第146話 キルゾーン
状況はこうだ――一個中隊規模の攻撃隊を、ユーリは一機で護衛する。対するノーラ側は仮想上の母艦からのフィードバックを受けながら誘導され、その攻撃隊を迎撃する。
当然、チーム分けはユーリ対その他メンバーだ。一対三だが、ユーリはあっさり受け入れた。
「アナタの勝利条件は、」その上でノーラはユーリに言った。「攻撃隊を十全な状態で維持し、艦隊に突入させること。この十全な状態というのは、一機たりとも撃墜されないことであり、被弾しても攻撃能力を維持した状態のことを指します――いいですね?」
「もちろん。それより、もっと数を多くしても構わないですよ? どうせアナタたちは僕の姿を見ることもなく撃墜される」
その言葉にサンテは思わず激発しかけたが、マルコが制止した。
そうして、各員機体に搭乗し、シミュレーターモードが開始される――目の前に広大な宇宙が生成され、母艦隊が眼下に広がる。その上をノーラたちは航行していた。
「データリンク接続――各機、準備はいいですか」
応、と返事が返ってくる。それにハンドサインで応じると、それは無線封止の合図にもなった。熟練搭乗員の駆る三機の「ミニットマン」が、シミュレーションの宇宙を疾駆する――ただし、その軌道は真っ直ぐ敵部隊に向くものではない。
ノーラには考えがあった。それを示すように、ぐるりと手を回すようにしてジェスチャー。味方機もそれが分かったように異論なくついてくる。
というのも、だ――敵部隊に真っ直ぐ突っ込んでいったのでは、ユーリの思う壺だからだ。
(彼の機体特性を考えるならば、)ノーラは思考する。(敵中隊は餌として使われることだろう。それに真っ直ぐ向かって行ったのでは、容易に艦隊という電波発信源からタッチダウンルートを予測されて待ち伏せされる。だがこちらは一機傷つけさえすればいい)
だから、つまり、彼女はこう考えたわけだ――敵編隊の後ろに回り込めばいいのだと。
普通なら、よっぽど余裕がない限りしない戦法である。
故にシミュレーションだからできることではあるが、条件を設定した時点で、考えていた戦い方ではあった。彼はその仕組まれた条件を拒否しなかったのだから、別に問題はない。
手段は選んでられなかった。
ユーリを、元に戻すために――彼女の愛した彼に戻すためには、たとえズルや不正の類であったとしても、利用せずにはいられなかった。
(ユーリ・ルヴァンドフスキ――アナタはもっと明るく、真っ直ぐで、素直な人間だった。あるいはそうあるべき人間なのだ。だから、そうさせてみせる。たとえ、どんな手を使ったとしても――)
そうして、ノーラたちは敵中隊の後ろに回り込む。案の定、そこにユーリ機の姿はない。編隊前方に出ているのだろう。正面のメインセンサー類には映って、後方のサブセンサーには映らないぐらいの距離を維持して、ロックオン。連続波を浴びた敵機は旋回機動に入ってその照射から逃れようとするが、「ミニットマン」の優れた電装系はその逃避を許しはしなかった。彼女はユーリに願いを込めて、そのトリガーを、
引こうとした、その瞬間だった。
「――⁉」
目の前が光ったのは――それは、直撃弾ではなかった。というのも、彼女を狙った一撃ではなかったからだ。編隊最後尾にいたマルコが、その餌食となってシミュレーションから弾き出される。
だが問題はそこではない。
その光の束が、後ろからきたこと、それこそが問題だった。
スナイパーに、後ろを取られた!
「……フォックス2! フォックス2! 一機でも落とせば、こちらの勝ちだ!」
だが、彼女は冷静だった。ロックオンを外さずに、ミサイルを発射する。自分で設定した勝利条件を忘れたわけではなかった。遅れて冷静になったサンテ機もまた、同じようにミサイルを発射する。それと同時に、旋回。ファイア・アンド・フォーゲットができるミサイルは、母機からの支援なしでも目標へ真っ直ぐ飛んでいき――撃墜される。
ただし、ミサイルの方が、だ。
「迎撃――⁉」
後方から、冷静に、あの大砲で撃ち落したということらしい。駆逐艦の主砲クラスのエネルギーならば、正確に狙わずともある程度掠らせるだけで誘爆させられる。それと同じことが、サンテ機の放ったそれらにも起きた。おかげで敵は無傷だった。
(もう一度ミサイルを撃つ? ……いや、それでは同じことが起きるだけ。距離を詰めて再攻撃しようにも、後ろに着かれたままでは無理。だとするなら――)
「サンテさん! 何とかして距離を詰めます! 反転を!」
「了解!」
クルリ、と彼らは交差するように旋回を放った。その上で、一つのスコープで照準されないように、散開する。一機でもユーリの元に辿り着けば、運動性の差でこちらが優位に立つ。残酷な引き算だった。
それによって導き出された解に従って、彼らは砲撃の来た方角に向かって突進する。「ミニットマン」の優れたセンサー感知範囲を以てしても、スナイパー機のスコープ――ましてや駆逐艦の主砲クラスに対応したそれ相手では、まだ探知できるものではない。じりじりと時間だけが過ぎていく――?
時間だけが過ぎる?
それはおかしい。
(何故、ユーリさんは撃ってこない?)
それは不気味な沈黙だった。撃ってきた方角からは、レーダー反応も牽制射撃に伴う発砲光も感知されていない。完全な無だ。普通の訓練なら、何らかの事故を想起するほどの沈黙。まるで、最初から、そこには何もいなかったかのような。
「!」その違和感の正体に気づいたのは、サンテだった。「クソッ」
緩い曲線を描いていた彼の機体の動きは突然乱れた。それとほぼ同時に、強烈な一撃が、彼の機体を掠める。この掠めるというのは、直撃はしなかったが効果範囲には入ってしまったということで――早い話が、粒子片によって撃墜された、ということだった。
「サンテさん!」
そう叫びながらも、ノーラは冷静に彼の残した観測データを見ていた。それは下――つまり、編隊の腹の方――から砲撃があったということを示していた。ユーリ機の奇妙な沈黙は、即ちその陣地変換のために費やされていたということだった。もっと早くに気づいていれば! ……いや、気づいていたところで、撃ってくるまでは気づきようがない。
完全に手玉に取られている――ノーラはそのせいで二機を落とされたことに忸怩たる思いを抱きながらも、敵に向かって旋回していた。ここで背を向けて攻撃隊に向かってもその背中を狙撃されるだけだ。それよりはユーリ機を撃墜した方が早い。スラスターを全開にして突進。回避機動は一切取らないその機動は、スピードを優先していた。
すると、敵はすぐに見つかった。意外にも射程ギリギリを並走する形ではなく、接近しながら撃っていたらしい。その証拠に、その機首は彼女の側に真っ直ぐ向いていた。
「この距離なら!」
その正面装甲に向かって、ノーラは射撃を開始した。そうして動きを牽制した上で、残りのミサイル全弾を発射。すると、ユーリは回避機動を――取らない。ビーム弾は装甲で耐えつつ、ミサイルは目標に向かって密集したところを例の大砲で吹き飛ばしてしまった。
だが、それこそが彼女の目的だった。それらの攻撃は全て目くらましに過ぎないのだ。本命はその間に接近して、ビームサーベル戦に持ち込むことだった。爆炎で何も見えないところを、突進する。左手にサーベルを抜いて、一気に斬りかかる――!
が、果たせなかった。
「⁉」
爆炎を抜けた瞬間、彼女は驚愕した。敵機は直進を止め、反転していたからだ。そうすることで、相対速度は弱まり、敵を切り裂く寸でのところで、攻撃は空を斬る。
その先には、五インチ口径の砲身。
目と鼻の先にあるそれが、ぴかりと輝いた。
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