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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第三章 黎明
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第二十三話:始まりの勇者

 勇者、ラディナ・オネイロスは辺りを見回した。世界を構成するすべてが劇的な変化を興したのは明らかだった。だからこそ、まずは自分の状況や周囲の状況を確認せねばならないのである。よって当然の行為だ。


 目の前には玉座、足元には淡く光を放つ魔法陣。玉座に座るのは、かつて仕えた国王の面影を僅かに帯びる人物。アフロディーテによく似た優しい瞳、だけどそこか臆病そうで、国王を名乗るには少し頼りないかもしれない。だけど、それはアルデハイド家の特徴なのかもしれない。ラディナはかつてアレスから聞いたことがある、アフロディーテもかつては臆病な王だったと。ならば、この王もまたアフロディーテのような優しい王になる可能性を持つ。だから、ラディナは期待せずにはいられなかった。なにせ、目の前にいるのはアフロディーテの親戚ミノス・ボレアスであると知っていたから。


「成功か? 成功したのだ!」


 玉座の男、ミノス・ボレアスは恐る恐る呟き、そして確信を経て声を叫びへと変える。


「勇者様でございましょうか?」


 国王より程近く、玉座が置かれた段の下に立ち、祈るような目をした魔術師風の男が尋ねる。この男

は、ゼアルが作った記憶の中で魔法陣を書き、そして最後に詠唱を行った男である。故に、誰よりも勇者召喚の成否に強い関心を寄せているのだ。責任からである。


「勇者、それが意味するところは僕にはわからない。代わりに名乗らせてもらおう、僕はラディナ。剣の扱いが得意な、元騎士だ。」


 ラディナは守るべき国も、仕えるべき王も失った。だが、思った。この王になたら仕えてみるのも悪くないかもしれない。何れアフロディーテと同じ夢を抱き、この男のやり方でその夢に至ることができるかも知れない。なにせ、どう見てもこの国はアルデハイドよりずっと巨大で、そして平和なのだから。


「いきなりの無礼な質問、我が配下が失礼をした。我が名はミノス。ミノス・ボレアス。人間の国、アルデハイドの王である。よければ勇者について、少し語らせてもらいたい。構わないだろうか。」


 ミノスは内心では恐る恐る、だが、敵対する可能性のある未知の存在である勇者に対しては威厳を保たねばならない。心の底に眠れる、牙を失った獅子に、代わりに爪を向かせ、自らの獰猛さを引きずり出して、それを御した。それは、対外的には威厳となって世界に発露される。武人であろうと、魔物であろうと、決して醸し出すことの出来ない類の強烈な威厳。王の、王たる雰囲気、王威である。


「是非ともお聞かせ願いたく、ミノス陛下。」


 実はほんの少しだけラディナは国王に向けて殺気を漏らしたのだ。そこで縮こまるようではこの王は何れ愚かな王として糾弾されるだろう。だから、忠告するつもりであった。一目見て、懐かしさを感じたこの王を失わないために。だが、跳ね除けられたのだ。そして眠れる獅子を起こし王威を示してみせたのだ。文句なしの賢王の素質である。


「時間を取らせてすまない。まず勇者というのは、勇敢なる戦士であり、女神の祝福を受けるとされている。そして、魔王を打倒し、この世界に真なる平和をもたらすと言われている。だが、儂はそんなものは勇者であると思えない。ただ、打倒するだけなのであれば勇者でなくても構わないではないか……。儂は、勇者は魔王と語らい合うものであると思っている。」


 そして、ミノスは聡明でもあった。この世界で、これだけ魔王に悪意を集約させた世界でミノスだけはそれに騙されなかった。いや、騙されてはいた。だが、魔王を打倒した後に訪れる平和だけでなく、次なる魔王が現れて報復に合う可能性すら視野に入れていたのだ。魔王とは魔族の王である、民に愛される王であるのなら、それが殺されたとき民は怒り狂うだろう。そして、賢しい王を祭り上げ、即座に報復に出る可能性すらありえる。そんなものを、警戒し続ける平和など平和とは呼べないと、そこまで考えていた。


「しかし、陛下。魔王めは……!」


 取り乱し反論しようとす魔術師を国王は手で制した。そして優しげな声で、魔術師に問いかける。


「もしもじゃ、わしが魔族の神、オケアノスを殺したとしたのならば。」


 しかし、魔術師は反論した。なんの根拠も持ち得ぬまま。


「陛下が、そんなことをするはずがありません。あったとしたら、やむ無い事情があるはず。」


 ミノスはそれを聞いて安心したように穏やかな笑みをうかべる。


「儂に、力があり、そしてやむ無い事情があればするのだ。儂は臆病者だ、だがの、最も怖いのは民を全て失うことだ。オケアノスがそのような手に出れば力なくとも立ち向かうだろう。魔王にも、そういった理屈があったとすれば詫びるべきは女神である。この時に、女神と同じ名を持つ勇者が現れたのはなにかの運命なのやも知れぬ。」


 ミノスは打ち倒すべき敵ではなく、それが敵になった理由を見ようとする。だからあるいは、魔王と勇者、その舞台装置を作り上げ無限に近い時の中で争い続ける世界を作らなくて済むかも知れない。ゼアルは、その点がとても心配でもありとても期待していた点でもある。だが、王一人にそれを任せるのは酷であると言えるものである。でも、だからこそこの王を人間の王に据えたのである。


「国王陛下、わかりました。僕は魔王を見つけ話をするために旅に出ましょう。なれど一つ、僕はただのラディナです。女神でも何でもありません、だからあくまで人として魔王と話をしてきます。」


 それは、ラディナという名を持つ勇者から放たれることによって様々な憶測を国王に植え付けた。ラディナが女神の化身であるという可能性、それを人は望む故に捨てきれない。だからこそこういう可能性すら考えられるのだ。『ラディナは、地上に降りた女神の化身であり、人として魔王との対話を望んでいる。』と。


「ラディナ様がおっしゃるのであれば、納得致しましょう。」


 故に魔術師も一切の反論を許されない。目の前の勇者は、あるいは女神かも知れない。いや、そうであることをこの魔術師も望んでいたからである。


「では勇者ラディナ。さしあたって、必要なものを教えてくれ。可能な限り揃えよう。」


 ミノスは言った。勇者として扱われることを願っているとしても、死地へ赴く勇者に何も手向けることができないのは王の、いや、人としての誇りが許さなかったのだ。


「何も必要ありません。僕にはこの剣があればそれだけでいい。」


 ラディナの腰には最強の剣がある。強い魔法と、失われたミスリルで鍛え上げられた伝説にも劣らない剣。魔王によって作られたそれは、しかし確かに破邪の聖剣である。


「ならば馬はどうか? 長旅をするのだ、必ず役に立つ。」


 だが、国王は譲らない。それは、誇りだ。死地へ旅立たせるのに、何も持たせぬではならないのだ。


「それは……確かに、ありがたく頂戴いたします。」


 ラディナは一瞬の逡巡の中、役に立つという判断を下した。だが、貸すのでは駄目だ。ラディナは、ゼアルに馬を返せなかった。もう二度と約束を破りたくなかった。


「最高の馬を与えよう。厩舎に案内させる、最もいい馬をさずけよう。」


 だが、最高の馬であるのならできれば返しに来ようと心の中で誓を立てる。それが守れたのなら次は借りてもいいかも知れない。必ず、返しに来れるのなら借り受けてもいいかも知れない。ラディナはそんなことを考えていた。


――――――――


 厩舎には様々な馬がいた。白馬や鹿毛、栗毛、色とりどりであるが全てよく訓練されている上に、人懐っこい。体つきもよく、体力があるのは一目瞭然だ。


「おぉ、話は聞いてますよ。あなたが勇者様だな。しっかし、女神様そっくりだぜ。」


 気はいいが、少しばかり馴れ馴れしすぎる男。だが、その豪胆さが故に動物には好かれるのだろう。厩舎を歩けば、新愛の証とばかりに男は通りがけに顔を舐められる。それもその筈、この男は厩舎の主であり、動物の調教師である。


「やめてくれ、僕は女神じゃない。ところで、馬をもらえるという話だったと思うが?」


 女神様と呼ばれるのはラディナにとって気恥ずかしい、だからやめてくれと苦笑いで返すのだ。だが、男に悪意がないのは簡単に見抜ける。だから、決して声を荒らげたりはしない


「いや、すみません。そっくりでね。家には、最高の馬しかいないが一番というとあいつだな。ソレル!」


 大声で馬の名前を呼んで指笛を鳴らすとどこからともなく馬の足音が聞こえる。そして、次に姿が現れた。


 幻想、あるいは精霊。そんな雰囲気を馬の形に押し込めた素晴らしく美しい馬だった。純白の体毛は微かに光を帯び、白銀の光を放つ角を持つ馬である。


「ソレルをどこへやった!? って、お前ソレルじゃねーか。どうしたんだ? その角!」


 厩舎の主は少し変わってしまったその馬が、ソレルであると一瞬はわからなかった。だが、それは一瞬だけだ。即座にその馬がソレルであると気づいた。


「こいつは、ソレル。この厩舎で一番賢いんです。だが、どうにもなついてくれなくてね。だけど仕事させれば一番。心配無用!」


 そう言って、厩舎の主はソレルの頭を撫でた。すると、ソレルは厩舎の主に器用に軽く膝蹴りを入れた。まるで、触るなと言っているようだ。


「角が生えているが。それは本当に馬か? いや、別に馬でなくても構わないけど強い力を感じるな。」


 ラディナが言うと、ソレルの膝蹴りで転んだ厩舎の主が急に起き上がっていった。


「昨日までは生えてなかったんでわかりませんけどね。こいつはソレル。それだけは保証します。」


 そう言いながら豪快に笑う。まるで細かいことは気にするなと言いたげに豪快に笑ってみせた。すると今度は、気にしろよとでも言いたげにソレルは顎で厩舎の主の頭を小突いた。まるで漫才でも見ているかのようで、ラディナは少し笑ってしまった。


 そして、その後、ソレルは少しだけ前に出てラディナを見つめた。最初は何かを探るような、強い瞳で。だけど次第にそれは、信頼を込めたものへと変わっていく。


「おぉ、さすがは勇者様。ソレルに気に入られたのはあんたが初めてだ!」


 そう言いながら、厩舎の主はラディナに轡を渡した。


「長い旅になる、ソレル、よろしく頼むよ。」


 ラディナが轡を受け取って、それを引っ張らないように弛ませたまま近づいて撫でると、ソレルはラディナの顔をペロリと舐めた。


「おったまげ、ソレルが本気でなついてやがる。女が良かったのか……?」


 厩舎の主はそれを見てブツブツとつぶやいていた。


 こうして、勇者ラディナにはソレルが与えられともに旅をすることになったのである。

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