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全力!!! トライアングル  作者: 谷川ポンヌ
長月 -<1> の章
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第9話 ☆平居郁人 白馬の王子にうんざりする


そろそろ食堂についた頃かな……。


事務所に来てくれと電話で告げたけど、どうせなら時間を合わせて自分も昼飯に行く方が手っ取り早い。そもそも予定がかなり押しているのだ。

本当ならもう、売場で顔合わせも済んで小森に任せていたはずの段取りだったが、いろいろハプニングが多すぎた。


女性の顔を見てあんなに笑ったのは初めてだ。 少し、いや、かなり反省する。

腫れが引いてたらいいんだけどな……。



『平居さん。午後の予定なんですけど』


小森が手帳片手にデスクに寄ってきた。


「午後から外出だろ? 聞いてるよ」


『いえ、藤井の事なんですが……』


「ああ、悪い。午前中に顔合わせするつもりだったんだけど……。今日は太田に任せるから、明日から頼むな」


わかりやすいぐらいに、小森の顔が曇っていく。


『太田で大丈夫ですか?』


「うん、まぁ、売場には出さないように言っておくから。 大丈夫だろ」


『……わかりました』


不安を隠せない様子で小森が答えた。 まぁ、俺も不安だけど……なんとかなるさ。



『あと、打ち合わせの件ですが……』


……打ち合わせ? そんなのあったっけ?

慌てて自分の手帳を開く。 げっ! これか……。


『平居さん。今、わざと忘れてましたよね?』


「いや、まぁ、う~ん。 これ、行かないとマズイかな?」


『マズイに決まってるじゃないですか。 嫌なら引き受けないで下さい。私、代わりましょうか?』


「いやいや、それはダメだろう。 う~ん……」


俺が渋っているこの案件は、すこしばかり気の重い仕事だ。

しかも、人間関係が非常に微妙で気をつかう内容なのだ。


仕事の相手は、本館1階フロアーを統括する“佐野フロアーマネージャー”なのだが、この人が、最近異常に俺に噛み付いてきてうんざりしている。


理由はわかっている。……小森だ。


佐野さんはどうも小森に気があるらしく、彼にとって俺は、小森にくっつく目障りなコバンザメに見えるようだ。 こちらとしては甚だ心外な見解である。


しかし、噛み付くにも理由があるらしく、どうも俺の引き抜きが原因らしかった。


聞くと、小森が2階にいる頃から目を付けていた佐野さんは、折をみて1階に引き抜こうと画策していたと言うのだ。自分の側において馴れ初めようと目論んでいた最中、それを知らずに、俺が横から取り上げてしまった形になったわけだ。


言っておくが、わざわざ邪魔をしたつもりはない。

たまたま俺の引き抜きのタイミングが重なっただけの話だ。 そんな事を根にもたれてもいい迷惑である。


ただ、俺は佐野さんの事を嫌っている訳ではない。仕事はできるし、頭の回転も速い。どちらかというと好意的なほうだ。だから、小森本人がOKなら橋渡しでもしてやるのだが、残念な事に彼女は「佐野さんだけはどうにも受けつけられない」と主張する。彼女曰く、佐野さんはご自身の事を “白馬の王子” だと思い込んでいて、その言動がおかしいと言うのだ。


まあ、簡単に言うと、ちょっとだけイタイ(ひと)というわけだ。 


例えば、彼は以前、小森の自宅に白スーツを着て白バラの花束を片手にお迎えに来たらしい。ちなみに、サプライズイベントでもなんでもない。たまたま近所だったので、夕食を一緒に食べようと誘われただけだ。その時の事を小森は、驚くより怖かったと証言している。もちろん、小森はその後、離れた地域への引越しを即実行した。今現在に至るまでストーカー被害にはあっていないので、そこはまともでよかったとホッとしているが、他にも、聞くとドン引きしそうな “王子エピソード” が山程出てくるらしい。そんな事を聞かされると、まあ、付き合うのは無理だろうな……と納得するしかない。 


ところが困った事に、小森本人から直接何度も佐野さんにお断りを入れているのだが、彼からの食事の誘いは未だに絶えないと言う。


つまり、はっきり断ってもめげない! そんな強い精神力の持ち主……それが佐野さんなのである。


しかもその強靭な精神力が成せる業なのか、今回、クリスマス企画で1階4階のコラボ販売を実施しよう! という強引しかない接触を試みてきた。


そんな、無謀としか言いようのない企画が通ってしまうこの会社も凄いが、強引に4階側の担当を小森で指定してくる佐野さんも凄かった。


……ところがツメが甘い。

1階の担当がフロアーマネージャーなのに4階の担当が主任と言うのはおかしい!

と営業部長に指摘され、俺が担ぎだされた。 


マジか!!


と驚く俺の横で、狼狽える佐野さん。


しっかりしてよ!! あんたの企画だろ!!と応援するのも空しく、そういう形で落ち着いてしまった。


まぁ、飢えた狼の前に子羊を差し出すのもどうかと思っていたので、結果的によかったのかもしれないが、その後の佐野さんが頂けない。相手が俺に替わったとたん、明らかにやる気が失われていった。失礼ながら俺だってこんな企画やりたくない。


やる気の無い二人で、今日の午後から打ち合わせをしなければいけないなんて、こんな気の重い仕事があるだろうか?


もうさ、仕事に恋とか愛とか持ち込まないでほしい。

余所でやってくれ! ……と心から思うのである。




「まぁ、とにかく行くよ。 あ、14時からの予定だけど一応確認いれておいてくれるか?」


『わかりました』


とりあえず、小森の声を聞かせておけば少しは機嫌がよくなるだろう。

まったく面倒な話だ。


「じゃあ、俺、1番に行くから」


『え? 早くないですか?』


時計を見ながら小森が驚いた。たしかに、俺がこんな時間に昼飯を食べに行く事はほぼ無い。


「ん? ああ、食事しながら藤井に説明しようと思ってな」


『あ、でしたら、私が……』


「いやいいよ、俺が簡単に済ませておく。小森は外出の準備があるだろう?」


『あ、はい……お忙しいのに申し訳在りません。よろしくお願いします』


恐縮しながら頭を下げてくる小森に、慌てて手を振る。


「き、気にしなくていい。 俺も今食べとかないと、食いっぱぐれそうだったからさ。ついでだよ、ついで!」


食事がメインである事を強調する。あくまで藤井の事は二の次だ。決して小森の仕事を取り上げているわけじゃない。……誤解されると困るので、そこは念を押しておく。


ただ、そういう気まわしをしなければならない現状にも疑問を抱く。

たしかに藤井の事は小森に一任した。しかし、すべてを彼女に押し付けたつもりはない。

特に小森は、責任を背負いすぎる嫌いがあるからだ。このまま、なんでもかんでも一人で抱え込んでいたら、彼女自身が潰れてしまいかねない。それも正直困る。


小森ももう少し、余裕を持って仕事が出来るようになればな……。


この先の彼女の課題を考えながら、デスクから立ち上がる。その時、携帯の着信音が響いた。


……メール? しかもプライベートフォンだ。


勤務時間中はほぼ使わない携帯を取り出し、内容を確認する。


……またか。

その内容に思わず苦笑してしまう。


“フラれた。今晩付き合え”


……今年に入って何人目だよ? 


『何かありましたか?』


表情を読み取って気になったのか、小森が声を掛けてくる。


「香坂からメール。呼び出しだ」


『え、まさか?』


「ああ、またフラれたそうだ」


『ええ!! 今年に入って4人目じゃないですか?!!』


え! そんなになるのか……つまり、2ヶ月に1回この短いメールを受け取っている事になる。 って、業務連絡かよ。 一体どんな恋愛してんだ……。


驚くよりも呆れが勝った。


まぁ、こちらもいろいろお世話になっていますから、憂さ晴らしぐらいはお付き合いしますけどね……。


頭の中でこれからのスケジュールを組みなおす。

早めに退社できるようにして置かないとヤツはうるさい。


あぁ、思いの外、忙しくなってきた。 “了解” と短い返信メールを打って送る。


『千尋さん、凄いですね……』


「マネするなよ」


『で、できませんよ。そんな事!!』


小森をからかうが、相変わらず真面目に受け答えをする。


そういうトコも、もう少し柔軟になれたらいいと思うんだけど……。

まぁ、これはこれで小森の良い所なので軽く受け流しておく。


とにかく今は、食堂でランチをしていらっしゃるお嬢さんを、先に片付けなければいけない。


「さて、藤井が待ってるから、俺行くわ」


『なんだか平居さん、嬉しそうですね……』


「え?」


小森の意外なツッコミに驚いた。意趣返しだろうか? ……だったら


“嬉しそうって、社食だぞ。デートにもなりゃしない”……そう軽く、ノリで返そうと口を開けた瞬間。


『いえ、よろしくお願いします』


小森に再び頭を下げられた。 ……言い返すタイミングを失ってしまう。

しかも、オイ!とツッコむ為に上げた右手が、仕事を損ねて空しく彷徨う。


……ああ、そうだった。 小森はノリ・ツッコミをも、殺す女だった。


「ああ、まあ、……行ってくる」


上げた右手で、辛うじてそう返事したが、気持ちは敗北感で満たされた。仕方なく出口に向かうものの……なんだろう。

なぜかバツが悪い気持ちで事務所を後にするしかなかった。




読んで下さってありがとうございます。

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