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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第一章:戦乱の時代
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筆休め:騎士団長の割りと贅沢な人質生活。

盤外なので、本編と作風がガラリと変わります。

番外ではなく、盤外。それは、物語の盤上から漏れた話。

 ラディナは悩んでいた。それは意外と人質の暮らしが暇だからだ。タナトスで剣の相手になってくれる人物など国王ゼアル・タナトスくらいしか居ない。だから、退屈で仕方がないのだ。思えば、金はあった。タナトスへ来る時、ゼアル・タナトスが銀がほしいと言っていたので自分の金を大量の銀に変えて、それを王城に売った。そうしてタナトスの通貨を得たのだが持ってきすぎたと感じるくらいに余っている。だからというわけではないが。ラディナの人質生活はタナトスの街をあっちへぶらぶら、こっちへぶらぶらである。


 ラディナにとって最も不満なのはタナトスは比較的食事を軽視する傾向にあるのだ。確かに、甘味や料理を扱っている店はある。だが、少数な上アルデハイドと比べると幾分か質が劣る。しかし、比べる相手がアルデハイドでは大抵の国は太刀打ち出来ないのだ。にしたってこの国は料理屋が少ないと不満に思いながら今日もまたあっちへこっちへフラフラと歩く。


「お、ラディナちゃん! どう? 陛下には勝てたか!?」


 歩いていると、そんな声を掛けてくる気のいい人間が多い。そしてその殆どが芸術家や鍛冶師、大工などだ。こういうことを言うのは八百屋か魚屋と相場が決まっていると思っていたラディナは最初はびっくりした。


「剣だけなら、なんとかなる事もあるのだがな。魔法を使われたら勝ち目がない……。」


 陛下と呼ばれるのはこの国の王、ゼアル・タナトスである。剣術は一応人間の領域にあると言っていい。大天才と呼ばれたことがあるとは言えラディナが勝ったことがあるのだ。ラディナが人間だから、ゼアルも人間の範疇と言えよう。だが、事魔法に関しては世界の理を逸脱しかけるほどに強い。人間の範疇とは決して言えない人外の魔術師である。見た目も人外なのであるが。


 ゼアル・タナトスの外見について言及しよう。まず、見た目は骸骨である。その骸骨が重装鎧を身にまとうものだからそれはそれは恐ろしい見た目である。夜中に見たら悲鳴を上げる自信がラディナにすらある。


「まぁ、ほら。陛下は最強だから。」


 この国の人間は、ゼアル・タナトスこそ世界最強と信じて疑わない。実際に世界最強であるのだが。にしても、欠片すら疑わない。流石は、千年の王といったところである。


「ハハハ、本当に強すぎて驚いたさ。一人で我が騎士団を壊滅させるんだから。」


 実際それは起きた出来事である。ラディナがタナトスに人質として来た原因でもある。ラディナ率いる第三騎士団はゼアル・タナトスただ一人に敗北したのだ。しかも、手加減すらされていたのだ。おそらく地上最強の生物、どころか地上最強の軍とはゼアル・タナトスを指す言葉だろう。


「ところで、ラディナちゃん。そんな悔しい思いをして憎いあンちくしょうに勝ちたい、そんな貴方におすすめの逸品。ミスリルソードだよ、鉄も簡単に切り裂ける。やすくするけどどうだい?」


 ミスリルとは変質魔法<オルフェウス>によって銀に莫大な魔力を込めた物質である。


「ミスリルだと!? どうやって見つけた?」


 現在はその<オルフェウス>の魔法技術が消失しており作成不可能になったオーパーツの一つである。だが、かつて作られたミスリル自体は残っていることもある。極々少量であり、ダイヤモンドよりも希少ではあるが時折ミスリル片が発掘されることもあるのだ。だがそれらは歴史的遺物として扱われ武器に打ち直されることはめったにない。それどころか、その発掘情報ですらとても重要な情報である。


「陛下が分けてくれたんだ!」


 慌ててそう言う鍛冶屋にラディナは頭を抱えた。あの男なら作りかねないと思ったからだ。そして、実際それは当たっていた。これは、ゼアルの実験過程で生まれたミスリルの塊である。つまりは、歴史的価値のないミスリルであり、この世界において最も貴重な物質である。大体のミスリルには歴史的価値が付与されるためこうして武器にするなど以ての外なのである。だからこそ、貴重なのである。


「ははは、ゼアルならやりそうで恐ろしいよ。」


 ため息混じりに言うラディナに鍛冶屋は空気も読まずに言う。


「そんで! 買うか? 買わないか?」


 そんな鍛冶屋にラディナはより一層深い溜め息をつきながら答えた。


「分かった、買おう……。」


 というのも、ミスリルは鉄に比べ、鋭く丈夫な剣を作るのに向いている。腕のいい研ぎ師が研いだならその鋭さは触れただけで革鎧程度なら切り裂いてしまう。更に、その丈夫さも異常なのだ。鉄の剣とミスリルの剣で打ち合えばミスリルの剣に刃こぼれが生じる前に鉄の剣が砕け散る。更に、技と、目、呼吸、この三種を極めた剣士は鉄の剣を切り裂く。よって、ミスリルの剣とは騎士の憧れである。ちなみに、この時ラディナに武器を売った男こそタナトス一の名匠であり、その剣は文句なしに世界最強の一振りである。


「毎度!」


 そう言われながら代金と剣を交換するとラディナはその剣を腰に差しまだまだタナトスの街をあちらへこちらへと漂うように歩いていく。


 タナトスの街は特徴的だ。王城を中心に四方八方に向け放射状に広がる。結果円形の都市となっている。そして、火災など要因で損壊する危険性のある職場は街の比較的外側に、逆にそういうものが少ない建物は内側にある。


 例を挙げるとすれば先程のような鍛冶屋は、炉の火が火災を起こすことなどが考えられる。よって外周部に建設される。逆に、仕立て屋などは中で行うのが縫合、縫製、あるいは織物も製造されるかもしれない。だが、それらに危険性は存在しないため比較的王城に近い場所にも建設される。そしてこれらは、店を構える本人たちが自主的に行っていることであるのがこの国の特色といえるだろう。


 行く宛もなくさまようように歩いてたラディナはいつもの癖から王城に向けて歩いていく。それもそのはず、ラディナがタナトスに来て以来最も訪れる回数が多かったのが王城である。よって自然と足は王城に向かって行く癖がついている。つまりは仕立て屋や美術展などが立ち並ぶタナトスの中心地に来ていたのである。


 歩いていくうちに、一件の仕立て屋がラディナの目に留まる。女性向けの服屋であり、展示されているものは気品と優雅さを醸し出すドレスから、女性らしさと機能性の両立を追求する作業着まで様々なものだ。中には少女に向けた可愛らしいものもある。ラディナは思わずそのショー・ウィンドウをしばらく眺めていた。ラディナは、騎士とは言え年頃の娘である。ときには着飾ってみたいという好奇心すらある。すると不意に直ぐ側で扉がカランカランと音を立てて開く。


「ありがとうございました。 またお越しください!」


 明朗快活な女性の声。それはこの店の女主人のものである。仕立ての良い、絹のドレスに身を包んだ女性であるが幾分が童顔であり、まるで少女のような印象を受ける。だが、有名な仕立て屋であり、素材に関する知識量であればタナトスでもトップクラスである。


「あら、貴方、最近来た子でしょ? いつも男物の服ばっかり来てるからうちには来てくれないと思ってた。せっかく可愛いのに、勿体無いなって思ってたんだよ? はいって!」


 この女主人は、二つ名に”ウツボ”というのがある。それは、一度睨んだ客を必ず店の中に引き込むが故である。更に言うと、この店主下半身が蛇。要するにラミアである、だからよりウツボに似ているせいでそのあだ名が付いた。そんなウツボに捕まったラディナは手を引かれ半ば強制的に店に引きずり込まれていく。好奇心はあっても、自分には似合わないと諦めてしまうラディナにはちょうどいい店だったのかもしれない。


「えっと、その……店主?」


 ラディナは慌てながらも微力な抗議を続ける。


「何よ、そんなに待ち遠しい? 私がしっかり見立ててあげるからちょっとまってなさい!」


 そして、その微力の抗議も曲解され、店主の都合のいいように取られてしまうのだ。


 ともあれ、店主は、女性のこと、洋服のことに関してはどこまでも真剣である。可愛い女の子が可愛い服を着ないなど悪魔の所業とはこの店主の言葉である。そして、彼女は若干の同性愛傾向を有している。要するに、彼女は”可愛い子が可愛い服着てたらくらっときちゃうかも”と豪語しているのである。故にどこまでも真面目で、ああでもないこうでもないと言いながら幾つかの服を見ている。


「て、店主……僕には似合わないと思うのだが……。」


 ラディナは顔をも真っ赤にしながら消え入るような羞恥の悲鳴を上げる。


「何いってんの!? 鏡見たことある? あんたみたいに可愛い子そうそう居るもんじゃないって。」


 そう言いながらも真剣な眼差しで店内を物色し幾つかのドレスや普段着を持ってきた。どれもこれもが可愛らしい、女性的な意匠の凝った作品である。


「それじゃ試着室にご案内!」


 そう言いながら、ラディナはまたしても店主に引きずり込まれる。最も今度引きずり込まれた先は巨大な鏡の貼ってある試着室である。


「てててて、店主! 何故貴方まで一緒に入るのだ!?」


 もはやラディナの顔はリンゴやトマトと区別するのが難しいほどに赤かった。


「え? そりゃ、一人じゃ着なそうだし。無理やり着せるため?」


 ラディナの脳内に世界の終焉を告げる天使たちのラッパの音が鳴り響いた。


「はい! 邪魔な鎧は脱ぎ脱ぎしちゃいましょうね~!」


 驚くべき手際でラディナの鎧を剥がしていく店主。これは着る時、慣れているラディナですらとても手こずるものである。それをいともたやすく、しかも数秒ですべて脱がしてしまったのである。


「ありゃ……脱がせすぎたかな……。」


 そして、数秒後には一糸まとわぬラディナが鏡に映し出される。


「下着まで剥ぐことは無いじゃないか!!」


 ラディナは必死に抗議した。だが、この店主の前ではそんなのは無駄である。


「ま、いいじゃん! 下着はサービス持ってけ泥棒! ということで早速試着しちゃいましょうね。」


 そう言いながらどこからともなく下着を取り出す。それも、かなり際どく色っぽいものであると同時にラディナの素材を活かすための可愛らしさを過分に含んでいる。実際この変態が最も力を入れているのは下着のデザインであった。店主曰く命短し、口説き、砕き、太陽をつかめや乙女であるそうだからその肉食っぷりが知れる。更には、この店主は最初からひん剥く気が満々といった所。即ち、定められた運命にアルデハイド最強の騎士ですら抗う事はできなかったのだ。


「な……どこを触っ……んっ……。」


 試着室の外までラディナの色っぽいような、悩ましいような声が漏れ出す。


「ふふふ、貴方のカワイイトコロ。」


 まるで、性的な行為に及んでいるかのようなそんな言い方をする店主。


「や……やめ……。」


 そんな店主を振りほどこうとしても振りほどけないでいるのだ。アルデハイド最強の騎士がである。


 しばらく経った後に、可愛らしいメイクをした薄青色のワンピースに白い上着を羽織ったラディナが鏡に映し出される。


「ふぅ……。いい仕事した! 死んでも悔いはない。」


 店主がそう言うほどにそれは彼女に似合っていたと言っていいだろう。そう、彼女は見違えるほどに可愛らしいと言ってい良い生命体へと変貌を遂げていたのだ。


「これが……僕?」


 男装の麗人の面影はない。そこにいるのは実年齢より幾分か幼く見えるのがなんてんではあるが、可愛らしい少女だった。


「そういえばさ、タナトスには最近来たみたいだけど。素敵な出会いとかあった?」


 店主は訪ねた。店主は、自分の下いい仕事を誰かに見せたいと思っていた。できれば、彼女を想う男に。


「あはは、僕は見ての通りだったからそう言うのは……。」


 ラディナは顔を赤くしたまま少しうつむいた。彼女にとっては、今の自分の状態がとても恥ずかしいのである。これまで、男に混じって生きてきてこんなに女性らしい格好をしたことはなかった。


「じゃあ友達とかは……?」


 そう尋ねられた時、ラディなの頭のなかにはとある男のことが浮かんだ。見た目は恐ろしい、だけど誰よりも優しいゼアルのことである。


「王城に一人……。よく、剣の相手になってくれる男が。」


 うつむきながらもラディナは答えた。


「見せに行ったら? もしかしたら、褒めてくれるかも。」


 脈ありかしらなどと思いながらからかうように店主はラディナに言った。


―――――――――――――――


 それから一時間ほど後のことである。ラディナは王城に居た。そして、一人ぶつぶつとつぶやいている。


「言われるがまま来てしまったけど……馬鹿にされるんじゃないかな……。」


 彼女の心は不安が半分、そして残りの半分は羞恥だった。なれていないのだ仕方ない。


「まさか……。ラディナか?」


 その時、低い男の声がラディナの名を呼んだ。ラディナがよく剣の相手をしてもらっている相手。即ちゼアル・タナトス、この国の国王である。


「あはは、変かな?」


 ラディナは自分に自信を持っていなかった。故に、彼女は乾いた笑い声でそれをごまかした。


「いや、とても良く似合っている。いやしかし、流石といったところか。いや、しかしこれほどとは。」


 ゼアルは驚き、その目線をラディナに釘付けにされているのだ。


「えへへ、そうかな?」


 などと、まるで少女のようにラディナが笑う。


「あぁ、そうだとも!」


 ゼアルはそれがさも当然のことのように断定する。


 魔族の国、タナトスには、種族柄絶世のを付けても表現しきれない美女たちがひしめく。その国の王にそこまで言わせたのは後のラディナに女としての自信を与えたのであった。

更新遅れて申し訳ありません。

これにて一章、全て完結いたしました。

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