第149話 遠心力、求心力
「は? マジ?」
昼食時、サンテはマルコの言葉を聞いて、口にしていたものを噴き出すところだった。
「カニンガム中尉、マジでやったの?」
「マジでやった、とは?」
「いや、実はけしかけたの俺って話……で、さ」
いかにもばつが悪そうに表情を歪めながら尻すぼみになってサンテは言う。これにはさしものマルコも眉を顰めた。
「お前……」
「いや、マジでやるとは思わなかったんだってば! 信じてくれ! 確かにあの状況でからかおうとしたのは不謹慎だったし内容も内容だったが、その馬鹿を本当に実行すると誰が思う⁉」
「ただでさえ危ういバランスで立っている状態で背中を押しておいてよくも言うな。崖際に立っていたんだぞ彼女は」
「うー……分かってるよ。流石の俺も今回ばかりは反省してるんだぜ? 悪かったよ」
「謝るなら本人に、と言いたいところだが、この場合はこじれるからいい……それより、だ」
マルコはフォークでミニトマトを突き刺してから、それをサンテに向けて言った。
「それより、償う気があるなら俺のやることを手伝え。どの道俺一人ではできないことだ。お前の協力なしにはな」
「協力って、」赤い球体から僅かに飛び出た切っ先にたじろぎながら、サンテは言った。「何をだよ」
「二人の仲を取りなす。最低でも以前の関係に戻す。手伝え」
「お、おいおいおい。今お前何て言った? 戻すって?」
「ああ言った。何か問題が?」
「問題大ありだろうが。できると思っているのか? 片や逆レイプして、もう片方はその被害者なんだぞ? 普通それを引き合わせるなんざ、何かの犯罪ですらある。俺はそう考えるがね」
「それは、その事態を誘発した人間の言葉ではないな。責任感を少しも見て取れない」
「それとこれとは別だ。可能か不可能かの話をしている――それとも何か? 悪事をした人間には無理難題を言っても構わんと言うのがお前の考えって奴か?」
「可能か不可能かではない、やるんだ――想像しろ、今の状態で戦場に出ることを。連携に支障が出る。それでは敵に勝つことはできない」
「分かっているよそのぐらいのことは。だがな、世の中できることとできないことがあるんだ。こりゃただの色恋沙汰じゃあない。こじれにこじれて修復不可能なそれだろうが。」
「ならその片棒を担いだのは誰だ」
「だーかーら。俺はほんの冗談のつもりだったんだってばって……」そこでサンテは深く深く溜め息を吐いた。「やめだ、やめやめ。このままじゃ千日手だぜ。いつまで経っても結論なんざ出やしない。ここは一つ、考え方を変えようぜ」
「考え方を?」マルコは訝しんだ。「具体的には?」
「そもそも、関係の修復が必要なのか、ってことだ……第一、これはアイツら二人の話であって、俺たちの話ではないだろう。首を突っ込む必要はあるのか」
「それならもう言ったはずだ。戦場での連携に支障が出る。それを分かったとお前は言ったんだぞ」
「言ったともさ。だがな、よくよく考えれば戦場に私情を挟むほどアイツらも馬鹿じゃあないはずだ。何たって自分の命が懸かっているんだから。お前の立場だったらそうするだろう?」
「それは……」マルコはそのとき実際にシミュレートした。今までで一番嫌な上官の顔を思い出しながら、苦手なミニトマトを口に運んで。「そうだが」
「だろうが――それにだぜ、そもそも今の俺たちに連携も何も必要ないんじゃないか?」
「? どういう意味だ?」
「だから、『白い十一番』様がいらっしゃるだろうが――それも狙撃用の最強装備を背負っている。ここはいっちょ、それに任せて俺たちはその落穂拾いをすりゃいいんじゃねえのかって、そういう意味だ」
なるほど、どうやっても射程には差がある。一方が狙撃砲を持っていて、片一方は通常のビームライフルであるからには、前者の方が先に敵と交戦することになる。だから、その長射程によって露払いをしたのち、仕留め損なったか、あるいは混乱の中にいる敵を小隊のメンバーで狩る方が効率がいい、ということらしい。
それは確かに合理的な判断だろう。現に似たような戦い方を、彼らは一時期やっていて、それなりに戦果を挙げていた。
「待て」だが、だからこそマルコは反論した。「それは危険な考えだ。先の戦闘では、その射程の隙を突かれて、危うくユーリが撃墜されるところだったではないか。やはりカニンガム中尉の言う通り、本来の連携スタイルに戻す方がいい」
確かに射程が長いということは、敵を一方的に撃墜するチャンスができるということである。
しかしそれはチャンスであって、確定された結果ではない。
弾が当たらないことだってあるし――中々ないことだが、敵が避けることもある。先の戦闘ではまさにそれが起きて、小隊メンバーとユーリ機の間にできた隙間に敵部隊をねじ込まれた。その失敗から学ぶ必要はある。
「そりゃ宝の持ち腐れだ。」だがそれではサンテは納得できなかった。「折角の新装備だというのにその火力も機動力も生かさないって、お前どうしたんだよ、エンハンサーオタクだろ?」
「それとこれとは別だ。確かにあの『バレット』とかいう兵装は気になるところではある。一撃で撃墜できる火力と追加ブースターの速力の優位性は明らかだろう。だがそれに頼り切って連携を疎かにするのは危険すぎるというものだ」
「性能は性能だろう。生かして初めて戦闘に勝てるってもんだろうが。俺たちだって『ミニットマン』の性能があるからここまでやってこれた。それと同じだぜ」
「だが、気にならないか?」マルコは残りの食事に手をつけずに身を乗り出して、言った。「今のユーリは、たった一人だ」
「一人なものか。俺たち護衛がいるだろう」
「そうじゃない。たった一人だけ『バレット』を受領して、たった一人だけで俺たちを撃墜して、たった一人で敵と戦おうとしているのが、分からないか? ……これが、アイツの正しい在り方か? アイツ一人に全てを押しつけるような真似を、俺は一人の兵士としてしたくはない。してはならないと思う」
「随分買っているんだな、ユーリのことを」
「茶化すな。忘れているかもしれないが、俺たちは大人で、アイツはまだ子供なんだぞ」
「だが、俺たちより何倍も強い。それを使わない手はないし、アイツもそれを望んでいる。それのどこが悪い」
「お前は!」思わず、マルコは立ち上がった。「分からないのか、このままじゃユーリは壊れるかもしれないんだぞ。俺たちの誰かが、そのせいで死ぬかも分からないんだぞ。そのことが分かっているのか?」
食堂中が、静かになった。気がした。それだけ大きな声をマルコは出した、一瞬ざわざわした雑音が消え失せるほどに。
「…………あのな」
しかしサンテは、呆れたように食事を口に放り込みながら、言った。
「俺だって、ユーリのことが心配じゃあないワケじゃあない。ヒビが入っていることも理解している。だが、だったら今以上にその傷口を広げたり、塩を塗ったりする必要はないんじゃないか? それに、ほら、元々これはカニンガム中尉とユーリの問題なんだぜ? 俺たちが関与する必要はない。違うか」
いつの間にか、サンテは自分の食事を全て済ませていたらしかった。彼は最後の一口を食べきると、プレートを持って立ち上がった。
「ごちそうさま――じゃ、先行くぜ」
そう言うと、それから返却口の方へ先に行ってしまった。それは決定的な決裂だった。追いかける気力すら、マルコにはない。それだけ深い溝が、二人の間には刻まれてしまった。
「――違う」その背中に、小さくマルコは呟く。「以前なら、そんなことは言わなかったはずだ。お前だって」
かつては、皆が同じ方向を向いていた。
今では、皆が反対の方向を向いている。
その事実が悔しいほどはっきりとして、マルコはテーブルに拳を振り下ろした、何も意味がないと知りながら。
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