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第162話 罠

「⁉」驚きの声を上げたのはブリット以下の中隊員たちではない、ユーリだった。「逃げる⁉」


 それは全くの想定外だった。今まで通りなら、「サボテン野郎」はユーリを狙って散開しつつ数に任せて攻撃してくるはずなのに、その真逆をやったのである。唯一勝ち目のある接近戦を捨てた。一瞬、意味が分からなかった。それではいい的になるだけである。ユーリは機体を反転させた。敵の方からこちらに背を向けるならば、退く必要は一切ない。照準器を覗き込んで、敵に合わせ――られない。


「『サボテン野郎』……!」


 ユーリは歯噛みした。スコープ一杯に広がるのは、艦、艦、艦。それも全て味方艦である。それらは衝突防止のため間隔を空けて航行してはいるものの、敵エンハンサーに一隻が殺到されないように、相互援護可能な距離を保っている。


 それが何を意味するのか。


 つまり――狙撃対策にはもってこいの障害物が生まれるということである。


(やられた……! 宇宙空間なら障害物がないことを前提として、この『バレット』は設計されている。その長射程も何もかも、攻撃隊を艦隊に取りつかれる前に一方的に嬲るためのものだ。だが、この状況では持ち腐れだ、味方を撃つわけにはいかない!)


 こうなっては、火力は仇となった。駆逐艦の主砲と言えば戦艦相手には豆鉄砲のように思えるが、これでもブリッジなどを直撃すれば当然司令部を吹き飛ばすことぐらいはできてしまう。そうでなくても、装甲の薄い部位などに当たれば、被害は出るのだ。それをやるわけにはいかない。


(どうする――どうする、どうする)


 すると、ジレンマを突きつけられたのはユーリの方だった。このままでは「サボテン野郎」を逃がすことになる。だが、敵を追えば「バレット」では不利な接近戦を挑まれることになるだろう。味方艦の陰に隠れて囲み放題だ。対空砲火があるとしてもそれは、艦に近づきすぎない限りはそうそう当たるものではない。


 ――罠だ。


 それは直感できた。敵の土俵ではなく自らが有利なフィールドに誘引して叩く。それは戦いの基本だ。それを敵は徹底しているのだ。これほど分かりやすい例はない。


 故に、これが分からないユーリではない。分からなかったなら、とっくの昔に死んでいる。彼とて最早素人ではないのだ。何十人と敵を殺してきたエースパイロットである。


(分かっている……しかし、)ギリ、と音が鳴るほど彼は操縦桿を握り締めた。(しかし、俺は奴を追わなければならない! 奴を殺さなければ、気が済まない! アンナの仇を討たぬことには……!)


 勝機がない、わけではない。「バレット」にはその増加した重量を支えて余りある推力がある。それを生かした一撃離脱――そうすれば、「ロジーナⅣ」では追いつけない。それに、味方艦という監視網がある。その中にいるのなら、必ず敵は発見できる!


「だから今は、虎穴に飛び込むときだッ!」


 ユーリは味方の対空砲火も恐れずに機体を、正面に対して互い違いになるよう規則正しくならんでいる艦の合間合間に滑り込ませていった。既に砲撃戦が始まっている。急がねば、奴は逃げる。


(どこだ――どこへ隠れた?)


 艦の横を高速で通り過ぎる。艦隊からのデータリンクで敵のいる位置は掴んでいたが、それは無数に展開している敵攻撃機ばかりで、目当ての「サボテン野郎」を見つけることには繋がらない。


 ユーリは、するとそれらを虱潰しにしていった。通り魔のようにそれらの背後を取ると、違うと分かれば、編隊長機だけを撃墜して離脱した。そうすると敵は組織的な反撃ができなくなり、離脱はより容易になる。


「クソッ、」しかし、五機目を落とす頃には、苛立ちは隠せなかった。「また違う! 奴はどこに行った! こちらを撃墜したいんじゃないのか!」


 味方艦を狙った敵艦隊からの流れ弾を回避しつつ、ユーリは悪態を吐いた。レーダーに映る敵影の位置は目まぐるしく変わっていく。その数は増えていっていたのだ。今となってはそのどれが既に接触した敵で、どれがまだ確認していない敵なのか分からない。完全に乱戦模様だった。


(これも、『サボテン野郎』の狙いか。こちらを撹乱して、隙を作ろうって魂胆……!)


 こうなっては、味方艦という目の多さが仇となった。対する「サボテン野郎」は、必要十分な目だけで行動できる。編隊を広く取って、それぞれを端末として偵察を――アラート!


 後ろだ!


「チィッ」


 舌打ちをしながら、ユーリは回避機動を取る。攻撃機ではない、というのは、対エンハンサー・ミサイルの反応が後ろから追いかけてきたから分かったことだった。それを旋回で振り切るのは不可能だと判断したユーリは、味方艦の上スレスレを航行することでミサイルをその分厚い装甲にぶつけてやった。だがその母機はあっさりとその罠を見破って追いかけてくる。味方対空砲がそれに向かって斉射を行うが、それすら賑やかしに過ぎない。


「舐めるな!」ユーリはそれでも冷静そのものだった。「方法はあるんだよ!」


 彼はミサイルポッドを起動した――そう、通常のスナイパー機と違って追加ジェネレーターを積んでいる「バレット」にはそれがある。LOALモードにシーカーをセット。慣性誘導で背後へ発射。ただのスナイパー機だと思っていた敵は一瞬焦って、回避機動を取りながらバルカンやビームライフルで迎撃を試みる。そこに生まれた隙を突いて、ユーリはスラスターを限界まで吹かした。軽量高出力の「ロジーナⅣ」であっても、その推力重量比には敵わない。あっという間に引きはがす。


(だがこれで『サボテン野郎』にこっちの位置が分かったはずだ。奴に主導権はある)


 それは避けたいことではあった。先手を打ってなんぼのスナイパー機で後手に回れば、そこから仕切りなおすのは通常困難だ。まして、相手は「サボテン野郎」である。さっきのような手下ならいざ知らず、本人では今みたいな手は通用しないだろう。迎撃・回避しながら突進してくる。それだけの技量がある。


 とはいえ、来るというなら――それは好都合ではあるのだ。探す手間が省けるというものである。無数にいる敵の中から見つけ出すのが困難だったから、今みたいに後手に回ることになるのだ。


 問題は、その来るのがどこからか、ということだ。艦隊からのレーダー情報は接近してくる敵機を多数捕捉していた。だがどれが「サボテン野郎」の手下で、どれが無関係な攻撃機で、どれが本物の「サボテン野郎」なのかまでは、やはり分けて報告してくれない。全て「ロジーナⅣ」として表示されるだけだ。


(どれだ⁉)ユーリは味方対空砲の誤射をかわしながら、それを注視した。(僕になら分かるはずだ。奴らしい動き、奴の小隊の考えそうなこと――その裏を掻かなければ!)


 まず後ろの敵はなしだ。こちらの最大推力についてくることはできないから。その報告は部下からも受けているだろう。あのイボのついた機体が「ロジーナⅣ」とそれほど推力の面では違いがないことぐらいはユーリにも想像がつく。


 次に正面。これもあり得ない。確かに、そうすれば最も早く接敵できるだろう。スナイパー機に対しては接近戦に持ち込むのが最上の策だ。一見、一番いい判断のように思える。しかし、実際には――それでは、「ミニットマン」の装甲を抜くことができない。それに、スナイパーにとって正面とは最も撃ちやすい方向である。障害物の陰に隠れて接近すればそれを誤魔化すこともできるが、それでは利点である速度面の有利を打ち消すことになる。そんな馬鹿をするとは思えない。


 だとすれば――残るは側面。これならば重装甲の「ミニットマン」といえども一たまりもない。スナイパーとしても火力を指向しにくいし、運よく背面を取れれば、無抵抗なままユーリ機をバラバラにできることだろう。


(だが、)そこまで一瞬にも満たない時間で考えて、でもなお答えが出ない。(どの側面だ⁉)


 なるほど、これが地上戦なら彼は迷うことはなかったのだろう。二次元の空間では、側面とは左右二つしかない。だがこれは宇宙空間――三次元の戦い。側面と呼べるのは一八〇度に渡る――そこには編隊が複数。一体どれなのだ⁉


(足の遅さでどれが攻撃機かは何となく分かる。だがそれらを除外しても二つ――一体どっちだ⁉)


 二分の一。


 二機編隊が二つ。猶予はあと数秒もない。既にミサイルの射程に入っているのに向こうが撃たないのは、シーカーの誤作動による同士討ちを恐れているから。だがビームライフルの射程に間もなく入ってしまう! 対空砲の雨の中を抜けて静かに照準できるようになれば、きっと撃ってくる!


 ユーリは見比べる。どちらからより濃く「匂い」がする? 動きが臭いのはどちらだ? わずかな姿勢制御、艦をかわすときの癖、そういう細かい違いを見分けていく。どちらも似たように思えた。だが猶予はない。どちらかに決めなければならない。


「くッ」


 ほんのわずかな差。そこにユーリは賭けた。その編隊に砲身を向け、見越し点を取る。そして、味方艦の陰から飛び出した瞬間――トリガー!


「!」


 しまった、と思ったのはその瞬間だった。飛び出した影に、射撃は確かに命中した。胴のど真ん中を撃ち抜かれた敵機は、あっという間に四肢が弾け飛んでバラバラになった。そうして煙と炎の集合体となって、慣性のままに別の味方艦の装甲に当たって、飛び散る。


 が、それは、「サボテン野郎」ではなかった。


 その手足はつるつるとした装甲板。


 イボは、ない!


(読みを外した――⁉)


 背後からアラート。ビームライフルの連射が来る。それをロールで回避しながら、ユーリはその方に遅ればせながら砲身を向けた。全く無抵抗なままやられるつもりはなかった。せめて差し違えるという覚悟がそうさせた。


 しかし、それは、空振りに終わる。


 何故ならそれは――その敵もまた、「サボテン野郎」ではなかったからだ。


「何っ⁉」


 今度こそ、声が出た。驚きのままに引き金を引くと、不用意に近づいていた敵機は咄嗟に回避機動を取ろうとしたようだったが、その胴体正面を掠めた光弾がそこを滅茶苦茶に引き裂いてしまい、すぐさま空中分解を起こした。やはり「サボテン野郎」ではない。こんなへっぴり腰の弾に撃墜されるはずはない。


(どういうことだ、どういうことだ、どういうことだ⁉)ユーリは今度こそ混乱した。(何故奴はいない⁉ 何故どちらも奴じゃない⁉ ……読みを間違えた? ならどこから――⁉)


 その瞬間だった。


 強烈なプレッシャーを感じ取ったのは。


 左側面。攻撃機がいるはずの方角。関係ない。回避機動――被弾。


「グゥッ」


 警報音がヘルメットの中で鳴り響く。外装神経接続が「バレット」の照準システムが破壊されたことを知らせる。「サボテン野郎」は、正確にそれを狙ったのだ、逃げられた場合に備えて――。


 そう、「サボテン野郎」はいた。


 一番後から、ようやくユーリ機を追い詰めにかかった。


(まさか――)ユーリには、その手品がすぐに理解できた。(こちらが飽和状態になるのを待っていた⁉ そのために、加速力を抑えて――こちらが攻撃機と誤認するように⁉)


 つまり、わざと遅れていったのだ。真っ先に突撃したのでは、他の二機のようにあっさり迎撃される。だから、一撃、そして二撃目まで待って――それからようやく仕掛けたのだ。


「――捉えた!」


 エーリッヒはビームサーベルを抜いた。既にその距離である。ミサイルは安全装置が働いて役に立たない。対するユーリもまたサーベルを抜こうと構えたが、エラー。左手の被弾は、その骨格を破損させ、ウェポンラックを稼働不能に追い込んだのだ。


「しまッ……」


 やられる。推力で振り切ろうにも、もう遅い。対応の遅れが何より致命的だった。援護してくれる味方も、もういない。彼自身が拒否したのだから。だから彼にできることというのは、その輝きを増して、大きさを増していく刀身のきらめきをじっと眺めるぐらいのことだった。瞠目はしない。ぎっと睨んで、心まで支配されないように――。


 そして、彼を消す光が装甲を突き破――らなかった。

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