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第137話 排他的選択

 ダカダンには、後方から進出してきた艦隊と、前線から引き揚げてきた艦隊、合計して一個戦隊規模が展開。敵の先鋒艦隊を、偵察艇を出して探し回っているところだった。


「それにしても、」サンテは待機室で不満げに言った。「俺たちがお留守番とはね」


 俺たち、というのは彼らの大隊のことを指す。「ルクセンブルク」には三個航宙大隊一〇八機が搭載されているわけだが、それら一個大隊ごとに攻撃隊、護衛隊、防空隊と役目が分かれていて、それらをローテーションさせているのである。その中の防空隊が、今回の彼らの任務だった。


 その中でも、艦隊直掩に彼らは配属され、現在待機中なのだった。だが、それは、偵察艇から敵攻撃隊発見の報告が来るまでは暇ということを示している。もちろん、上空待機なら話は別だが、彼らはその上空待機組からも外されていた。


「不満なんですか、デ・ミリョン中尉?」と、コーヒーを飲みながら、ノーラは言った。「敵艦隊に見つからないで暇な方が、こっちとしてはありがたいんですから」


「分かってますよ、言われなくたって……でもエンハンサーに乗っている方が楽しいんだ。何より落ち着く」


「同感だ」と、マルコは頷く。「せめて、機体で待機ではダメだろうか。コックピットに座るだけで、こっちとしては満足なのだが」


「なのだが、じゃあないですよ。マルコさんまで……それじゃあ体が休まらないでしょう。それに、宇宙服と機体の酸素を無駄に消費するだけです。それじゃあ撃墜されたときに困りますよ」


「撃墜されるかよ、俺たちが」


「そうだそうだ、ユーリがいるんだぞ? そうそう落とされはしない」


 ニヤリと笑ってマルコがユーリの方を見る。何か彼が言うと思ったのだ。しかし、彼は沈思黙考しているようで、少し俯いている。


「ユーリさん? どうかしたんですか?」


「え?」ノーラが言って、ようやくユーリは顔を上げた。「ええ……そうですね」


 そう言って、すぐにまた元の姿勢に戻る――彼には、そういう事情があった。


 それは、ダカダンへ向かう超光速航行中のことだった。


「そう言えば、」整備中に、アンナが何気なく言ったのだ。「カニンガム中尉のことはいいんですか?」


「? 何です?」


「いや、告白受けておいて何ですけど、ちゃんと答え出したのかなって。キープとかしておくタイプの人じゃないのは重々分かってますけど、だからといってはっきりしてないんだったら、それはそれで嫌じゃないですか」


 ユーリは混乱した。


 キープ? はっきりする?


 ……何のことだ?


「ですから、カニンガム中尉も、ユーリさんのこと、好きだったみたいですよ? あくまで噂ですけれど……」


「……え?」


 それは彼にとって衝撃の一言だった。まさか、あのノーラ・カニンガムが、ユーリのことを気にかけていたなんて、想像だにしていなかったのである。だって彼女は上官であり、年上であり――とそこまで考えて、一部はアンナにも適用できることに気がついて、口をパクパクさせた。


「……本当に、気づいてなかったんですか? だって、あんなに気にかけてくれていたじゃないですか」


「それは上官としてのものだと思ったんです……まさか、そういうことだとは……」


 一度気がつくと「言われてみれば、」という事象が積み重なっていく。まさか、アレもそういうことだったのか?


「まあ、気づかなかったならそれはいいですし、別にユーリさんから何か言ったこともないわけですよね? なら問題はないと、私は思いますけど……はっきりさせた方がいいのは、確かだと思いますよ? 女の子って、そういうの、気にしますから」


「は、はい……」


 それ以来、ユーリはノーラに対して、どうにも後ろめたい感じがしていた。顔を見るのも憚られたし、かといって直接切り出してさっさと終わらせるわけにもいかないで、時間だけが経ってしまった、というわけだ。


「へへへ」それを知ってか知らずか、サンテはにやけて言った。「まあ、上の空も仕方ねえか? だって可愛い可愛い彼女ができたばかりだものな?」


 するとマルコは、その言葉に思わず顔面を凍りつかせた。彼はノーラの想いについて知っていたからだ。そしてまさかサンテが気づいていないとは彼は夢にも思わなかった。考え得る限り最悪の伝わり方だった。


「……あら」だからそのときユーリは彼女の顔を見ることができなかった。「もしかして、相手はアンナさん?」


「は、はい……付き合うことになりまして……」


 ユーリは目を泳がせた。どうする。戦場で撃たれることはあるまいが、いくら何でもこのやり方はマズかった。全てはサンテのせいだ。こういうときに限って、勘が鈍くなるとは!


 ユーリは、次に起きるであろう涙に怯えながら、恐る恐る顔を上げた。


「……いいじゃありませんか」そして、後悔した。「――戦場での恋。私、応援しますよ」


 何故なら、言葉とは裏腹に、その響きに、彼女の押し殺した感情を感じたからだ。笑顔のぎこちなさは、彼女をよく知っていれば、見抜くことができる。そして、その内情を知っていれば、想像に難くない。


「……ごめんなさい」


「? 何で謝るんです? 別に、謝ることはないでしょう」


「そうだぜ、あんな可愛い彼女持っていたら、そりゃ上の空に……」


「だとしても、僕は、」サンテは無視して、ユーリは言った。「謝らずにはいられないですよ――それだけは、覚えていてください」


 それが、ユーリに言える精一杯だった。それ以上を言えば、彼も無事ではいられないと思った。彼はそういう意味では人がよすぎた。一人の女性を選ぶということは、その他の女性全てを切り捨てるということである。その残酷さに、彼は打ちのめされた。


 その重圧に耐えきれず、思わず心の堰が決壊しそうになったとき――警報が、鳴り響く。


 敵が、来る!

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