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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第三章 黎明
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第二十五話:楽園の不運な農夫

 改変後の世界にて最も、就業者数の少ない職業、それは暗殺者である。暗殺者に対して相対するのもまた暗殺者である場合が多い。暗殺者を相手取る場合、自分も暗殺者である方がどこに隠れるのか、どのタイミングで殺すのか、そういった事情を把握しやすいのである。


 そして、改変後であるこの時代暗殺が対象にするものは決まっている。王だ。人間の王と魔王しか存在しないその暗殺対象はどちらもその陣営の最も深い位置に存在する。結果、暗殺者がその任務を遂行するためには広大な敵陣営の領地を踏破し、数多の異種族に対して自分を同族であると誤認させる必要がある。端的に記すことにしよう、改変後のこの世界において暗殺者というのは意味を成さないのである。紛れ込むことも、踏破することも不可能に近い。それは、暗殺者の生存率を著しく下げ、放つだけ無駄であるという認識を植え付けている。


 よって、暗殺者はほとんど存在しないのである。故に、改変前の世界にて暗殺者だったものやそれに近い技能を持ったもののほとんどが別種の職業に従事している。


 かつて、まだ、世界が改変される前。アルデハイド王国軍として、エイレーネーとの大戦の折に殿をつとめ、生き残ったとある男もその例外ではない。


「雑草だったか……。」


 彼には、農園が与えられた。広く、そして肥沃な農地である。農民であったなら、簡単に豊作を引き起こせるようなまるで楽園の大地。だが、男は農民ではなかったのだ。


 彼が耕した大地には様々な草が生えている。だが、そのどれも大地の恵みたる実りを与えない植物。いわば雑草と呼ばれる類である。厳密には、雑草という植物は存在しない。食用に適していない、あるいは鑑賞に適していない植物を総じて、農民が勝手に雑草と呼んでいるのだ。特に、彼が農作物と勘違いして育てたその植物は、雑草と、農作物の境界の非常に曖昧な草である。それらは、食用可であるが決して適している訳ではない草。食用可の野草である。上手く調理することによって、食べることは可能だが決して美味しいとは言えない。そのたぐいの草。


「ん……自分で食おう……。」


 摘み取った草を、ほんのひとかけら、口に放り込むと、咀嚼して味を確かめてつぶやく。青臭く、お世辞にも美味しいとは言い難い。だが、毒はない。


 生来、暗殺者として育てられた彼は毒に対して耐性を持つ。野草が持つ微弱な毒では、その毒が彼を死に至らしめる前にその毒素を感知される。そして、それができないほど危険な毒草に関しては絶対の知識を持っているのである。農地に毒草を生やすことで彼を毒殺したいのであればそれこそ品種改良などで新種の毒草を作らねばならない。しかも、元の毒草の外見的特徴を全て消さなくてはならないのだ。ほぼ、不可能といっていいだろう。


 元は暗殺者である彼は、その任務中食料やテントすらない状態で数日間の野宿を強いられることもそう珍しくはない。そこで培い、肉体に染み込んだその動作。植物が持つ、毒の中で最も致死量が少ないものの致死量未満を摂取し、その植物が食用出来るかどうかを判断する手順を彼は無意識に行うのだ。売れなければ食べられない、食べられなければ死ぬ。そんな、まるで野生動物のような本能的思考が、雑草であっても彼が口に運ぶ理由となる。


 だが、彼は農夫である以上作物を売らない限り、動物性タンパク質を得ることができない。通常ならそうである。だが、彼は疲れた顔をしたまま収穫した雑草の一部を家に納めると、収穫用のナイフをもって森へと出かけた。


 彼が住んでいる家のそば、その森には猟師が住んでいる。鹿や、猪、鳥などといった獣は全てその漁師が管理している。だが、通常食用されない両生類や爬虫類、昆虫類などはその限りではない。とはいえ、森へ入るのだ、猟師への挨拶は礼儀として欠かしてはいけないのだ。


 森の入口のすぐそば、そこに猟師の家がある。家の前には猟犬が座り込んでいる、だから誰にでもそれが猟師の家だと簡単にわかる。


 彼が家に近づくと猟犬が吠える。威嚇の吠え方ではない、猟犬は唸り声を上げていないのだ。それどころかどこか媚びるように、声の大きさも相手を怖がらせないように少し絞っている。つまり親愛を表す吠え方である。


「ワン! ワン!」


 猟犬は吠えながら彼に飛びかかる。


 彼は、それを受け止める。そのせいで彼の両手はふさがってしまう。


 猟犬は、彼の顔を舐め回しクーン、クーンと鼻を鳴らしている。猟犬にとって彼は友人なのである。


「元気だな……。」


 彼は基本無口である。だが、野性的な部分を多く持っている。そのせいだろうか、人間より獣に好かれるのだ。当然人間に好かれないわけではない。ただ、無口なことが無愛想と思われがちなのだ。その誤解が解けたのであれば、人間であろうと良い関係を結ぶことはできる。


 つまりは、彼にとって人間のほうが最初のハードルが高いのである。そんな彼にとって、ここに住む猟師は数少ない人間の友人であると言えるだろう。


「おい、ティンダロス。このいたずらっ子め! すぐ、客にじゃれ付きやがって!」


 彼が少し猟犬とじゃれていると、小屋の奥から猟師が出てきた。声は大きいが、別に怒っているわけではない。むしろ笑っているのだ。ティンダロスとは猟犬の名前である。実はティンダロスは動物ではない。魔物である。


 この猟師の世界改変以前からの友であり、ともに狩りをする仲間である。ティンダロスは異次元に身を潜める能力が有り、その出入り口は鋭角である。木の枝の尖った先が多くある森の中では最高の狩人である。


「また畑をダメにした……。」


 彼は、猟師に申し訳なさそうに言う。


「またか、お前農夫なんかやめて狩人になれよ。」


 猟師は、彼を同業者にしたがっていた。彼は、農夫としては最低であるが猟師としては一流を超えられると思っていた。何より彼は気配を消すのがうまい。野生動物ですら、彼には気づけないほどだ。


「すまない……大切な土地だ……。」


 彼がもつ土地は広く、肥沃だ。だから、農民としては手放すわけにはいかないのである。


「たって、いつか死ぬぜ? まぁ、いいや。今日はお前に鹿を狩らせてやる。俺がついていけばなんも問題ねえ。そして、そのままもって行きやがれ。」


 彼は驚いたような顔をした。当たり前である、森に住む動物とは全て猟師の獲物であり、同時に資源なのだ。猟師はその生態系が崩れないよう、定期的に肉食動物を間引くことすらある。森に住む動物とは、農民で言うところの実った麦の穂と同意義なのだ。これを、収穫させてやる、という農民はそうそういない。それどころか猟師は命懸けで森を育てているのだ、尚更ありえないのである。


「いいのか……?」


 言葉だけ聞けば、彼の言葉はぶっきらぼうだ。だが、彼はその表情に申し訳なさと感謝をこれでもかと浮かべている。


「あんまり水くせえこと言うと、ケツを蹴っ飛ばすぞ!」


 猟師はそう言いながらガハハと大声で笑った。猟師は、彼の人間性が嫌いではなかった。最初こそ、無口でぶっきらぼうでたたき出そうと思ったものだ。だが、自分の飼い犬が悪い人間を好きなるわけがないと思って少しの間観察していた。すると、彼は意外にも律儀で礼儀正しかったのだ。だが、口数が絶望的に少ないのは欠点ではあったが。


 だから、猟師は彼と話すとき自分から喋って、話したがらない彼に過剰に喋らせることがないようにしている。要は、親しいからこそ気を使っているのである。


「わかった……行こう……。」


 彼にとっても、猟師のその気遣いは嬉しかった。彼は、自分の声が好きではないのだ。だから他人に聞かれるのが恥ずかしく、故に声をあまり出さない。だから何を言いたいのか、汲もうとしてくれる猟師を彼は友人として好いていた。


「おう、行くぞ!」


 そんな掛け声とともに二人森へ入っていった。


 ―――――――――


 しばらく歩くと、いくつか罠が仕掛けてある場所まで来た。猟師はいつもここで罠猟をしている。だが、その罠にかからなかったときティンダロスが鹿の匂いを追い無理やり獲物を狩るという行為をするのだ。しかし、それは基本的に苦肉の策でありそうそうすることはない。


 ただし、今回は別である。罠を見ればわかる。明らかに、仕掛けたばかりなのだ。


 この森は肉食獣の数が少ない。鹿や、山羊などの草食動物にとっては暮らしやすい環境である。猟師とは言うが、基本的にはほぼ森の管理者である。故に猟師には森の生態系を知る様々な能力がある。


「ここを見ろ、下草がかなり食べられてる。それに、木の皮もだ。こりゃ相当増えてるな、どうやら二、三頭は狩ったほうが良さそうだ。」


 猟師は彼に対する気遣いからそういった訳ではない。本当に、下草の消費速度が速すぎるのだ。草食動物が増えすぎることによって引き起こされる現象である。この現象が長く続けば、森の生態系は変化し、草食動物が飢えて死に、長い期間その数を大幅に減らす可能性もある。狩ってもいいが、狩らなくてはいけないに変化したのだ。


「わかった……。手伝う……。」


 彼のその言葉に猟師は笑顔でうなづいた。


 さらにしばらく進むと、猟師が急にかがみ込んだ。


「丸い糞……鹿だな。まだ乾いてない、近くにいるか……。」


 森の中、猟師は経験から獲物の種類を特定する。経験とは言っても、それらは学問にほど近い。森の状況や、足跡をたどる技術。それが猟師の目だ。


「ティンダロス、ここらへんの匂いを探ってくれ。一番新しいやつだ。」


 対して猟犬とは猟師の鼻である。


「その必要はない……。」


 彼はそう言うと持っていたナイフを投げた。


 遠くで、鹿の悲鳴が木霊する。


 彼は獲物を見つけ殺したのだ。


 元暗殺者である彼は、互換が非常に優れている。猟師ですらも聞き逃すほど微かな枯れ草を踏む音を聞き分け、位置を察知し音を頼りに獲物の体制までも感知した。そして、投げたナイフは鹿の首筋、頚動脈に深々と刺さりそれを絶命させたのである。


「はっはー! お見事! お前にはそいつをやろう、手間賃だ。あと何匹か狩らないといけないガンガン行くぜ!」


 ふたりの狩りは夕暮れどきまで続いたのであった。


 最後の獲物を仕留めたとき、猟師は彼に近づいて言った。


「なぁ、カロン。やっぱりお前狩人になれよ。何倍も稼げるぜ。」


 そう、彼の名はカロンだ。

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