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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第三章 黎明
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第二十四話:タナトス

 はるか天空、雲海のさらにその上まで伸びる高い塔。そんなものがそびえ立つ城は巨大にして広大。それは、魔術的補強によって初めて実現する、バビロンの塔。たとえ千年先であろうろと、世界の再配置とともに生まれたこの城を再現することはできないだろう。


 巨大な城は、それゆえに遥か遠方からもそれを臨むことができる。故に、魔物の国に居住する全ての魔族はそれを王の城であると理解した。


 世界の改変、それによって最も数を減らした職業。それは、兵士である。当たり前だ、戦域がひどく狭くなっている。なら、そこに詰め込むだけ兵士を詰め込んだとしても限界はあっという間に訪れる、故に、さほど多くは必要ない。多くへの兵は世界の改変とともに職業までも改変され、代わりに職工やあるいは農業従事者へと変わっている。結果、生産力として機能する人口は増加し、やがて物も、人も溢れ出す。溢れた人や物は、嗜好品や芸術へと変わっていく。音楽、劇、絵画や、あるいは建築にも無駄な時間をかけられるようになるのだ。即ち、溢れた物はやがて幸福へと変換されるのである。結果、魔王の城、ゼアルの居城の周辺は大いに賑わっている。魔族たちが、幾多の家を打ち建て、互いにその芸術性を競い合う。


 そのさまは、改変される前の世界であればまるで祭りである。そんな騒ぎが、連日連夜である。それを眺めて、ゼアルは嬉しそうに目を細める。否、肉があればそうだったのであろうが、あいにくと魔族の王は肉を持たぬ黄泉の王。故に、そうであろうという憶測しか立てられない。だが、事実ゼアルは、それがひどく嬉しかったのだ。


「魔王様、今月の税収です。」


 城下の魔族たちは時折税収と言って芸術品や嗜好品。金品に、農作物を置いていく。


「税を納めろと言った覚えはないのだが。」


 ゼアルは、税収に関しての記憶を与えていない。そして、それに関して改変後言及もしていないのである。


「いや、しばらく納めてなかったし良くしてもらってるのに魔王様に悪いと思いまして。余った分です、どうぞ持ってってください!」


 魔族は受け取ってもらえないと思うやいなや、余り物であるといって押し付けようとする。だが、それはむしろ一級品のたぐいである。税収として魔族たちが収めるのは、いつも傑作と呼べるものばかりである。強制していないにも関わらず、それを収めるということは即ち忠誠である。魔物の国は非常に民忠が高いのである。


「受け取ってはいかがでしょう。この者も、魔王様を慕って税を納めているのです。」


 元はリザードマンだが世界再編の折に翼を得て龍へと昇華した牝竜、エキドナはそれを受け取ることを推奨する。それもそうであろう、彼女もまた魔王ゼアルを慕う一人である。それが故に、慕う気持ちというものはよくわかるのだ。


「私も、それがいいかと存じます。ご覧下さい、これほどまでに素晴らしいのですから。」


 それはダモクレスも同じことだった。彼の場合、慕ってきた時間の長さが違うだけであり、彼もまたゼアルを慕っている。ただし、魔王としてではなく、千年の王として。


「そうだな、受け取ろう。」


 ゼアルは決して折れたわけではない。受け取るのもやぶさかではないと考えていた。ただ、何故納めるのかその理由が知りたかっただけなのだ。税を納めに来た魔族の言葉を聴けばそんなことは簡単にわかる。ゆえに、ある種の予定調和である。


「ありがとうございます! 来月もいいのができたら持ってきますね!」


 税率はきわめて低いといえよう。だが、自主的に持ってくる分だけで十分一財産を築ける。薄利多売ならる薄税多民であると言えよう、そして民に活力があるということは、更なる生産力の躍進を招く。後に十分を超えた十全となるだろう。


「礼を言うのはこちらであろう。そなたの励み、無駄にはすまい。」


 魔族はこれでもかという笑顔を浮かべながら魔王城を出ていくのであった。


 魔王の城とは、魔族の住まう王都の象徴ですらある。その周辺は城下にして王都、そこが荒廃している魔族の国など恐るるに足らずである。以下に、個の力が人間に比べ優れる魔族であれ、腹が減っては戦はできぬのである。故に、善政を敷くことにしたのである。


 だが、謁見は続く。したわれるがゆえに、謁見の希望者は後を絶たない。魔族とは種族が多く、よって部族の数も多い。改変後、すべての部族が魔王の国に統合されている。だが、その部族のほとんどが自分がその王国に受け入れられた後、国王に挨拶をした記憶がないのだ。ゼアルの無知な部分である。タナトス王国とは多種族国家であるが、単一民族国家であった。つまり、ゼアルは他の民族を受け入れた経験がひどく浅いのである。


「魔王様、我々ダークエルフ族でございます。魔王さまの王国へ、タナトスへ受け入れてもらった以降一度も挨拶に伺っておりませんでした。申し訳ございません、この比例は我が命にてお許しいただけるよう乞い願う事、そしてお手を煩わせ更なる非礼を重ねることどうかお許し下さい。」


 ゆえにこうなる。ダークエルフ族とはその由来が不明な種族の一つである。改変前の世界にも見られた種族であるが、精霊と、人間と、魔族、その三つが混ざり合った特性を持つ。


 近親種として、ダークエルフの祖とされるエルフ族が存在する。これもまた、精霊と、人間の特性を併せ持つ不思議な種族である。そもそも、精霊と人の間には決して子が生まれない。精霊とは、地脈から生まれるもの。ゆえに、生殖能力を持たないのである。


 ゼアルは、無言のまま小さな魔法の弾を放った。それはダークエルフ族を名乗った女が涙を流しながら自らの首筋に剣を突き立てるからである。卓越したゼアルの技量で放たれた魔法弾は、死を恐れ震えるダークエルフの手から剣を奪い取りそれを飛ばして、玉座の間の床に転がしたのである。


「お前に罪はない。ゆえに、侘びとしてお前の命を欲することもない。」


 ゼアルは、威厳を保ちつつも優しげな声で語りかけた。そもそも、罪があるとすればゼアルである。他種族を受け入れるということに対し、非常に無知だったのだ。それが原因だ。


「お許しくださるのですか?」


 ダークエルフは、慈悲を乞うような瞳をゼアルに向けた。


「許すのではない、もとより罪ではないと言っているのだ。なおも償いたいと思うのであれば、そなたの命にかけて己が友と平和に生きよ。それが、我が一番の望みである。」


 ゼアルの声は優しかった。勘違いされがちなのだ、ゼアルはそもそも優しい王である。敵には非常だが、自らの友、家臣、国民に至るまで全てを守る甘い王である。だが、ゼアルにはそれを成し遂げる力がある。よって、理想を現実にするのである。


「なんと自費深きお方……。感服いたしました、これよりダークエルフ族いっそうの忠義を尽くします。」


 ダークエルフは涙すら浮かべていた。魔族であれば当たり前なのだ。挨拶に顔を見せない民族など根絶やしにされても文句は言えない。遅れただけでも、てひどく扱われる。なのにもかかわらず、咎められることもなく許されるのであるとすれば、自費の王と思われるのである。現にダークエルフはそう思った。この優しい王を支えたいとすら思った。


「それより、気になるのだ。ダークエルフとは、どんな種であるか教えてはくれまいか?」


 ダークエルフの生体は未だ解明されていない。エルフですらそうなのだ。ゼアルはこれに興味を持った。かつてシャマルと共に魔法を研究した時の好奇心、その再燃である。


「はっ! 我らは昏い森の民、自然と大地と、炎の子でございます。精霊にほど近く、されど人にも似て、そして、魔族の一つでもございます。」


 ゼアルが知る以上の情報はそこにはなかった。そして、それだけ複雑な生物などほかに知らなかったのだ。だから、実際に何の手がかりもないのである。


「少し、調べさせてもらっても構わないか?」


 ゼアルは、この世の魔法。その全てを知っている。その気になれば、できないことなどほとんどないのである。だからこそ、このダークエルフの肉体を魔法を使って調べようと思った。


「存分に、我が君。」


 そう言うと、ダークエルフは調べるためには必要だと思ったのだろうか、服を脱ごうとする。だが、それをゼアルは静止した。


「そのままで良い、魔法をかけるだけだ。」


 そう言いながらゼアルは近づき、ダークエルフに手のひらを向けるとひとつの魔法を発動させた。<メティス>神智の魔法である。その魔法は、望めば、のぞみの情報を引き出してくれる。ほぼ万能の魔法である。ゆえに、消費が激しく使えるものは少ない。要求される、演算能力や、魔法制御能力もまた凄まじいものがある。


 それを、魂の一欠片しか残ってないゼアルはいとも容易く行ってみせたのだ。本来であれば魔族でも魔法にのみ特化した者が何日も準備して使える魔法を。


「嘘……。」


 ダークエルフは驚愕した。ダークエルフとは魔法を得意とする魔族の中でも上位の種族である。だからこそ信じられなかったのだ。何の準備もなく、無造作に<メティス>を使う魔術師の存在を。


「よくわかった。協力に感謝する。」


 調べたのはこの種族の成り立ちである。この種族の祖であるエルフが暮らしていたのはシャマルがフィロスフィアを投げ込んだ湖を貫く川の下流だ。強い生命の息吹によって力を増した地脈はそこに住む人間に影響を与え半精霊化したのだ。その結果生まれたのがエルフである。


 そして、それが魔族と愛し合い、その間に生まれた子供がダークエルフとなった。人と、精霊と、魔族、その全てが混ざり合った結晶であるとも言えるだろう。ゼアルはそれを素晴らしいとすら思ったのだった。

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