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魔王と勇者のプレリュード  作者: 薤露_蒿里
第一章:戦乱の時代
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第九話:決意

 ダモクレスは決意に満ちた瞳でまっすぐとゼアルの部屋に続く廊下を歩いていた。


 東から差し込む光が彼の顔の上で小さく影を作る、光は彼に向かって差し込んできているのだ。故に、その顔ははっきりと白日の下に映し出される。だからこそ、彼の決意には僅かな悲壮が含まれていることがその表情からわかるだろう。


 ダモクレスはしばらく歩いた。窓枠の影が彼の顔に三度影を落とし、柱が一つ通り過ぎた。


 たどり着いたゼアルの自室を三度軽くノックすると、淡白な返事が聞こえる。


「何用だ?」


 いつも通りだった。それはあまりにも日常と変わらなすぎて、それがダモクレスを緊張させた。


「ダモクレスです」


 そこまで行って、次の言葉を紡ぐ前に扉の向こうでゼアル言う。


「入れ」


 静かで短いそんな声に言われるがままに部屋に入るとそこはいつもどおりのゼアルの部屋だった。王の自室と言うにはあまりにも多くの魔法薬が並び、机の上には彼の仕事に関する書類が山と積んである。普段のゼアルの自室とはどちらかと言えばこっちである。机の上に魔法薬ばかりが置いてあることのほうが珍しい。ゼアルにとって、魔陣術とは面倒で効果の低いものが多く特殊かつ永続的な絶対に必要になることしかやらないのである。


「きっと、お前を悩ませてしまっただろう。許せ」


 部屋に入って早々、ゼアルはダモクレスに対しそんな言葉をかけた。それは、ゼアルの最大限の気遣いだった。


「いえ、陛下。陛下は、私に悩む機会を与えてくれました。私に選ぶ機会をくれました。此度は、その答えを陛下にお伝えするためにまいったのでございます」


 ダモクレスはそう言って静かに、そしてわずかに頭をたれた。


「あぁ、ぜひ聞かせて欲しい」


 ゼアルは短くそう言うと黙ってまっすぐ視線をダモクレスに向ける。


「とは言え、大したことではございません。私は陛下の後を継いで次なる王になる覚悟を決めました。また、彼岸の癒しの手すら届かぬ因果の彼方へお隠れになる陛下を見送る覚悟も決めました。それでも、心苦しい我が気持ちだけは変えることができませんでした」


 ダモクレスが言うと、ゼアルは立ち上がりあまりに眩しい日差しが反射して紙面の文字を潰してしまうのを避けるためにしっかりと閉じた窓を開けた。


「ダモクレスよ。心苦しく思う必要など無いのだぞ。満足しているのだ、この選択に満ち足りてすら居る。今や、お前が継いでくれると言った。それならば、心残りはないのだ」


 ダモクレスは、どこまでも満足げな声でそう言うこの男が恐ろしくもあり、同時に尊敬すべきであると感じた。ゼアルの声が、眼差しがそれがまるで本心であるかのようにダモクレスの心を刺し貫いた。それは、本当にゼアルの心の底からの本心であったのだから。


「しかし、陛下。それではいつまでもおやすみになることができません。それでも、満足とそうおっしゃられるのですか?」


 ゼアルの眼差しは変わらない。いかなることを言われようとも揺るがない確かな情熱がそこには篭っていた。


「言ったであろう、心残りはないと」


 ダモクレスは悟ったこの王に何を言っても無駄だと。わかっていたけどもう一度悟って覚悟を決めた。


「ならば、もう何も申しません」


 押し黙るように、苦しげにダモクレスはそう言った。僅かにその言葉を噛み締めて固めるかのように。


「ダモクレスよ、お前が悩むことはない。幾多の敵を葬り、数多の民を従え、自分勝手に生きて、あまつさえ夢を成さぬまま、自ら死を選んだとあれば笑いものだろう。約束を、責任を果たさせてくれ」


 ため息混じりに言葉を紡ぎ始め、だけど最後にはゼアルは笑っていた。


「それが貴方様の夢なのですね」


 ダモクレスはつぶやくように、消え入るように問を投げる。


「無論だ!」


 ゼアルの声は笑っていた。相も変わらず、因果の果てで永遠を生きる話をしているというのに笑っていた。


「敵いませんね。陛下には何者もきっと敵わないでしょう」


 そう言って、二人窓の外を眺めると急にゼアルは話を変えた。


「この魔方陣はな、世界を再編するだけなのだ。人と、魔族を分かち、町並みも、国境も、星々も次の魔法陣のために並び替える」


 ダモクレスは驚き目を見開いた。


「これほどの魔法陣で足りないことをお考えなのですか?」


 当たり前だ、国家をまるごと一つ魔法陣に変えた魔法ですら前例がない。それどころか、普通は成立すらしないのだ。その魔法陣を成立させるためには膨大な知識量ととてつもない演算力を要求される。並の魔術師ではとてもたどり着けない究極と言って良い魔術なのだ。だと言うのにゼアルが言うにはそれでもまだ足りない。


「因果の天秤に干渉するのだ。いかなる魔術を使っても物質を創造することのできないように、この程度の魔方陣ではそれに干渉することはできない」


 因果の天秤、それは万象物理を司るいわば世界の核である。それが、因果を裁定し理を形作ることで世界に秩序をもたらしている。言い方を変えれば、神とも表現できるがそこに意思は介在せず、空虚な機械仕掛の天秤である。それに干渉する方法は、いかなる魔術にも存在していない。だが、その天秤を偽造することによって因果の天秤は偽造された天秤を自らの秤に載せ、削除するために呼び寄せる。その一瞬に介入することで因果の天秤に介入することは可能であるという机上の空論は存在した。だが、実現は不可能だとされたものである。


「まさか、陛下は裁理の円環を?」


 裁理の円環は、因果の天秤に介入する魔法である。だが、それは馬鹿げていると棄却された理論の一つである。不可能なのだ。因果の天秤に削除される瞬間、それ以上の魔力をぶつけて押し戻すということなのだから。


「そうだ、あの星空に裁理の円環を築き天秤に介入する」


 それは夢物語であるようにも思えて、だが、この男が語ると確実に訪れる運命のようにも聞こえる。まるで、ゼアルが見上げる星空にすでにそれがあるかのように。


「陛下なら可能やも、と思ってしまうのは何故でございましょうね……」


 そう言いながらダモクレスは乾いた笑いを浮かべる。


「可能にしてみせる。いつか、いずれ来るその時のために」


 ゼアルはそう語りながら、星に向かって手を伸ばし 握りしめて不敵に笑ってみせる。まるで天上の神であるかのように。


「そのときにな、お前の記憶を残しておきたかったのだ。いかなる魔法でもお前と後もう一人、ラディナだけはどうにも偽れる気がしなくてな」


 ダモクレスは思った、私の何が彼にそこまで、思わせたのだろうかと。しかし、そんなことは些細な事だった。ダモクレスにとって、絶対者であるゼアルの願いは叶わなくてはならない必然なのだ。だから、彼の命令とは絶対なのだ。そしてこの感情すら、その絶対の一部にすぎないとそう思った。


「お望みのままに、我が絶対なる王よ」


 ダモクレスがそう言うとゼアルは笑ったまるで無邪気な子供のように。


「それではまるで暴君ではないか!」


 ダモクレスは、困った顔をして反論した。


「賢王なればこそ、私は付き従うのです」


 ダモクレスには、この星空がまるでゼアルのもののように思えていた。この世界も、星も、空でさえ彼の手の中にあるように思えていた。

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