一
私が峰岸先生を初めて見たのは、国会ではなかった。
正確に言えば、国会中継の映像の中では、もう何度も見ていた。けれど、私が初めて先生を一人の人間として見たのは、議員会館の地下にある喫茶店だった。
先生は、紙の束を机の上に置いていた。
今では、議員が紙の資料を持っているだけで、珍しいものを見るような気持ちになる人もいる。何でも端末に入っていると思われているからだろう。実際には、国会の中には紙が多い。資料も、質問も、答弁も、修正案も、紙で配られる。国を動かすための言葉が、最後には印刷機から吐き出されるということを、私はその仕事を始めてから知った。
先生の紙には、赤い線が無数に引かれていた。
私は約束の時間より十分早く着いた。先生はもうそこにいて、私が近づいても顔を上げなかった。
「水野さんですか。」
顔を上げないまま言った。
「はい。」
「座ってください。今、少しだけ見ていますから。」
私は向かいの椅子に座った。
机の端に、動画の印刷画面が置かれていた。私が作ったものだった。
上部に大きな文字で、
政府、答えられず。
と書いてある。
その下で、峰岸先生が答弁席を指さしている。実際の映像では、指したのではない。質問資料を掲げた瞬間を静止画にし、腕が答弁者へ向かって伸びているように切り取った。
再生回数は二百八十四万回だった。
私はその数字を毎日見ていた。伸びた、止まった、また伸びたと、株価でも見るように確認していた。それなのに、印刷された数字を見ると、急に他人のもののように思えた。
「これを作ったのは、あなたですね。」
「はい。」
先生は紙から目を離さなかった。
「題名も。」
「はい。」
「私は、完全論破とは言っていません。」
「動画の中では使っていません。」
「題名に使っています。」
私は何か答えようとして、やめた。
先生は怒っているようには見えなかった。声も平らだった。問い詰めているというより、記録を確認しているようだった。
「どうして、この題名にしたんですか。」
「分かりやすいからです。」
「何が分かりやすいんです。」
「どちらが、何を主張しているかが。」
「どちらが勝ったかではなく。」
「結果的に、そう見える題名ではあります。」
「結果的に。」
先生はそこで初めて私を見た。
目の下に、薄い影があった。動画の中では気付かなかった。国会では照明が強く、顔の細かな陰影が消える。字幕を付ける時、私は先生の表情を何百回も拡大していた。それでも、その影を見たことがなかった。
「あなたは、この動画で私が勝ったと思いましたか。」
私は少し考えた。
「思いました。」
「何に勝ったんです。」
私は答えられなかった。
質問に対して答弁者が明確な数字を答えられなかった。先生は事前に資料を用意し、その数字を示した。政府が把握していなかった事実を、先生が示した。少なくとも動画の中では、そうだった。
けれど、何に勝ったのかと聞かれると、分からなかった。
「政府に、と言うつもりでしたか。」
先生が言った。
「はい。」
「政府という人はいません。」
先生は紙を裏返した。
「大臣がいて、官僚がいて、審議会があって、自治体があって、委託先がある。あの場で答えた人が、制度の全部を作ったわけではありません。私も、あの質問を一人で作ったわけではない。」
「でも、先生が質問しました。」
「そうです。だから、私の責任です。」
先生は、責任という言葉を、どこかに置くように言った。
私は、その時の先生を立派だと思った。
質問を一人で作ったわけではないと認めながら、それでも自分の責任だと言う政治家は少ない。少なくとも、私が見てきた動画の中では、少なかった。
「私は、あなたを責めるために呼んだのではありません。」
「では、なぜ。」
「私の動画を作ってほしいからです。」
先生は言った。
「今までどおりに、ですか。」
「今までどおりでは困ります。」
先生は紙の束を閉じた。
「短くするのは構いません。誰も二時間の委員会を最初から最後まで見ません。私だって、全部の委員会を見てはいない。けれど、短くすることと、別のものにすることは違います。」
「意味を変えないでほしい、ということですか。」
「意味というものは、切った時点で変わります。」
先生は少し笑った。
「だから、変えないでほしいとは言いません。どう変えたのかを、あなた自身が分かっていてほしい。」
その言葉が、私は気に入った。
編集は意味を変えないためにするものだと、多くの人は言う。冗長な部分を落とし、本質だけを残すのだと。
けれど、本質がどこにあるかを決める時点で、編集者は意味を作っている。
私はそのことを知っていた。知っていたが、口に出して言われたことはなかった。
「報酬は、今のチャンネルより多く出せません。」
先生は言った。
「構いません。」
「即答ですね。」
「お金が目的ではないので。」
「では、何が目的です。」
また答えられなかった。
政治を若い人に届けたい。
国会を身近にしたい。
隠された問題を可視化したい。
どれも、面接で言うために用意したような言葉だった。
私が政治動画を作り始めた本当の理由は、再生されたからだった。
最初に上げた動画が三十万回見られた。
それまで私が何を作っても、千回を超えなかった。大学の課題で撮った短編も、友人のバンドの映像も、自分で作った解説動画も、誰にも見られなかった。
国会の映像だけが、見られた。
私は、その理由を政治への関心だと思うことにした。
「すぐには答えなくていいです。」
先生は言った。
「答えられるようになった時に、教えてください。」
私は、その日から先生の事務所で動画を作ることになった。
後になって考えると、先生は最初から、私が答えられないことを知っていたのだと思う。
先生自身も、同じ問いに答えられなかったからである。




