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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第二章:傷跡
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第十九話:始まりの円卓

 太陽の光が斜めに差し込む円卓の間で、その円卓を囲うのは三つの影。一つは、骸骨の王、一つは悪魔の羽を背負った男、そして一つは男装の騎士である。


 その円卓の間には相も変わらず、漆黒の円卓と黄金の玉座が鎮座している。


「ここで話すのは久しぶりだな。」


 骸骨の王、ゼアルは世界が激動の時代を迎えたたった数ヶ月前を思い出して言った。千年を生きる彼にとって数ヶ月など瞬く間の出来事である。それなのに、それはひどく昔のことに思えて、きっと彼にまぶたがあるなら目を細めていただろう。そんな声で、話し出す。


「千年を生きる陛下がたかだか数ヶ月で何をおっしゃいます。」


 そんな事を言っておどけてみせたのはダモクレス。悪魔のようなゼアルの副官である。ダモクレスはゼアルをよく知る男だ、故に彼が実は気さくな男だと知って時折わざと羽目を外すのだ。


「仕方ないさ、この数ヶ月はまさに激動だったといっても過言ではない。きっと百年分の歴史が動いたのだから。」


 そう、言いながら乾いた笑いを浮かべるのは男装の騎士ラディナ・オネイロスである。彼女は至極最もな事を言っている。初めて彼女とゼアルが対面したこの円卓で、話をしてからの数ヶ月間、その数ヶ月、歴史は大きく動いたのだ。栄華を極めたアルデハイド王国は滅亡し、それを滅ぼした元凶であるエイレーネーも今や混乱のさなか。新しい魔族である卑しきゴルダの民、ゴブリンが生み出されたりもした。


 いわば、そのほんの数ヶ月の出来事は歴史の特異点と言えよう。地図を新しく作り替えねばならぬ程に世界の情勢は動き、ただ昔のまま有り続けるのはゼアルの治めるタナトス王国のみになってしまったのだ。


「ははは、色々なことがありすぎてついな……。」


 ゼアルはそう言って笑う。千年を生きる男ですら、その激動にまるで長い時間が流れたかのような錯覚を覚えたのだ。


「さて、本題に入ろう。ラディナよ、お前に頼みがあるのだ。そして、ダモクレス、お前にも改めて頼みたい。」


 ダモクレスはゼアルのその言葉からその、頼みが何であるのかを察した。このタナトスに創られた史上最大の魔法陣の話であると。


「ゼアル、君の頼みなら出来うる限り答えたい。言ってみてくれ。」


 それとは対照的に、ラディナはその頼みの内容をまだ知らない。いや、ダモクレスですらも正確には把握していないのだ。


 ラディナに、言われるがままにゼアルはポツリポツリと話し始める。


「今この王国は一つの巨大な魔法陣となっている。それは、とある魔法を世界に広げるためのものだ。そして、この魔法で新たな魔法陣をこの世界に描き出す。地脈を、国境を、星辰を、それらを全て再配置し、ひとつの魔法陣を描き出すのだ。」


 馬鹿馬鹿しい理論、これをそう一蹴するのは簡単だ。現にそんな魔法を使えたものはいない。だが、ゼアルは失われた魔法を、人間には到達できない魔法の境界の先を易々と体現する。よって、ありえる、それどころか彼が言うのであればと思うのだ。現に、ラディナもダモクレスも何度もありえないを目の当たりにしてきた。そもそも、今ゼアルがこうしてここにいること自体馬鹿な話だと言ってしまいたくなるのだ。


「そんなことが……いや、君ならあるいはと思えてしまうよ。とんでもない化け物だからな。」


 円卓なんかに居るせいか、ラディナは初めてゼアルに謁見した時の初めの台詞を思い出した。だけど今度は、それをユーモアとして、しかもしっかりとゼアルに向けて言う。その表情も、視線も声も、どこか吹っ切れたような、しっかりと上手な笑顔だった。


「ははは、懐かしいこと言う。」


 ゼアルは、初めてラディナと会った時を思い出した。そして、あの時はそんな失礼な事を言うものだからどう言ってからかってやろうかと考えたものだと感慨にふける。


「確かに懐かしいですね。しかし、陛下はご覧の通りでございます故、不可能はございませんよラディナ嬢。」


 そう言いながら、ダモクレスはラディナを少し小馬鹿にしたような態度を取る。当然それはわざとだった。ある種の信頼によって、可能になる無礼をユーモアとして発揮するものだ。だが、和やかに居られるのはそこまでのことだったのだ。


「閑話休題としよう、あまり時は残されていないだろうからな。」


 その一言に、ダモクレスもラディナも息を飲んだ。本来、円卓を囲う三人の中で最もユーモアを好むゼアルが自らその流れを断ち切る事は非常事態を表しているのだ。それもその筈、ひとつの大戦が終わり、だがこの世界は未だにいくつもの大戦の火種を抱えている。


 一つはエイレーネーの混乱。これが、タナトスを除く第三国に知れればあっという間にエイレーネーは戦火に呑まれる。次に、タナトスである。最も富んだ小国であるタナトスは未だ大国にとっては喉から手が出るほどに欲しい領地である。そして、タナトスが責められる可能性を上げているのはつい先日の大戦で誰も生還していないことである。そこから、列強たる諸外国はこう考えるのだ『タナトスには大勢の捕虜がいる、だから救出しなければ』と。そうでなければ二十万は優に超える軍勢が一人残らず、死体すら残さず消失したことになる。事実はそうであったとしても、現実的にそれはありえないと考えるのが妥当なのだ。だとすれば、捕虜が居ることによる兵糧攻めないし、何らかの不具合をタナトスが抱えていると考えるのが妥当だ。故に、猶予はない。


「すまなかった……。」


 ラディナは軽く謝罪を述べると即座に続きを聞く姿勢に戻る、ダモクレスも同様であった。


「良い、それより続きを話そう。この魔法によって、世界に新たな秩序が訪れるだろう。ラディナよ、お前にその秩序を伝える神の姿を担って貰いたいのだ。何十年か先、お前が命を終えるとき輪廻に戻ることなく、神として君臨して欲しいのだ。」


 それは突飛な話だった。神、それは架空の存在であり決してありえないものの代名詞である。万に一つだろうとそれに成れる可能性はない。神がいるのなら、世界は今より幾分も増しになったかもしれない。だが、誰もが望んだそれが世界に介入することはなく、よって不在が証明されたのだ。魂も、輪廻も、まるでカラクリのようにすべてが定められたとおりに動いている。誰も壊すことができない、絶対の定理であり、誰も管理する必要がない。世界とはそういうものであるというのが一般的な認識だ。


「な……。そんなこと、あり得るのか?」


 だから当然ラディナは驚いたような声を上げる。


「<裁理の円環>を知っているか? 因果の天秤、誰も介入し得ないそこに唯一介入する魔法。」


 誰も壊すことはできない、それは絶対の摂理である。だが、介入する方法は存在しなくもないのだ。途方もない魔力と、消失した魔法と、万象一切を使った巨大な魔法陣を用いれば。だが、そんな事をできる存在はありえないのだ。有り得たとしたら、それこそ魂の限界を自らの力で踏破した者にのみ許される。


 ゼアルは、踏破したのだ。寿命とは、魂の限界を迎える前に世界から魂を救い出すある種の救済。だが、ゼアルは救済を拒絶しその寿命を超えて生き続けた。故に、ゼアルは魂の限界を自らの力で踏破したのである。


「あり得るのか?」


 いくらなんでもありえないと言われる存在ですら、いくらなんでもと言うのがその理論だ。


「例えばでございますがね、魔術師の力とも呼ばれる魔力。それは何によって上がるかご存知ですか?」


 ダモクレスはラディナに問う。その問はこの世界の人間であれば誰でも答えることのできる常識に関する問だった。


「それは、魂が格納している情報量。記憶や、因果、人に向けられる想いなどと聞いている。」


 故に魔法に関して、さほど詳しくはないラディナですら当然その回答を知っている。その性質上、長く生きていれば生きているほど魔力量は多くなる。また、人々の信仰の対象であればその魔力量は格段に跳ね上がる。


「陛下は、千年国王を続けています。いくら小国とは言え千年でございます。」


 千年王を続けるゼアルの存在はいつしか国王と言う矮小な存在を凌駕し、伝説、あるいは神話に近い性質を持った。ある種の生ける神体である。英雄が強大な魔法を時折放つのは、魔力のそう言った性質がゆえである。


「とんでもない魔力量なのはわかった。だけど果たして可能なのだろうか。」


 それも当然の考えだ、力とは魔力であるが、それとは別に魔法を作るには思考や演算も必要になるのだ。


「可能だ、して、受けてくれるか。」


 ラディナは少しの沈黙の後決断を下した。それは、輪廻の円環にすら影響する選択だというのにラディナは思いのほか早く決断を下したものだ。


「わかった、やろう!」


 簡単に決断を下したように見える割には、その声は重く鋭い覚悟を孕んだものだった。ラディナはとうの昔に決断を下していたのだ。だからこそ、これだけ早く答えを出したのだった。


 だが、ゼアルはまだラディナのその役目が自分を殺すことだと伝えられなかった。それはきっとまた、ラディナを追い詰めてしまうとわかっていたから。

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