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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第二章:傷跡
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筆休め二:今は遥か遠い幻想郷

 時は遡り、まだラディナが国内最強の騎士ではなく、またカロンはまだ騎士ですらなかった。二人の出会いは、戦場だった。合戦のさなか、若いながらも騎士団の分団長を任される存在、ラディナ・オネイロスは間違いなく戦場では珠玉の華だった。その戦場にてラディナは第三騎士団右翼の陣営を率い戦った。故にカロンはこう考えたのだ(コイツが死ねば、右翼はボロボロになる)と。当然の判断である、華とカリスマ、統率力を持った指揮官は軍隊の大きな強みだ。だが、その大きさが故にそれを失えば全ては瓦解するだろう。だからこそ、カロンはこの時彼女を狙ったのだ。


 カロンは、暗殺者として最高の技術を持つ。昼だろうと、夜だろうと、彼が全力で隠れたのなら、彼を見つけられる人間はそう多くないだろう。故に、あと半歩、足を伸ばせば手が届く。そんな位置まで接近して半歩分の助走をつけた渾身の一撃を放った。


 ヒュン、と空を切る音だけがだまする。カロンが手に持ったダガーは標的をラディナを殺すことなく空を掠めたのだ。


 次に、鋭い金属音が鳴り響いた。カロンには何が起こったのか、それを認識する暇すらなかった。だが、大地にダガーが突き立つ様と空っぽになった我が手を見て何が起きたのかやっとわかったのだ。武器を奪われた、というよりは弾き飛ばされたの方が正しいだろう。だが、カロンは確実に目の前の標的を、ラディナを殺す術を失ったのだ。


「いい腕だ、あとほんの少し君が早ければ僕は死んでいた。」


 剣を突きつけながらも、ラディナはそう言って笑う。ラディナの首筋にはうっすらと赤い線が走り、僅かに血を滴らせている。


「負けた……褒められても……嬉しくない……。」


 カロンは言った。当時の彼は若干十二歳、十五になり成人したラディナに比べると背丈も僅かに小さい。


「そうか? 僕は初めて傷を負ったというのに、君が喜んでくれないと僕の恥になるぞ。」


 ラディナはすねたふりをしてみせた。戦場で自分を殺そうとした相手に向けるにはふさわしくない、そんな、ごくありふれた女の子の拗ねた様子である。


「なぁ、君。僕たちの騎士団に入らないか?」


 ラディナはいつまでも考えを改めないカロンにしびれを切らし、唐突にそう切り出した。青田刈り、そう、まだカロンは敵国の人間、それどころか自分を殺しに来た暗殺者だというのにラディナは勧誘をしたのだ。


「俺は敵だ……。」


 カロンはラディナを睨みつけた。だが、ラディナは動じない。それどころか……。


「まぁまぁ、そう言わずに。僕の国はいいところだ、きっと君も気に入るさ。」


 などと言いながら、平然とカロンの両手を縛り上げ、陣の中の杭に繋いだのだった。敗れた人間の末路は二つに一つ、捕虜になるか、あるいは殺されるかである。故に、それは正しい行動である、カロンはそれに抗議する権限を持っていない。


「君が、騎士団に入るならその縄はすぐに解く。そうじゃないなら、まずは敵をやめてもらうことにするよ。」


 何かを言ってやりたいが、何を言っても聞かないだろう。カロンは半ば諦めの境地のまま、繋がれた手が辛くないようにして座り込んだのだった。


 それから三時間の後、カロンが所属する国はアルデハイドとの戦争に敗れた。そして、生き残った全ての人間はアルデハイドの国民として元国王である伯爵の収める元王国領に居住するのであった。そう、ほとんど何も変わっていないのだ。それどころか、戦死とされていた者ですらその多くが適切な治療を施され、帰ってきたのだった。


――――――――――――――――――


 翌日のことである。伯爵領の領民として自分の生家に戻っていたカロンのもとへ二人の騎士が訪れる。一人は、カロンが知った顔、ラディナである。もうひとりは槌を持った大男であった。


「よ、ラディナが欲しがったのはお前さんか。ひょろいじゃないか……。」


 無礼にも見慣れぬ槌の男はそう言って笑う。


「強さはガタイじゃないと何度も言ってるじゃないか。全く、これだから団長は……。」


 対しラディナはその男に対して呆れたかのような物言いをしている。だが、二人共笑って、なんだか楽しそうで。カロンには少し、羨ましく思えた。


「言っただろ? まずは敵をやめてもらうって。改めて聞く、騎士になる気はないか?」


 ラディナはそう言って手を差し伸べた。カロンはただ、呆気にとられた。一方的に押し付けた約束を守ったと言わんばかりで、少し腹が立った。


「ちょっと待て、奴さんまだ状況を飲み込めてないみたいだ。こういう時は自己紹介って相場が決まってやがる。」


 まるで、それが原因で自分が呆然としていると思われたように思えて、カロンは内心呆れた。カロンがもう少し雄弁な男であったなら、カロンは口を挟んだだろう。だが、カロンは寡黙な男。故に、反論の機会を逃してしまう。


「あぁ、そうか、そうだった。僕はラディナ、この国の第三騎士団の今は副団長をしている。」


 ラディナは平然と自己紹介をしてこれでよしとでも思っているのだろう。したりと言った顔だ。


「今はってなんだよ、まぁ、確かに次期団長はお前だがな。で、俺が絶賛下克上されそうな団長様で名前はアレス。大槌の巨人アレスだ!」


 確かに、アレスは巨人といっても差し支えない程の大男だ。身長は二メートルにほど近い。だからといって巨人を自称するのはどうかと、カロンは思った。


「それで、自己紹介も終わったところで改めて本題だ。僕は、君が気に入った、だから騎士になれ! 一緒に戦場を駆けよう!」


 屈託のない笑みとはこのことである、と言いたくなる様な笑顔でラディナはいい放つ。


「断る……。」


 だが、カロンの答えなど決まっているようなものだ。先日、祖国を滅ぼしておいてどの面下げてと怒鳴りたくなるほどである。


「な、なぜだ!?」


 ラディナは問うが、カロンは当然だろと答えたいほどである。


「まぁ待て、すぐに答えが出る話でもない。それに、コイツの祖国は俺たちが滅ぼしたんだ、恨みも残るさ。また、日を改めよう。」


 アレスと名乗った男はそう言って帰るようにラディナに促す。カロンとしてはありがたい限りであるが、願わくば二度と来ないように言い含めて欲しいとすら思っていた。


「あぁ、ひとつ忠告だ。ラディナはしつこいぞ、欲しいものは絶対に手に入れる。」


 アレスは帰り際にカロンを絶望の淵に叩き落として、去っていったのだった。


 来る日も、また、その次の日も、毎日欠かさずラディナはカロンの家を訪れた。そのうち、カロンはあいつはいつ来るのかとすら考えるようになっていた。


 近くを、警備の名目で徘徊する第三騎士団の騎士たちも誰も嫌な人間はいなかった。それどころか気さくで優しく、困っていれば簡単に手を貸してくれる、そんな人間ばかりだった。


 ラディナが来るのはいつも決まって昼近くだ。いつも決まって、肉や野菜を持ってくる。そのせいで、暗殺者の仕事を失ったカロンは食いつないでいくことができたのだ。


 カロンが、第三騎士団への入団を決めたのはラディナが来るようになって一ヶ月が経った頃の話であった。


―――――――――――


 いつもと変わらない、昼過ぎにラディナは肉や野菜をもってカロンの家を訪れる。


「おい、カロン。いるんだろ? 食事にしよう!」


 戸を叩くラディナは大声で親しい友人を呼ぶように声をかける。


「今日も来たのか……。」


 内心では、カロンは少しばかり安心していた。もう、日課になってしまったのだ。最近は、ラディナは騎士になれとかそういう話すらしていない。ただ、友人と食事をしに訪れているだけ、そんな雰囲気を醸し出していた。


「まぁいいじゃないか。もし、負担に思うなら戸を開けないだろ?」


 図星だった。本当に嫌なら、ラディナの声を聞いて戸に閂をする、そうすればいい。なのに、カロンは自ら扉を開けているのだ。


「次からはそうしよう……。」


 そんなつもりもないくせに、カロンはわざと憎まれ口を叩く。そんなやりとりだって一ヶ月も続けば安心感を与えてくれるようになるものだ。


「そうそう、そうそう夕方から騎士団で武術大会があるんだ。僕も出るぞ、見に来ないか?」


 久しぶりだった、久しぶりにラディナの騎士の話をカロンは聞いた。


「悪くない……。」


 内心、楽しみに思いながらカロンは言った。本当は心の奥では、カロンはラディナを応援していたのだ。


「聞いたぞ! なんならお前も出てみるか!?」


 花が咲いたような笑顔。それはこのことだろう。そんな笑顔を向けられた。


――――――――――


 ラディナが話したとおり午後からは武術大会が行なわれた。カロンは半ば強引に参加させられたのだった。


 今は夕方、武術大会も残すは準決勝と決勝のみだった。奇しくも、カロンの相手はアレスだった。アレスは、普段使っている巨大な鉄槌に比べれば一回り小さくそして、殺傷能力も低い巨大な木槌を使っている。とはいえ、一撃もらえば、適切な処置なく生き残ることはできない。だが、武術大会には、観戦の特等席を取るために医療班の役割を担う魔術師がいるのだ。問題にはならないのだ。とはいえ、できれば受けたくないと思いながらカロンは木製のダガーを構えた。


「始め!」


 掛け声とともに戦いの火蓋は切って落とされた。


 開幕、走り寄って同時に横薙ぎに振られる槌を後ろに飛び退いて躱し、同時に気配を絶った。カロンは隠れたのだ。本来、暗殺者である彼の戦い方はそういったもの、隠れ、やり過ごし機を待っての一撃必殺。


「お? すげえ、どこにいるかわかんねぇ!」


 手応えから買わされたのを悟ると、アレスは辺りを探した。だが、カロンはどこにもおらずアレスは思わず感嘆の声を漏らす。


 ここ、と思いカロンはアレスの後ろから一瞬の隙を突いて飛びかかる。


 だが、アレスは飛びかかるカロンの武器の持ち手を弾き飛ばす。


 そんなやりとりが十を超えるほどに続いた。だが、結局はその試合は消耗戦となり、体力面で劣るカロンは、飛びかかる際に足がもつれ甘くなったその一撃を上手くいなされて負けたのであった。


 続く決勝戦。勝ち上がってきたのはラディナだった。そして、対するはカロンに勝利したアレス。簡易的な武術大会であるためラディナは連戦だ。逆にアレスは、ラディナが戦っている間休むことができた。


「負けたのは、疲れてたからだってのはなしだぜ!」


 アレスは、笑いながら豪語する。


「大丈夫、やっと掴めた気がするんだ。」


 対するラディナはどこまでも真剣に、その瞳を正眼に構えた剣に注いだ。


「始め!」


 掛け声とともに、アレスはカロンと戦った時同様まっすぐ駆け寄り横薙ぎに槌を振るう。それは、ラディナもよく知るアレスの戦い方だった。


 だが、ラディナは避けようとしない。それどころか、その槌が振られるのに合わせて剣を振り抜いたのだった。


 木と木がぶつかり合う乾いた音が鳴り響く。ラディナの木剣は振り抜かれていて、アレスの槌はラディナに当たる前のところで止まっていた。


 パキンと乾いた音がなって、アレスの槌が真っ二つに割れた。いや、断面は割れたというにはあまりに整いすぎている。


「こりゃ勝てねーわ。」


 アレスは笑いながら柄だけになった木槌を放り捨てたのだった。


「ありがとう、先生。やっと掴めたよ。」


 そう言って、ラディナは笑って手を差し出した。


 アレスはそれを掴むと固く握手をしたのだった。

 この日より、ラディナが王国最強の騎士となり第三騎士団団長になったのである。

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