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六人目の婚約者とも別れた私を、弟だと思っていた王太子が離してくれません  作者: 岸根しき


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最終回 最後に選んだ、世界一のひと


「お嬢様! 馬車を、馬車をお待ちください!」


「待っていられないわ!」


 止める侍女の声を背中に、私は屋敷を飛び出した。


 幸い王宮は目と鼻の先――ではない。


 走って行くには、かなり遠い。


 それでも今すぐ行かなければならない気がして、ドレスの裾を掴んで走った。


「姉様、何してるの!?」


 門の外で、剣の稽古から戻ってきたらしいユリウスと鉢合わせた。


「アレクに、会いに……!」


「その格好で王宮まで走る気!?」


「だって、馬車を待っていたら――」


「あいつなら後ろにいるよ」


「え?」


 ユリウスが呆れ顔で振り返る。


 そこには、稽古着姿のアレクが立っていた。


 驚いた顔で私を見つめ、その手には、またリンゴタルトの箱を抱えている。


「……エレナ。縁談は?」


 いつもの笑顔はなかった。


 十四年待てると言ったくせに、不安で仕方がなかったのだろう。箱を持つ指に、力が入っている。


 私は乱れた息を整え、彼の前まで歩いた。


「とても素敵な方だったわ」


「……そう」


 アレクの瞳が、はっきりと傷ついた。


 その顔を見たら、用意していた言葉が全部飛んでしまった。


「でも、アレクではなかった」


「え?」


「何を話していても、あなたならどう言うか、あなたなら何を知っているか、そればかり考えていたの」


 胸の前で、ぎゅっと手を握る。


「私は、年上の男性が好きなのだと思っていた。でも、本当に欲しかったのは、安心して頼れる人だった。私が自分で立つことも、弱くなることも、どちらも許してくれる人」


 一度、息を吸う。


「それが誰なのか、ようやくわかったわ」


 エメラルドの瞳が、期待に揺れた。


「十四年も待たせたのだから、これからは私があなたを幸せにする」


「……それ、求婚?」


「そう聞こえたなら、そうよ」


「じゃあ、もう保留は終わり?」


 アレクの声が震えていた。


 私は今度こそ逃げずに、彼の目を見て答えた。




「終わりよ。私も、あなたが好き」




「……え?」


 アレクは目を見開いたまま、ぴたりと動かなくなった。


「今、好きって言った?」


「言ったわ」


「僕のことを?」


「ほかに誰がいるのよ」


「もう一回言って」


「~~っ、もう! 調子に乗らないの!」


 恥ずかしくなって叱ったのに、アレクは頬が緩むのを隠そうともしなかった。


 いつもの、子犬みたいにくしゃりと崩れる笑顔。


「よかった……」


 そう呟くなり、私をぎゅっと抱きしめる。


「十四年も待ったくせに、いざ好きって言われたら、何を言えばいいのかわからなくなった」


「何よ、それ」


「だって、すごく嬉しい」


 肩口へ顔を埋めるアレクの声が、少しだけ震えていた。


 気づけば私は、幼い頃にそうしていたように、白銀の髪を撫でていた。


 アレクは嬉しそうに目を細めたあと、ふいに私の手を取る。


「この撫で方も好きだけど――これからは、弟としてじゃなくて、君の隣にいる男として見てほしい」


 そして私の前に跪き、まっすぐに見上げた。


「エレナ。僕と結婚してください」


 四歳の子どもが口にした、無邪気な「けっこんして」ではない。


 十四年間、私だけを想い続けた男性からの求婚だった。


 私は差し出された大きな手を、今度こそ自分の意思で取った。


「はい。喜んで」


 その瞬間、アレクの顔に、また隠しきれない笑みが広がった。







 私たちの婚約は、一週間後の夜会で正式に発表された。


 広間には王族と、国中の有力貴族が集まっている。


 五歳年上の伯爵令嬢が王太子妃になることに、反対の声がなかったわけではない。


「殿下には、より若く、多くの御子を望めるご令嬢のほうが――」


「正妃として迎えることは認めても、側妃については別にお考えいただかねば――」


 案の定、古参の貴族たちから声が上がった。


 私は隣に立つアレクの手を、そっと握った。


 大丈夫。今日の私は、ひとりではない。


 アレクも私の手を握り返し、一歩前へ出た。


「皆の懸念は理解している」


 よく通る、落ち着いた声だった。


「だが、エレナが私を誘惑したのでも、王家との縁を利用したのでもない。十四年間、求め続けたのは私だ。そして彼女は、王太子という地位ではなく、私自身を選んでくれた」


 広間を、まっすぐに見渡す。


「私は生涯、エレナだけを妃とする。彼女ひとりに王妃の責任を押しつけるつもりもない。次代の王室がどうあるべきか、彼女とともに示していく」


「これは、陛下とわたくしも承認した王家の決定です」


 王妃殿下が、国王陛下の隣でにっこりと微笑んだ。


「王の妃をひとりとする婚姻制度の検討は、アレクシスの成人前から進めております。未来の王と王妃が手を取り合うというのですもの。頼もしいではありませんか」


 あの「うふふ」は、やはりすべてご存じだったのだ。


 反論の声が、静かに消えていく。


 アレクは私へ向き直ると、皆が見ている前で私の手の甲へ口づけた。


「私が生涯愛する、ただひとりの妃です」


 広間が割れんばかりの拍手に包まれる。


 恥ずかしくて頬が熱い。


 それでも、握り返された手の温もりに、自然と背筋が伸びる。


 彼の隣で顔を上げ、未来の王妃として微笑んだ。







 婚約してからというもの、アレクの遠慮はすっかり消えた。


 朝は「今日も会えるのを楽しみにしている」と季節の花を一輪届け、公務が早く片づいた日には、昼下がりのお茶へ誘ってくる。


 夜会では未来の王妃となる私を堂々とエスコートし、最初の一曲を踊ったあとは、王太子として招待客への挨拶に戻る。


 どれほど私と一緒にいたくても、公務や社交を疎かにはしない。


 けれど、二人きりになった途端、その節度はどこかへ消える。


 私が刺繍をすれば当然のように隣へ座り、散歩へ出れば手をつなぎ、少し疲れたと言えば、休むまで心配そうにそばを離れない。


「人前では、ずいぶん余裕があるように見えたけれど」


「王太子だからね。あの場で君を独り占めするわけにはいかないよ」


 アレクは私の手を取り、指先へ口づけた。


「だから今だけは、王太子ではなく、エレナの婚約者として甘えさせて」


「甘えるって、何をすればいいの?」


「ずっとそばにいてほしい」


「……そんなことでいいの?」


「僕にとっては、それが一番の贅沢なんだよ」


 アレクは私の手を両手で包み、幸せそうに目を細めた。


 昔も、眠れない夜にはこうして私の手を握りに来た。


「本当に、昔から変わらないのね」


「同じじゃないよ」


「何が違うの?」


「今は、姉に甘えているんじゃない」


 アレクは私の手のひらへ頬を寄せ、まっすぐに私を見つめた。


「好きな女性の手だから、一生離したくないと思ってる」


 まっすぐすぎる言葉に、頬が熱くなる。


 この人は、婚約してから本当に遠慮がない。


「それなら――離さなければいいわ」


 私は包まれた手を握り返した。


「婚約者として。いずれは、あなたの妻としてよ」


 アレクの顔に、子犬のような笑顔が広がった。


「エレナ、好きだよ」


「私も好きよ、アレク」


 六人続けてハズレを引いた私は、自分には男運も、男を見る目もないと思っていた。


 けれど、あの頃の私にひとつだけ教えてあげられるなら。


 ――あなたが最後に自分で選ぶ人だけは、文句なしの大当たりよ。


 その人は十四年分の愛を抱えて、今日も私の隣で、誰より幸せそうに笑っているのだから。




最終回です!

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

年下の王太子に全力で溺愛される二人を、少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。


「面白かった」「二人のその後も見てみたい」と思っていただけましたら、応援していただけると今後の創作の大きな励みになります!


7/24(金)には短編の『婚約破棄の手紙を頼まれましたが、宛名は私でした』を公開予定です。

こちらもぜひよろしくお願いします!

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