そして私は自由を得る
その後、パーティーは滞りなく終了した。ちなみに、卒業式をカオスにしたお詫びとして、卒業生にはちょっとした魔道具を配布した。
ネックレスやペンダントとして使える、魔術の無駄遣いの塊と言わしめた高性能の自動回復魔法道具。まぁ、そういう機能を発動させるには、日ごろから魔力をその道具の中にためておくことが必要なんだけどね。
でも、ためておけば、有事の際に、怪我の程度を主に出血量であったり、血圧などで判断して、回復してくれる優れもの。ただし、ためている魔力が切れれば終わり。
何回でも使できるから、値段はつけられない。王族も持ってない、この国最高級の魔法道具。
自分が何者かって、疑われるので、自分の名前は出さず、協力者である公爵令嬢――つまりはリリアの名前を勝手に借りて、ツテでとある人物にお願いしたとしている。
なんだそれは、とみられても知らない知らない。すべては私の安寧のため。
あのバカは国王に連れられていなくなったので、そのチャンスを逃すべからず、と言わんばかりに、リリアには悪いけど、パーティーをさっさととんずらし、途中着替えて、思うが儘に逃げた。
で、今ようやく事との顛末を紙に書き終えリリアに送付したところだ。
場所を特定されないよう、リリアの部屋の机の上に、しっかりと送った。
座標とって、ぽいっとやればなんかつくので本当に便利である。理屈? そんなのしらん。
とりあえず、やることはやったので、ごろん、とどこにあるかもわからない名も知らない草原に寝転ぶ。
青い空の色。浮かぶ白い雲。翔ける鳥。流れゆく景色。
広大な自然に身を任せひとりたゆたうこの時間が、この数年でため込んだ様々な感情を、昇華してくれる。
何も考えず、ただぼーっと移ろう景色を眺めるのは、やはり何にも勝る宝である。
青い空が茜色に染まり、やがて濃紺の暗幕が垂れ下がり、金粉を散りばめたようにきらめく星々。東の空が白みを帯びて、日が昇る。天頂を通り過ぎ、傾き、沈む。
月が昇って、沈んで、日が昇って、沈む。
「ふふふっ」
楽しい。すごく楽しい。
自分という存在がちっぽけで、取るにたらない存在で、いなくても時間は過ぎ、世界が回り続ける。その事実が楽しくてならない。
何十年、何百年、何千年と繰り返されている、自転や公転といった運動。人間が絶滅した後も、それは繰り返されるだろう。その壮大な事象を、あたかも当たり前のように享受している生物。
なんて、愚かな存在なのだろうか。けれども、愚かだからこそ、必死に生きあがく。
死を忌み、生を羨む。
思い浮かぶ一つの顔。
あぁ、筆舌に尽くしがたいこの思いを、どうしたらいいだろう。
楽しくて、うれしくて、さみしくて、悲しくて、苦しくて。
そして。
「やっと見つけたぜ、ユイエ」
愛おしくて。
すとん、とその言葉が胸に落ちた。
目の前の顔を見つめながら、そういうことかと、内心しきりにうなずく。
ようやく納得いった。そういうことだったのね。
「カルロス」
乱入してきた時とは違い、今はフードを取っている。彼の素顔を知る者がごくわずか。
あの後、結局カルロスがゲストとして一言二言言っただけで、フードは取っていない。
彼があそこにいたのは非公式だからね。顔を隠してたほうが都合がいいのだ。
「っ……ずいぶんうれしそうじゃねーか」
「さぁ? でもすごく気分がいいの」
覗き込んでくるカルロスに手を伸ばせば、目を見張った後、目元を和ませ、頭の上のほうに座る気配がする。
そこから、赤子でも抱きかかえるかのごとく、軽々と持ち上げられ、後ろから抱きしめられる形で座らされた。
そういう気分ではないのだが、まぁいいかと、背を預けて空を眺める。
「…………」
「……………」
「………なぁ」
「んー?」
「お前、ほんとうにどうしたんだ?」
「さーねぇ」
自分でもよくわからない。しいて言うなら、わからなかった感情に名前を付けられたからだろうか。
なんにせよ、今はとても機嫌がいいのだ。だから、それでいい。
「さぁねって……おまえなぁ…」
困惑しているらしいカルロスが、楽しくて、にやり、と思わず笑う。
えいっと、背中でカルロスを押す。
とっさのことでバランスを保つことができなかったらしく、そのまま草原に倒れこんだ。
「あはははははははは」
びっくりした、と顔をこわばらせているカルロスが面白くて、声を立てて笑う。
「…そんなに、面白かったのか?」
「うん!」
にやける頬を抑えきれなくて、一度引っ込めた衝動が、沸き起こる。
しばらく笑って、落ち着いたところに、悪乗りしたカルロスが変な顔をするものだから、笑いが絶えなくて、おなかが痛い。
でも楽しい。幸せだ。
「なぁ、ユイエ」
「んー?」
「ずっと一緒に世界を見て回ろうぜ」
「んー? んー……断る理由もないし、別にいいよ」
「……、……えっと、だな。勘違いしてると思うんだが、そうなんだけど、そうじゃなくてだな」
カルロスの言っている意味を、理解してないわけじゃない。
それを含めての回答だったのだが、伝わらなかったらしい。
そんなことも理解できない、鈍感娘だとでも思ってたのか? 回答が悪かったのも認めるけど。
「ちゃんと婚姻届にも署名したでしょ。リリアから、国王経由で書類わたってると思うけど?」
「あぁ。それはちゃんと受け取った。……って、おい、まさか」
「カルロスなら別にいいかなーって。隣にいても苦じゃないし、楽しいし、なにより一緒に過ごしてる想像がつくから」
「ほんとに俺でいいのかよ。独占欲つよいぞ?」
「ほかの男に靡く気ないし、そもそも靡ける精神力ないし、何よりもめんどうだし」
「最後のが一番納得いった」
「でしょ。カルロスがいてくれるなら、それでいいの」
「~~~~、ユイエ!」
感涙極まったといわんばかりに抱きしめられたけど、嫌じゃない。
思わずびくっと体はこわばりはするけれど、カルロスだと思うと、まだ安心できる。
きっと、肉体関係を持つのはずっと先になるだろう。
それまでカルロスは耐えられるのか!? ふふっ、自分でも努力はそれなりにするけどね。
「ねぇ、カルロス」
「なんだ、ユイエ」
「愛してるよ」
「ぶほっ」
噴出してせき込みながら思わず身を起こしたカルロス。
いちいち楽しい反応をしてくれるから、やりがいがあって楽しい。
頬を赤らめ、けれども、しっかりと自分を凝視して、ぱくぱくと口を開閉させる様子に目を細め、もう一度爆弾投下。
「ユイエ=グランツェはカルロス=グランツェを愛しています」
ゆでだこのように顔が真っ赤になって、顔を覆うカルロスがかわいくて、くすくすと笑みが浮かぶ。
Aランク冒険者の中でもぬきんでた力を持っていたカルロス。人とは思えないその力に、彼をまねて無謀なまねをする奴の抑止力とするために生まれたSランク。Sランクになるものは、もはや人ではないと、恐れるものからは言われる、その称号。憧れはするけれども、同時に恐ろしくもあり、無意識のうちに多くの人間がストッパーをかけている。だから、この世でSランクは一人だった。自分がなるまでは。
Sランクは、一人で少なくとも街ひとつ消滅できるだけの力を持っているといわれている。ゆえに、どこかの国に属することは、それだけで恐怖を呼ぶ。だから、Sランクの者に対しては国同士で条約が締結されている。
ざっくりいうと、Sランク冒険者は、どこの国にも属さない、争いに参加しない、各国の王と同等の発言権を持つ、など、悪用されないための内容ばかりだ。破れば、国家間での地位は落ち、また、賠償金も多大だ。
定住は、その国に属したとみなされる恐れがあるため、Sランク冒険者は家を持っていない。まぁ、逆手にとって、条約を締結してる国に自費でこじんまりとした家を建てて、属しているわけではなく、来た時の自分たち専用の休憩所だと言い張ってるんだけどね。
いちいち宿取るとか面倒だし、ばれると、居心地悪いから、それくらいないとねぇ。
閑話休題。
そういうわけで、なかなか親しい人もおらず、一人さびしくさまよっていた彼としては、同じ土俵に立てる人間がいて、うれしかったのだろう。
久しぶりにまともな会話したと、すげなくあしらったのにもかかわらず感動のあまりに泣かれたときはどうしようかと思ったけどな。
それからというもの、なつかれた自覚はあるが、いじけたりへこんだりよくめんどくさくなるけど、見捨てておけないのからこれでいいのだ。なんだかんだ言って、めんどいという思いよりかわいいという思いが勝ってるあたり、自分は末期なのだろう。
それでいいんだけどね。楽しいから。
人生楽しんでなんぼ。その中で辛いことも悲しいことも苦しいこともあるけど、楽しいことやうれしいことと併せのんでこその人生ですから。楽しんでなんぼというのが私の生きざまだ。
「カルロス=グランツェは妻ユイエグランツェを生涯愛し続けることを誓います」
そうして、私の手の甲に唇を落とすカルロス。
別にいいんだけど、人が寝転がってる時にやることじゃないでしょうに。
「しかたない。愛し続けることを許します」
「なら。愛すことを許可しよう」
じっと見つめあった後、どちらからともなく噴出す。
高らかな笑い声が二つ、自然に溶けて消える。
――ユエ。私たちのユエ。どうか幸せに。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
別視点も考えていますが、一度、これにて完結とさせていただきます