表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<1> の章
9/51

第8話 ♪藤井香織 ランチの友に助けてもらう


アイスノンを目に当てて冷やしていると、気持ちよいせいか、いつの間にかウトウトしてしまっていたようだ。だからなのか、誰かが休憩所に来たことにまったく気付かなかった。


『やっほ。 カオリン大丈夫?』


え? その声は、私の唯一の友! “総務のあっちゃん” ではないか!

アイスノンを取り除き、顔を上げて相手を確認する。 

視線がピタリと合うと、友人が腹を抱えて笑い出した。


……もういい。 三人目だ。 怒る気も失せる。


『ど、どぐう、土偶だよ顔が。 カオリンすごい! 教科書もびっくりだよ』


友人なのに、一番辛辣とはどういう事だね?  泣いちゃうぞ。


『あ、ダメ! そうやって目をこするから腫れるのよ! 涙は流しっぱなしがいいの。覚えておきなよ。土偶にならずに済むからさ』


やっぱり“あっちゃん”は、冷たいのか優しいのかよくわからないお人だ。

“目をこすらない” 覚えておこう。 ……にしても、土偶はヒドイよ。


拗ねていると、あっちゃんが持っていた発泡スチロール箱をあけた。

中から蒸気がムワっと舞い上がる。


『カオリン。 目、つぶって上むいて』


素直に言われたとおりの姿勢をとる。


「アっっっっちぃぃぃぃ!!!」


条件反射だろうか? 襲ってきた目の上の熱い布を払いのけた。


「熱いよ!!! あっちゃん、何すんだよ!!!」


慌てて持っていたアイスノンで目を冷やす。 死ぬかと思った。

チラ見すると 床に落ちたオシボリは、まだホカホカと湯気を立てている。


『アレ? 熱かった? ごめん、ごめん』


ごめんじゃないでしょぉ! 気をつけてくださいよ!

どんだけ熱いおしぼりを乗っけるんですか! コントですか!


『よし、大丈夫。 反省した。 次は適度に冷ましてから渡すね』


さ、最初からそうして下さい! お願いしますよぉ。


恐る恐る着席して、アイスノンを外す。 あっちゃんが熱いオシボリを広げ、適温に冷ましてから私に手渡した。熱くない事を確認して目に乗せる。今度はじわりと熱さが広がった。


……気持ちがいい。


『カオリン……昨日の夜、ずっと泣いてたでしょう?』


突然の質問にびっくりする。どうして知ってるのだろう? うなずいて返事する。

昨晩、泣き納めするかのように号泣した。スッキリした気持ちで朝を迎え、今日から泣かないと決めたのだ。 まぁ、いきなりこんなですけど。


『さっきちょっと泣いただけで、そんなに腫れるっておかしいもんね』


いや、結構即行で腫れていくんだけどね。 っていうか、さっきって?


『あ、小1時間前。私、ここでサボってたんだよねぇ』


なるほど、見てたのか……。


「それで心配してきてくれたんだ。 あっちゃん優しいね」


『ん? 違うよ。 平居さんに頼まれたの……様子を見てきてくれって』


え? いや、そこは言わなくてもいいんじゃない? 自分の手柄にしておこうよ。


『蒸しタオルも頼まれたんだ。 随分心配してたよ、カオリンの事』


ふーん、そうなんだ。 ……まぁ、笑った事は許してやってもいいか。


『でも……カオリン、ツイてないよね』


「え? どうして?」


『だって、この4年半。カオリンが泣いてるトコ見たことなかったもん。大島主任の下で、よく我慢できたよね。 私、感心してたんだから。 もしかして、今日、初めて泣いたんじゃないの?』


……いや、まぁ 2回目ですけど。


『それをたまたま見られて泣き虫だって思われるの、なんだか癪だな』


いや、あっちゃんに知っててもらえただけで充分嬉しいよ。


あっちゃんも職場では絶対泣かない人だ。

二人とも職場で泣く女を軽蔑してきた。 いや、人だから泣くことは構わないと思う。

ただ、泣いて許してもらおうとするのが嫌なのだ。

職場で男女平等を望むなら、仕事に向かう姿勢も同じでないとおかしい。

お昼ごはんを一緒に食べながら、そういう話をよく語りあった。


『平居さんに、泣くな! とか言われた?』


「うん。 売場で働くなら泣き虫はダメだって言われた」


『やっぱり……。 平居さん誤解してるよね。悔しいな』


あっちゃんが自分の事のように悔しがってくれる。 本当にいい人だ。


「でも、平居さんと約束したから……。売場では絶対泣かないって」


『そうか……。 カオリンこれから大変だね』


「うん。……でも、がんばる!」


『そうか。よし、応援する!』


二人で笑いあった。 暫くあっちゃんとはお昼を一緒に食べる事はできなくなるだろう。それでも応援してくれていると思ったら、それだけで心強い。


『どう? マシになったでしょ?』


鏡をこちらに向けて、あっちゃんが尋ねてくる。

あれから何度も、蒸しタオルとアイスノンを交互に繰り返し当ててきた。

それが効いたのか、目の腫れが若干引き始めている。


「おお! あっちゃん、ありがとう。これで売場に行けそう」


鏡ごとあっちゃんの両手を包み込んで感謝の意を告げた。


『よかった。じゃあ連絡するね』


あっちゃんが笑いながら立ち上がり、備え付け電話の受話器をあげた。横についている携帯番号一覧を確認すると、目にも留まらぬ速さで番号をプッシュする。

さすが総務部総務課の花形社員である。


『お疲れ様です。総務の渥見です。……はい。もう大丈夫です。目もだいぶん落ち着きました。』


ちらりとあっちゃんがこちらを見る。電話の相手はたらし天狗だろう。


『はい。あ、そばにいます。替わりましょうか?』


あっちゃんが受話器をこちらに向けてくる。


『平居さんが替わってって』


なぜだろう。 異常に緊張してきた。 怒られるかな……。


「もしもし、替わりました……」


(藤井? 大丈夫か? もう痛くないか?)


びっくりするほど優しい声だった。今まで一度も聞いたことがない声だ。

驚いて送話口を手で押さえながら、思わずあっちゃんに聞いてしまった。


「これ、平居さん?」


『え? そうだけど……』


あっちゃんが不審な顔で答えてくれる。……間違いないらしい。

あの顔からこんな声も出るんだ。


(おーい。 聞こえてるか?)


「あ、はい。すみません。もう大丈夫です。……ご迷惑おかけしました」


(別にかまわない。 それじゃあ……)


その後のスケジュールを一通り説明してくれた。びっくりするほど今の私に気を使ってくれている内容だ。 申し訳なくなる。


「わかりました。休憩が終わったら、事務所に伺います。 あ、はい。伝えておきます。……失礼します。」


受話器を置いて息を吐く。一気に緊張から解放された。


『お昼休み、挟んでくれるんだね。平居さん、優しいじゃん』


あっちゃんが肩で小突いてきた。


「……うん。 あっちゃんにも“ありがとう”って伝えてくれって」


『了解でーす!』


たらし天狗が優しいと何だか調子が狂う。

何か悪い物でも食べたのだろうか?

それとも、あっちゃんの言うとおり普段は優しい人なのだろうか?


『あ! カオリン、私、戻らないといけない』


時計を確認したあっちゃんが、慌てて片付け始めた。


「ごめんね、あっちゃん。 いろいろありがとう」


『どういたしまして。 何かあったらメールして。お昼は一緒できないけど、今度は晩ごはんを一緒に食べてあげるよ』


憎いことを言ってくれる友である。


「ありがとう」


手を振って背中を見送る。


よし! とにかく私も動き出そう! もう新しい1歩を踏み出し始めているんだ。


と言っても、今現在まったく何も出来ていないけど……。 ま、仕方がない。

とりあえず腹ごしらえに社員食堂へ行こう!





読んで下さってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ