第200話 「ルクセンブルク」の最期
「戦艦『フソウ』、通信途絶!」
「巡洋艦『ヨークシャー』、総員退艦命令出ました!」
「駆逐艦『ウォーカー』、撃沈されたと艦載機から報告が!」
次々に被害報告が相次ぐ。元々分艦隊九隻に寄せ集めの艦が五隻くっついていた。それがもう半分の七隻しか残っていない。要塞内に浸透した敵機の対艦ミサイル攻撃によって、あるいは突入してきた敵艦によって、次々撃沈されていった。
オイゲンにとって誤算だったのは敵が多方面から攻撃を仕掛けてきたことだった。
無論、上下の概念のない宇宙において要塞化する以上は、全方位からの攻撃を予想して迎撃資材を施設するのは当然のことだ。事実オイゲンもそうした。その上で機動防御を展開し、レーダー情報に基づいて兵力を派遣。防御側の利点を遺憾なく発揮するつもりだった。
が、攻撃前、レーダー上の光点は大きく二つに分かれて展開していた。
一つの分艦隊なら、それを更に分けることは考えづらい(指揮統制の最小単位が分艦隊なのである)し、それだと数が合わない。
敵は、初めからこちらの二倍いたのだ。
そのため「ルクセンブルク」艦載機隊は、二正面の敵に対応するために、身が引き裂かれんばかりだった。更には急ごしらえの防御装備が役に立たないということもすぐに分かった。単純に位置が悪かったり、味方の後退を邪魔したり、そもそも場所がバレやすかったりと、検討する時間もなしに置くだけ置いたツケが回ってきたのである。
そして本隊からの連絡もない。
本来なら反撃のための戦力としているべき彼らは、影すら見えない。
「……やむを得ん」オイゲンは、ある決断を迫られた。「泊地を放棄する」
「艦長⁉」ヴィクトルは驚いたような表情を見せた。「この状況下でですか⁉」
「敵の攻撃が止むときは俺たちが全滅したときだけだ! 動ける艦は各個に指定ポイントに向けて離脱せよ。艦載機隊は最寄りの艦の後退を支援しつつ、本艦に合流! ……『ルクセンブルク』は抜錨! 速やかに現宙域を離脱す――」
「――敵機直上ッ!」
何、とオイゲンは自分の命令を遮ったその声に凍り付いた。デブリの合間を縫って、探知を抜けて来たとすぐ理解できたが、その手口が分かったから何だというのだ?
発射されるミサイルを、避けられるとでもいうのか?
「急降下ッ――!」
「迎撃、」オイゲンは叫んだ。「弾幕ッ」
「やってますッ!」
火器管制官の言う通り、既に対空ミサイルと対空機銃はその四発のミサイルに向けられていた。が、元が護衛艦に守られているのが前提の宙母である。その個艦対空能力は最低限度だ。そして現代のミサイルはその程度の迎撃はスルスルと抜けていく。
「総員、対ショック姿勢!」
オイゲンは、そう叫ぶのが精一杯だった。レーダー上の光点が中央に吸い付く瞬間彼は咄嗟に甲板を見た。そのときまさに、そのど真ん中を、ミサイルが貫いた。
光。それと同時にオイゲンは自分の体が大きく浮き上がるのを感じた。それが彼の感じた最後の感覚だった。
「……艦長、」そのヴィクトルの声が、彼を起こすまでは。「艦長!」
ゆっくり目を開けると、いくつものデブリの浮いた向こうにボロボロの天井が見える。どうやら、まだ生きているらしい。全身を走る痛みに――肋骨が折れているのか? これは――耐えながら身を起こすと、艦長席のあったところには甲板だったものが艦橋の外壁を破って突き刺さっている。
その脇にはそれが避けられなかったらしい乗組員の体の部品と一緒に、座席が浮いている。大方、爆発で急なGがかかった瞬間、オイゲンの重量にいい加減耐えきれず、固定ネジが千切れ、彼を空中に放り投げたのだろう。そのおかげで助かったとなると、少々複雑だったが。
「……状況は」
いつまでも呆けてはいられない。オイゲンは、ヘルメットのバイザーのヒビが入った部分にテープを貼っている以外は奇跡的に無傷らしいヴィクトルにそう言った。勤勉なこの部下のことだ、艦長の意識がないのを確認した時点で指揮を引き継ぐ気で情報を収集していたに違いない。起こしたのは、どうもまだ生きていると後で気づいたからだ。
「……艦長」しかし、彼が勤勉だからといって状況が改善するわけではない。「機関部及び格納庫が全滅です。それと……艦体が中央部で断裂しています。復旧は不可能です」
……のちにプディーツァ軍によって書かれた公刊戦史には、このときの「ルクセンブルク」の詳細な被害状況がどこか誇らしげに記されている。
宙母「アレクセイ・ブルシーロフ」所属カモフ隊のヒョードル・ルカシェンコ中尉機とプラグマ・クロッカ少尉機によって放たれた合計四発の対艦ミサイルは、内一発は対空砲火によって弾道が逸れ目標を外したが、残りの三発は艦の中央から後部にかけて命中。
一発が機関室に飛び込み搭載された重力エンジンを全て破壊。
更に格納庫を直撃した一発は弾薬庫に誘爆を引き起こして整備班長ウォルル・フォルル少佐以下損傷機の再整備に取り掛かっていた整備兵全員を戦死させた。
最後の一発は居住区の圧縮空気タンク――戦闘前の予備減圧によって要らなくなった空気を保存しておく装置――の一番を貫通して爆発。高圧の空気は爆炎を本来の威力より膨れ上がらせ(オイゲンが見た光は恐らくこれだ、艦内で起きた爆発が艦橋から見えるはずがない)、「ルクセンブルク」の艦体を内側から叩き折った――と。
もちろんこれは戦後残骸を調査したプディーツァ軍が残したもので、つまりそのときのオイゲンにはそこまでの詳細は分からなかったが――しかし、ヴィクトルの報告だけでも、充分だった。
「……総員退艦」少なくとも、この命令を下すには。「各艦にも伝えろ。あとは各艦長の良心に基づいて行動せよ、無駄死にはするなと」
それは、投降を許すということだった。旗艦にして宇宙戦の要である宙母が撃沈された今、消耗した補助艦艇だけで戦闘したところで勝ち目はなく、そうして粘ったところで味方による支援も期待できない。絶望的な抗戦を命令してしまったオイゲンの、最後の良心だった。
「……了解。」苦虫を嚙み潰したような顔をして、ヴィクトルは頷いた。「無事な脱出艇を用意させます」
「脱出が完了するまで、俺はここを動かん。ここを脱出のための司令部として使う。お前は生き残りを集めてこい。これが俺の最後の仕事だ。しくじるなよ」
その言葉に、ヴィクトルは足を止めた。彼には今のオイゲンの言葉が、どこか別の意味を持っているように感じられた。何故、俺たちではないのか? お前でもないのか?
そのとき思わずヴィクトルはオイゲンの目を見た。
そして、息を呑んだ。
それが、どう見ても、死人の目だったからだ。
古今東西、艦長というものは、艦に生き艦に死ぬ。
その慣例に、彼もまた従おうというのではないか?
「何をしている。早く行け」
急かす彼の態度も、やはりどこか怪しく思われた。今の彼を一人にすれば、何を決断するか分かったものではない。見た限り、腰に下げている自慢のコルト・シングルアクション・アーミーはまだ健在のようだったし、いくらでも方法があるのが宇宙という厳しい環境だった。
「中年のセンチメンタリズムは、」だからヴィクトルは、精一杯言葉を選んで、オイゲンを睨みつけるようにして、言った。「みっともないですよ」
すると一瞬、オイゲンは虚を突かれたような顔を見せた。自分が何を考えていたのか、自分でも気づいていなかったらしい。半ば本能のように、それを選択していたようだった。それから、少し俯くと、ふう、と深く溜息を吐いた。
「分かっている。こんなオンボロ艦と一緒にくたばる気はない。脱出が終われば、俺も行く。だが……」
オイゲンは立ち上がって窓から甲板を見下ろした。かつてコンテナを大量に積んでいたそこには、さっきまでは本来の役目として艦載機が積まれていたが、今はそこに大穴が開いている。もう、何も載せることはできない。軍艦であることを考慮しても、一体どちらの方が彼女にとって幸せだったのだろうか。物言わぬ鉄の塊に聞いて答えが出るはずもないが、オイゲンの答えははっきりしていた。
「……クソッタレ、俺に艦を沈ませやがって」
ふとオイゲンは上を見上げる。そこを二機のエンハンサーが戦闘しながら通過していく。その追われる側の特異なシルエットに彼は見覚えがあった。
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