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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第一章:戦乱の時代
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第十話:暗影と戦火

 ラディナがタナトスに人質としてわたってから一ヶ月あまりが過ぎた。時刻は午後11時。夜の帳が深く落ちる頃である。


 煌々と焚かれた松明の明かりがその暗幕を切り裂いて、白銀の甲冑を映し出す。ゆらゆらと揺れる光を、ギラギラと反射させるそれにはエイレーネー神聖国が祀る平和の女神エイレーネーのシンボル、青い鳥が描かれている。藍の花から作り出された塗料で描き出されたそれは彼らが言う、平和の女神と裏腹に宵闇に溶けるようにも見える。


 平原を、美しい自然の芝生が生え揃ったその場所を、甲冑のものたちは無遠慮に踏み荒らし隊列を保ったまままっすぐと軍靴を踏み鳴らして行進する。松明の明かりを風がぬるりとなでて不気味に揺らす。松明の隊列は長く、数は万にも及ぶだろう。


 草原を埋める大軍はある一定の場所まで進軍するとそこからは足音を潜めた。アルデハイド王国とエイレーネーの国境を越えた辺りからの話である。万を超える大軍の隠密行動が始まった。


 一時間も立たないうちにその先遣部隊がアルデハイド王国の南門に到着する。見入り版の兵士は二人。鐘を鳴らすため塔に登った兵士が一人。アルデハイド王国第四騎士団兵士たちである。エイレーネーの騎士たちはその門に近づくと門番の耳元でボソリと囁く。


「夜明けは近い」


 それに応えるように門番の兵士は返答する。


「平和の女神を崇めよ」


 合言葉である。


 アルデハイド王国第四騎士団はもともとは、アルデハイド周辺諸国の精鋭部隊を一つにまとめあげた、いわば烏合の衆。しかし、アルデハイド国王の知慧によりほとんど見張りとして配置されることのないものたちである。彼らの活躍の場は主に戦場、だが、タダ飯ぐらいと言われないために働かせろという貴族たちの意見を渋々取り入れて突きに一度門番に立たせる。本来は、他の騎士団と合同で行う。それも個の戦闘能力が最も高い、今やアルデハイド最精鋭の騎士団である第三騎士団とともにである。しかし、つい半月ほど前の話だ。元老院にてそれを、差別だという声が貴族たちの間から上がった。しかも、今は第三騎士団の団長であるラディナが不在であり、第三騎士団は一時解散し、第一、第二騎士団に統合されている。故に、門番が第四騎士団のみだったのだ。


 ゆっくりゆっくりと門が開いていく。門が開ききる頃に、エイレーネー神聖国騎士団、その本隊が到着する。全ては示し合わされていたのだ。第四騎士団の元所属国、今ではその元になった国の国権最高機関に対し貴族位を与え、それを領主とした領地をエイレーネーは自国へと寝返らせたのである。


 エイレーネー神聖国騎士団、総数約一万。それに、烏合でありつつも数だけは多い第四騎士団、総数約三万。この合計である約四万の軍勢がエイレーネーの宗教の元一つにまとまってゆく。ゴルダの民は、統べることに優れているのだ。独裁を、独裁とも思わせず、搾取を、搾取と思わせない。すべての人々が描いた夢を虚像の神に押し付けて、虚像を崇拝することで統治する。


 いまだ、闇夜明けぬアルデハイド王国国内で、エイレーネー神聖国騎士団の元、アルデハイド王国第四騎士団が集結していく。敵城の城壁の中に堂々と陣を構え門を占拠し兵站を確立してゆく。


 これは奇襲だ。エイレーネー神聖国はアルデハイド王国に対し宣戦布告を行っていない。道徳に悖る行いであると言えるだろう。夜は深く、午前三時過ぎ、歓声と共にそれは始まった。エイレーネー神聖国の進撃である。


「良いか! 我々のやることは卑怯だと言えよう! だが、アルデハイド王国の不当な占領下で理不尽な差別に喘ぎ、今もなお認められようと必死で足掻く者たちを見捨てて置けるか!?」


 地面を打ち鳴らす石突の轟音と共に鳴り響いた。


「否! 否! 否!」


 四万の軍勢の大合唱である。それを聞いて彼らの指導者は、牧羊犬は嬉しそうに目を細めた。


「ならば救い出すのだ! 我らの隣人を! そして認めるのだ、我らの愛すべき同胞を! 今ぞ! 世界最大の王国に武を示せ!」


 牧羊犬はそれを本気で言っている。だからこそ牧羊犬なのだ。


 しかして、たしかにエイレーネー神聖国には差別も抑圧も存在しない。皆が皆、充実した気分で毎日を過ごしているのだ。国民たちは一様にこう思っているのだ”我々は女神に尽くす誇るべき民である。我々は、女神様の夢のために、自分の夢のために日々邁進している”と。故に、エイレーネー神聖国は外見上とても豊かな国民性に見える。それは、本人たちは幸せだと思っているからに他ならない。誰も彼もが、自分は幸せなのだと思っている。なぜなら、自分の夢に向かっていると思っているからである。それを助けてくれる女神様を助けていると思っているからである。


「進撃開始!」


 牧羊犬が叫ぶと羊たちが解き放たれる。巨大な轟音を上げ一気に苔の城壁を目指して駆けていく。そして、ようやくである鐘がなったのだ。


 寝ぼけ眼の騎士たちは、慌てた様子で鎧を身にまとい外へ転がり出る。しかし、これが良かった。入り組んだアルデハイド王国中央市街において特に外側を警護するのは一時的に第一、第二騎士団に配属されている元第三騎士団の精鋭たち。全騎士中最も単一能力に優れる彼らが街の至る所で、ゲリラ戦術を繰り広げることができた。何より、ゼアル・タナトスという化け物と戦った経験を持つ彼らはいかなる状況においても慌てなかったのだ。


「第三騎士団所属。剛力乱神のアレス! 推して参る!」


 アレスは第三騎士団副団長を務める巨躯の戦士である。大槌を持ち、力業のみなら右に出るものなし。故に剛力乱神である。対多数の戦闘に於いて、彼ほど有能な兵は居ない。身長二メートルを超える巨躯の戦士が180センチにも渡る巨大な大槌を振り回すのだ。広いアルデハイド王国中央市街の通路ですら占拠してしまうことが出来る。そして、その大槌の一振りは十人、二十人という規模で相手をなぎ倒し押しつぶし死体へと変貌させる。


 元第三騎士団所属の者たちはこのように家から飛び出すやいなやという勢いで敵に戦を仕掛ける。最もここまで派手に行ったのはアレス位のものであるが。


 とは言え、エイレーネー神聖国騎士団もいつまでも手をこまねいているわけではない。


「おいデカブツ。これが見えねぇか。民の命が惜しかったらそこをどけ」


 牧羊犬の一人がそう言って農民の一人を人質にとって道を突破しようとする。


「すまんな、この戦が終われば少し便宜を図る。ここはこらえてくれ」


 と耳打ちをしながら。牧羊犬は外道の手先ではあるが、それ自体が外道であるわけではないのだ。そうしながらも、彼は心に深い傷を負った。


「ぬ、貴様ら。どこまで愚劣なのだ!」


 アレスは咆哮した。民を愛し、そして、”民に愛されるから”この男なのだ。


「あんた何いってんだい! 騎士様を見殺しにするくらいならここで死んでやるね! ちょっと騎士さん! こいつらあたしを気遣ってやがる、殺されやしないからやっちまいな!」


 牧羊犬に掴まれた農民は大声でアレスに向かって叫ぶ。


「目を覚ませ! 何を言っているのだ。我々はアルデハイド国王の圧政からあなた達を救いに来たのだぞ!」


 牧羊犬は怯んだ。何でもないただの農民のそれも、若くもない年増の恰幅のいい女の言葉にだ。


「ここで圧政ならほかは監獄だね。生きたくもないよ!」


 そう言って年増の女は道中にペッと唾を吐き捨てた。肝の座った女である。


「失礼……」


 どこからともなく、そんな声が響き、次の瞬間牧羊犬の頭が宙を舞う。斬られた首からは鮮血が迸り盛大な血の噴水となる。だが、それが農民の女にかかる寸前黒いマントが彼女の前を覆った。


「おぉ、カロン!」


 ぬっと、闇から姿を表したのはあまりにも暗殺者じみた格好をした一人の男であった。ついたあだ名は死神。夜の帳の元で彼と戦うのはいかなる大軍ですら間違いであると言われたほどである。


「ご婦人。怪我は?」


 彼は寡黙である。だが、寡黙でありながらも優しく、不器用でありながらも人を気遣う。いつしか死神は農民たちから”死神様”と呼ばれるようになった。第三騎士団精鋭中の精鋭の一人である。


「あぁ、無事なんだけどね。ちょっと足が……」


 農民が、困ったようにカロンの顔を見上げるとカロンは言った。


「私では人を一人担いで逃げられません。そこの巨人に頼みましょう。心配しないで、私が全て食い止めます」


 そう言って、カロンはニコリと笑って道の真ん中に陣取る。そして、敵が迫るのを見るとすっと闇に溶け込んでいった。


「巨人呼ばわりはやめろってんだ! よし、ご婦人。文句も言ったし王城まで行くぞ。背中に乗れ!」


 アレスはその婦人をそう言いながらひょいと自分の背中に乗っけるとそのままの勢いで走り出した。アレスの槌は100キログラムを軽く超える。よって、恰幅のいい年増の女など片手でひょいと扱えるのだ。


「ねえ、騎士さんって皆あんたたちみたいにかっこいいのかい?」


 肝っ玉の座った年増の女も戦場ではただの女だ。助けられて、ホッとして今や体をアレスの背中に預けている。


「おうよ、第三騎士団はこれくらいじゃ怯まんぜ。なんせとんでもない化物と戦った経験があるからな。いやぁ、骸骨千体に囲まれたときは死ぬかと思った。あいつら殺しても生き返るんだからよ」


 アレスは少しでも元気づけるために、年増の女にそんなことを言った。やがて、市街を抜け王城にたどり着く。王城にたどり着いたアレスは女を下ろし再び戦場へと駆けて行った。


 この戦いを第一次、アルデハイド籠城戦という。その戦いにおいて、最も市民救助に貢献したのがカロンとアレスの二人組であり、二人は表彰されることになった。表彰式で、カロンはこう言っていた。


「私は死神だから、生かすも殺すもできて当たり前」


 と、そう言いながらそっぽを向いて頬を人差し指で掻いていた。


―――――――――――――――


 明朝、エイレーネー神聖国の陣にて。


「なぜだ! 何故、救いを拒む!? 民は救われたくはないのか!?」


 そう言いながら牧羊犬は机を拳で打ち鳴らした。


「知らぬものにはわからぬのです。知ればきっと、わかるでしょう」


 そう言いながらニコニコと笑顔を浮かべ、現れたは司教のスータンを着た男。この戦いの前段階、二つの小国を懐柔し名を挙げた男である。


「申し訳ありません。取り乱してしまいました」


 優しげに、笑顔を浮かべ牧羊犬に手を差し出して慰めるように言う。


「良いのですよ。貴方は真剣に女神様を思っております。きっといつかお答えくださるでしょう」


 彼が来たことは、この陣に司祭。つまりは他国で言うところの魔術師たちが来たということである。魔術師とはある一定以上になると、それは戦略兵器に匹敵する。炸裂する火の玉を投げ、複数人で太陽を作り上げる。そんなものたちが来たのだ。しかも、その男は攻城櫓に投石機と言った幾つかの攻城兵器すら持参していた。


「ありがとうございます。ですが、申し訳ありません。敵国を攻め落とせませんでした。ここまで手引していただいたのに……」


 牧羊犬はそう言って泣きそうな顔で項垂れた。


「気にしないでください。こういうときのために私は来たのですから」


 男はどこまでも人の良さそうな笑みを浮かべたままだ。心の底では(この役立たず、死んでしまえばどれだけ気が晴れたことか)と思っているくせにである。ゴルダの民とは嘘がうまいのである。


「はい……」


 牧羊犬にはそう応えるしかなかった。男の虚構の優しさに溢れ出した涙が止められなかったからである。


「一日休んで、今度は本格的に落しますよ。早く救ってあげないと」


 笑顔を崩さぬまま男は微笑んだ。

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