第141話 長距離砲システム「バレット」
一つだけオイゲンに予想外があったとすれば、エンハンサーや補充人員が届いたのは、二週間後ではなく数日の内だったということだろう。彼は、地球の生産能力と自国の輸送能力を舐めていた。何しろ、地球式のレンドリース艦隊なのである。
「これは……」
しかし、ユーリがそう感嘆したのは、そのスピード配達ぶりにではない。まだ穴の開いている格納庫にではなく、甲板上に無造作に運びこまれた「それ」を見たときであった。
それはブーツとリュックと物干し竿を一塊にしたような形をした代物だった。いや、それはあくまで比喩である。ブーツと思しき部品はどちらかといえば戯画化されたハイヒールであったし、リュックには大型のスラスターであろう、太い棒が刺さっている。物干し竿はこれといって特徴はないが、何らかの砲身には違いない。それに持ち手をつけてあるのだ。
エンハンサー関連の部品だと、すぐに分かった。というのは、その三竦みによって構成される空間の中にすっぽりエンハンサーが入るぐらいの大きさだからだ。
「――アンナの遺志さね」
そのとき、ユーリは後ろからそう声をかけられた。振り返ると、そこには少佐の階級章をつけたふくよかな体形の女性士官がいた。整備部門のトップだ。咄嗟に彼が敬礼すると、「そういう堅苦しいのはいい」と彼女は手を横に振った。
「大事なのは、戦場で役に立っているかどうかだ。アタシらみたいに手を血で汚してない連中は、どうしたってアンタらには及ばないよ。そうだろう?」
――その基準で言えば、僕は最低の存在だ。アンナを守れなかったんだから。
そうは言わなかったが、それは表情に出た、と彼自身分かった。顔を顰めたのが、バイザー越しに分からないのは、幸いだった。
「それより、」覗き込まれて気づかれるより早く、ユーリは彼女に質問した。「アンナの遺志だっていうのは?」
「ああ、アンタ、ユーリ・ルヴァンドフスキ中尉だろ? アンナの話していた……」
「そうですが……」
「アタシはウォルル・フォルルって言うんだ。アンナは……そうさね、娘みたいな存在だったかね」
「…………」その娘みたいな存在を、僕は守れなかったのだが?「そうですか」
「その娘が、アタシに話していたんだ、好きな人がいるってな。まあ、与太話なんて、いくら娘でも聞くに堪えないわけだが……そのとき、絶対にアンタに必要になるって言って発注したのが、この装備だ」
「必要になる? どういう意味です?」
「コイツは長距離砲システム『バレット』。本来は『パトリオット』の拡張パーツだが、ちょっと改造すれば『ミニットマン』にも詰めるようになる。中身は――読んで字のごとく、だ。駆逐艦の主砲を改造した五インチ砲に専用のヴィジュアル・センサーと追加の大型ジェネレーターを搭載。その重量は大型スラスターを増設することで賄う――何ともまあ、合理的なのか強引なのか分からない機体さ」
なるほど、あの物干し竿は果たして駆逐艦の主砲だったらしい。そしてハイヒール、あるいはブーツはスラスターだ。リュックは大型ジェネレーターで、背面から生えている棒も、スラスターの類だろう。
だが、見るからに分かる。これを搭載するということは、どう考えても怪物を作るということだ。機体の重量は嵩み、旋回性能はがた落ちするだろう。一方でスラスターの増強により、加速力と最大速力は平行、否、上昇する。とんでもないじゃじゃ馬であることは想像がついた。何より、普通のエンハンサー戦ならば不必要な火力、そして射程だ。まともに運用できるのはごく一部のパイロットだけ。
例えば、「白い十一番」とか。
「…………」
ユーリはアンナの考えそうなことだと思った。彼女は彼を神格化すらしていた。だからこの怪物すら簡単に調略してしまうだろう、という読みで動いていたらしい。実際には、守れなかったというのに、彼女は最後まで彼のことを信じてくれていたのだろう。
「これが、彼女の遺志、なのですか」
「そうだ。最後にアイツのした仕事だよ――いらないなら、送り返すが?」
「……いえ」だから、彼は頷いた。「有難く、使わせていただきます」
彼の目は、復讐に燃えていた。この化け物を制することができれば、「サボテン野郎」などものの数ではない。一方的に射程外から延々と引き撃ちすればいいだけのことだ。いや、そもそも第一撃を想定外の距離からぶつけることができる。それをかわすことは――今度こそ、できまい。
否、させない。
確実に――殺す。
その爛々とした妖しい光に、ウォルルは終ぞ、気づくことはなかった。背を向けて、自分の仕事に戻った。
だが、一人だけ、それに気づいた人間がいた。
「…………」
ノーラである。彼女は甲板上で、自分の機体のパーツ――ビームライフルだ、先の戦闘で故障したのだ――を受領するためにそこにいたのだが、そのときユーリを見つけて、思わず、見つからないよう隠れてしまった。
(最近のユーリさんは、やはりおかしい。目つきが変だ。ずっと、何かを企んでいるような――それも悪いことを――感じがする)
じっと装備を見上げている今の彼のそれも、そうだ。以前なら、あんな風に目を輝かせることはない。彼自身は、それほどエンハンサーには興味がなかったのだ。元々、戦争に反対していたぐらいなのだから。
それが今や、どうやって敵を殺すかしか考えていない。
それも、特定の敵を――だ。
(その原因は言うまでもない。アンナ・ジャクソンが死んだから――彼女を守れなかったから、だ)
あのとき彼は、「サボテン野郎」に追い回された、と言っていた。後で整備兵に無理を言ってデータを見せてもらったが、確かに機体各所に突起のついた敵機を中心とした一個小隊に撃墜される一歩手前まで追い詰められていた。それでも生還できたというのは、奇跡というべきかユーリの腕前故と見るべきか、といったところだが、要するに、それで攻撃隊には触れることすらできなかった、ということを、彼は気にしているようだった。
気にしているなんてものではない。
気に病んでしまって――病んでいる。
今の彼は、どう考えても健康な状態とは言えない。見るからに以前より瘦せこけているのに、どうしてそれを健康などといえるだろうか? まして自覚がないらしいというのは?
だが、それを指摘することも、今の彼女にはできなかった。
何故か。
それは――アンナ・ジャクソンの死を、ノーラは好ましいと感じてしまったから、だ。
アンナ・ジャクソン伍長が死んだとき、ノーラは第一にざまあみろと思った。そしてその次に、そういう自分がいることに驚いた。
――今、自分は、他人の死を、喜んだのか? それも、こんな残酷な死に方をしたというのに?
確かに、彼女は恋敵だった。だが、憎くて憎くて仕方ないという感情は彼女にはなかった。少なくとも最初はそういう気持ちはなかったというのに、第一に感じたことが、それだったのだ。
気持ちの悪いことだった。自分の中にそんな強い憎しみがあったことに、そのとき彼女は初めて気がついた。自分がこうまで潜在的にとはいえ自分勝手で、自己中心的な人間であったとは、彼女は知らなかった。
だから、遠ざけた――その汚らしい自分を自分自身の中に閉じこめておくために、彼女は、ユーリと関わるということを、止めた。
具体的には、そして当座的には、彼女は、彼から目を逸らし、踵を返して彼に背を向けた。
それは対症療法に過ぎない。根本的には、ユーリ・ルヴァンドフスキへの恋心そのものを封印する必要があるだろう。だが、それは不可能というものだと、彼女は本能で理解していた。
恋とは、人を否応なしに燃え上がらせるものなのだと、彼女は身を以て知ったのだから。
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