいく。


 ラディナの馬は早く風の如く駆ける、累々(るいるい)と並ぶ屍の軍をものともせず。ラディナは剣を振るう、眼前を覆う闇を切り裂いて人馬一体となって戦場を駆け抜ける。


 剣が、ゼアルに届くまで、あと少し、もう少しとくじけてしまわないように心の中で何度も繰り返しては前に進む。やがて、屍の群れを抜け大将首まであと、もう少し。ラディナは(くら)を踏みしめて懸命に馬を走らせた。


「覚悟!」


 ラディナの髪がひらめき、白銀が走る。意を決し渾身の力を込めて放った一撃はだが、鋭い金属音とともにゼアルの剣によっていともたやすく弾かれた。だがそのくらいは、ラディナも想定していた。


「よくぞ、よくぞここまで駆け抜けた! 相手をしてやる来い!」


 不遜にもそう言って(わら)うゼアルに二の太刀を浴びせるべく、ラディナはゼアルに向けて騎馬を走らせる。突進の勢いを利用して、目にもとまらぬ速さで剣を振るう。風を切る音すら鳴り響き、至高の剣技が唸り声を上げた。

 だが、それでもなおも届かない。


 五合、十合と剣戟(けんげき)の回数だけが増えていく。そのたびに火花が散って、金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り響く。だというのに、すこしたりとも決着がつかない。


 何度も何度も剣戟(けんげき)を重ねた、その時ついに一撃ラディナの渾身の一撃は確実にゼアルの虚を突いた。当たると確信し、渾身の力を持って王の首級(しゅきゅう)を討ち取らんとする。

 瞬間、確かに切り裂く感覚を感じた。剣は走り、骸の王の命に届く感触を剣が伝えた。骨に剣がくい込む鈍い音すら、聞こえた気がした。


 だが、剣は走ってなどいなかった。骸の王を切り裂くほんの少し手前。そこで、行く手を剣に阻まれ止まっている。鈍い金属音が二つ、共鳴する。


「化け物め……」


 ラディナが憎々しげにつぶやいた。


「よく言われる……」


 ゼアルが嘲笑(ちょうしょう)のこもった声で返答する。


 そしてまた、何合何十合という剣戟(けんげき)の応酬に戻ってしまう。途中何度もラディナはゼアルを()ち取った感覚に襲われる。だが、毎回同じ、一度も()ち取ってなどいない。毎回、剣はラディナの感覚のはるか手前で止まっているのだ。


「よい剣士だ、剣の腕だけなら到底勝てそうにない」


 余裕たっぷりの声で言われてもラディナには屈辱に他ならない。


「お褒めに預かり……光栄だけど……嫌味にしか感じない……よ……」


 なぜなら、ラディナの息はとうに上がり、その剣戟(けんげき)も繊細さを欠いている。


「そうだな、意地悪が過ぎた。だが……貴様は私を何度か討ち取っているぞ。正しい時の中ではな」


 <ウルズ>時間系最高位にあたるその魔法は時間の経過を自由に行き来する。それによって生死の境や運命の地平すら易々と乗り超える極限の魔法だ。ゼアルが使っているのはそれだ。それを使うことで何度も討ち取られ、討ち取られる前に巻き戻って剣を受ける。よって、自らを圧倒する剣士ですらこの魔法を使えば圧倒することができるのだ。


 次の瞬間、ラディナの剣は空を高く舞った。<ウルズ>による試行回数の暴力の前に、完全に虚となるタイミングで剣を巻き上げられ、思わず手放してしまったのだ。


「降伏しろ、命まではとらない」


 ゼアルのセリフが終わった直後、剣は草むらに音を立てて突き立った。

 極限の集中の中、止まっていた風すら再び動き出したように感じた。


「降伏する。ボクの負けだ……」


 のど元に剣を突き付けられ成す術もなく、戦いは終わった。しかも、死人の一人も出さず。


 ゼアルは、武器を持たない不死の軍勢が人をなぐり殺す寸前に見計らったようにラディナを下した。よって二万のけが人と(ゼロ)人の死者という結果が実現したのである。


 こうして、アルデハイド王国二万の軍勢はただ一人に敗戦することとなった。


 よって、アルデハイド王国はタナトス王国を対等の相手と認め同盟を余儀なくされる。

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