第9話 ☆平居郁人 白馬の王子にうんざりする
そろそろ食堂についた頃かな……。
事務所に来てくれと電話で告げたけど、どうせなら時間を合わせて自分も昼飯に行く方が手っ取り早い。そもそも予定がかなり押しているのだ。
本当ならもう、売場で顔合わせも済んで小森に任せていたはずの段取りだったが、いろいろハプニングが多すぎた。
女性の顔を見てあんなに笑ったのは初めてだ。 少し、いや、かなり反省する。
腫れが引いてたらいいんだけどな……。
『平居さん。午後の予定なんですけど』
小森が手帳片手にデスクに寄ってきた。
「午後から外出だろ? 聞いてるよ」
『いえ、藤井の事なんですが……』
「ああ、悪い。午前中に顔合わせするつもりだったんだけど……。今日は太田に任せるから、明日から頼むな」
わかりやすいぐらいに、小森の顔が曇っていく。
『太田で大丈夫ですか?』
「うん、まぁ、売場には出さないように言っておくから。 大丈夫だろ」
『……わかりました』
不安を隠せない様子で小森が答えた。 まぁ、俺も不安だけど……なんとかなるさ。
『あと、打ち合わせの件ですが……』
……打ち合わせ? そんなのあったっけ?
慌てて自分の手帳を開く。 げっ! これか……。
『平居さん。今、わざと忘れてましたよね?』
「いや、まぁ、う~ん。 これ、行かないとマズイかな?」
『マズイに決まってるじゃないですか。 嫌なら引き受けないで下さい。私、代わりましょうか?』
「いやいや、それはダメだろう。 う~ん……」
俺が渋っているこの案件は、すこしばかり気の重い仕事だ。
しかも、人間関係が非常に微妙で気をつかう内容なのだ。
仕事の相手は、本館1階フロアーを統括する“佐野フロアーマネージャー”なのだが、この人が、最近異常に俺に噛み付いてきてうんざりしている。
理由はわかっている。……小森だ。
佐野さんはどうも小森に気があるらしく、彼にとって俺は、小森にくっつく目障りなコバンザメに見えるようだ。 こちらとしては甚だ心外な見解である。
しかし、噛み付くにも理由があるらしく、どうも俺の引き抜きが原因らしかった。
聞くと、小森が2階にいる頃から目を付けていた佐野さんは、折をみて1階に引き抜こうと画策していたと言うのだ。自分の側において馴れ初めようと目論んでいた最中、それを知らずに、俺が横から取り上げてしまった形になったわけだ。
言っておくが、わざわざ邪魔をしたつもりはない。
たまたま俺の引き抜きのタイミングが重なっただけの話だ。 そんな事を根にもたれてもいい迷惑である。
ただ、俺は佐野さんの事を嫌っている訳ではない。仕事はできるし、頭の回転も速い。どちらかというと好意的なほうだ。だから、小森本人がOKなら橋渡しでもしてやるのだが、残念な事に彼女は「佐野さんだけはどうにも受けつけられない」と主張する。彼女曰く、佐野さんはご自身の事を “白馬の王子” だと思い込んでいて、その言動がおかしいと言うのだ。
まあ、簡単に言うと、ちょっとだけイタイ人というわけだ。
例えば、彼は以前、小森の自宅に白スーツを着て白バラの花束を片手にお迎えに来たらしい。ちなみに、サプライズイベントでもなんでもない。たまたま近所だったので、夕食を一緒に食べようと誘われただけだ。その時の事を小森は、驚くより怖かったと証言している。もちろん、小森はその後、離れた地域への引越しを即実行した。今現在に至るまでストーカー被害にはあっていないので、そこはまともでよかったとホッとしているが、他にも、聞くとドン引きしそうな “王子エピソード” が山程出てくるらしい。そんな事を聞かされると、まあ、付き合うのは無理だろうな……と納得するしかない。
ところが困った事に、小森本人から直接何度も佐野さんにお断りを入れているのだが、彼からの食事の誘いは未だに絶えないと言う。
つまり、はっきり断ってもめげない! そんな強い精神力の持ち主……それが佐野さんなのである。
しかもその強靭な精神力が成せる業なのか、今回、クリスマス企画で1階4階のコラボ販売を実施しよう! という強引しかない接触を試みてきた。
そんな、無謀としか言いようのない企画が通ってしまうこの会社も凄いが、強引に4階側の担当を小森で指定してくる佐野さんも凄かった。
……ところがツメが甘い。
1階の担当がフロアーマネージャーなのに4階の担当が主任と言うのはおかしい!
と営業部長に指摘され、俺が担ぎだされた。
マジか!!
と驚く俺の横で、狼狽える佐野さん。
しっかりしてよ!! あんたの企画だろ!!と応援するのも空しく、そういう形で落ち着いてしまった。
まぁ、飢えた狼の前に子羊を差し出すのもどうかと思っていたので、結果的によかったのかもしれないが、その後の佐野さんが頂けない。相手が俺に替わったとたん、明らかにやる気が失われていった。失礼ながら俺だってこんな企画やりたくない。
やる気の無い二人で、今日の午後から打ち合わせをしなければいけないなんて、こんな気の重い仕事があるだろうか?
もうさ、仕事に恋とか愛とか持ち込まないでほしい。
余所でやってくれ! ……と心から思うのである。
「まぁ、とにかく行くよ。 あ、14時からの予定だけど一応確認いれておいてくれるか?」
『わかりました』
とりあえず、小森の声を聞かせておけば少しは機嫌がよくなるだろう。
まったく面倒な話だ。
「じゃあ、俺、1番に行くから」
『え? 早くないですか?』
時計を見ながら小森が驚いた。たしかに、俺がこんな時間に昼飯を食べに行く事はほぼ無い。
「ん? ああ、食事しながら藤井に説明しようと思ってな」
『あ、でしたら、私が……』
「いやいいよ、俺が簡単に済ませておく。小森は外出の準備があるだろう?」
『あ、はい……お忙しいのに申し訳在りません。よろしくお願いします』
恐縮しながら頭を下げてくる小森に、慌てて手を振る。
「き、気にしなくていい。 俺も今食べとかないと、食いっぱぐれそうだったからさ。ついでだよ、ついで!」
食事がメインである事を強調する。あくまで藤井の事は二の次だ。決して小森の仕事を取り上げているわけじゃない。……誤解されると困るので、そこは念を押しておく。
ただ、そういう気まわしをしなければならない現状にも疑問を抱く。
たしかに藤井の事は小森に一任した。しかし、すべてを彼女に押し付けたつもりはない。
特に小森は、責任を背負いすぎる嫌いがあるからだ。このまま、なんでもかんでも一人で抱え込んでいたら、彼女自身が潰れてしまいかねない。それも正直困る。
小森ももう少し、余裕を持って仕事が出来るようになればな……。
この先の彼女の課題を考えながら、デスクから立ち上がる。その時、携帯の着信音が響いた。
……メール? しかもプライベートフォンだ。
勤務時間中はほぼ使わない携帯を取り出し、内容を確認する。
……またか。
その内容に思わず苦笑してしまう。
“フラれた。今晩付き合え”
……今年に入って何人目だよ?
『何かありましたか?』
表情を読み取って気になったのか、小森が声を掛けてくる。
「香坂からメール。呼び出しだ」
『え、まさか?』
「ああ、またフラれたそうだ」
『ええ!! 今年に入って4人目じゃないですか?!!』
え! そんなになるのか……つまり、2ヶ月に1回この短いメールを受け取っている事になる。 って、業務連絡かよ。 一体どんな恋愛してんだ……。
驚くよりも呆れが勝った。
まぁ、こちらもいろいろお世話になっていますから、憂さ晴らしぐらいはお付き合いしますけどね……。
頭の中でこれからのスケジュールを組みなおす。
早めに退社できるようにして置かないとヤツはうるさい。
あぁ、思いの外、忙しくなってきた。 “了解” と短い返信メールを打って送る。
『千尋さん、凄いですね……』
「マネするなよ」
『で、できませんよ。そんな事!!』
小森をからかうが、相変わらず真面目に受け答えをする。
そういうトコも、もう少し柔軟になれたらいいと思うんだけど……。
まぁ、これはこれで小森の良い所なので軽く受け流しておく。
とにかく今は、食堂でランチをしていらっしゃるお嬢さんを、先に片付けなければいけない。
「さて、藤井が待ってるから、俺行くわ」
『なんだか平居さん、嬉しそうですね……』
「え?」
小森の意外なツッコミに驚いた。意趣返しだろうか? ……だったら
“嬉しそうって、社食だぞ。デートにもなりゃしない”……そう軽く、ノリで返そうと口を開けた瞬間。
『いえ、よろしくお願いします』
小森に再び頭を下げられた。 ……言い返すタイミングを失ってしまう。
しかも、オイ!とツッコむ為に上げた右手が、仕事を損ねて空しく彷徨う。
……ああ、そうだった。 小森はノリ・ツッコミをも、殺す女だった。
「ああ、まあ、……行ってくる」
上げた右手で、辛うじてそう返事したが、気持ちは敗北感で満たされた。仕方なく出口に向かうものの……なんだろう。
なぜかバツが悪い気持ちで事務所を後にするしかなかった。
読んで下さってありがとうございます。




