第136話 追悼式
「言わんこっちゃない」
停泊していたフロントライン泊地において反転の命令を受けたオイゲンの第一声はそれだった。艦長席にどっしりと座り、頬杖を突いて命令書に目を落としながら、ふんと鼻で息をした。
「第一、この作戦には反対だったんだ。戦意高揚のための宣材写真など、いくらでも他に撮れるってものを、どうしてレンドリース艦隊を用いてやる必要がある。それで今更反撃食らって泡を吹くなんて、それはただただ考えなしだっただけではないか」
「諜報部は今頃大慌てでしょうね、欺瞞情報に騙されたわけですから」
「全くだ。スポンサーのためとはいえ、敵に突出部側面を突かれ分断されかかるとは、これでは阿呆ではないか、提督たちは」
勝利に浮かれていた、と言われても仕方のない様子に彼には思えた。敵を国境方向に押し出したはいいものの、その後のことまで彼らは考えていたのだろうか?
「それに、これだけで攻勢が終わるとも限らない」
「これすら陽動だと?」
「ああ。この攻撃によって時間を作り、国境方面の艦隊を再編成して、側面迎撃に手薄になったところを叩きに来る可能性だってある。むやみやたらに先鋒部隊を引き戻すのは考え物なのだがな」
「ですが、敵艦隊に対応しなければならないのは事実です。そのために動けるのは敵艦隊を撃破した我々しかおりません」
「正論を言うな。ないものねだりをしている自覚ぐらいはある。だがそうせずにはいられないのだ」
そう言うと、命令書をヴィクトルに突っ返し、オイゲンは腹を揺すって座り直した。何か、嫌な予感が彼を支配していた。妙な寒気がする。思えば、ここで何十万何百万の人が亡くなったわけである。霊魂という概念を完全に信奉するわけではなかったが、その守り切れなかったという無念が、彼をしてそう感じさせるようだった。
「ヴィクトル」だから、彼は副官を呼んだ。「命令の期日はいつだ」
「ええと、可及的速やかに反転、とあります。特に期日は定められていないようですが」
「では、一時間後、慰霊祭を執り行う。方式はキリスト式。手の空いているクルーは発艦用甲板に集合させろ」
「は? ですが……」
「このまま何もせずに反転すれば、彼らにまた負けたものと思われるし、バチが当たる。よって、これは必要なことだ」
「……正気ですか。提督たちが黙っていませんよ」
「従軍記者に宣材写真でも撮らせればいい。無論長引かせる気もないのだ。これぐらいのワガママは、聞いてもらってよかろう」
オイゲンの理屈は滅茶苦茶だったが、しかし、命令とあっては従わざるを得ないのが軍人の辛いところだった。ヴィクトルは指示通りに命令を各セクションに伝達し、各員は大慌てで宇宙服を着こみ、その腕のところに黒い腕章をつけて、甲板に急いだ。
そして一時間後。甲板の上に、手空きの兵士たちは並んでいた。その中には、やや不服、あるいは不安な顔をした提督たちの姿もあった。彼らの頭の中は目の前の儀式よりもこの後の戦闘のことで頭が一杯だったのである。一刻も早く戻らねば退路を断たれるというのに、どうしてこんな呑気なことをしているのだろう?
「…………」
だが、このフロントラインから戦い継いできたクルーたちにとっては、これは必要な儀式だった。従軍牧師の祈りの言葉に、涙する者すらいた。オイゲン同様、彼らにとって、ここは無念の地であった。守れなかった命に、せめて安らぎのあらんことを祈ることは、必要だった。
そして、それはユーリにとっても同じだった。実家に愛着のない彼にとって、ここは故郷も同然だった。あのときは平和だった。シャーロットがいて、ルドルフがいて……ずっと、その平和が続いていたならば、ユーリはウジェーヌを殺さずに、もしかしたら友人として出会う道もあっただろう。起きもしない戦争に備えろとがみがみ言うルドルフに愚痴をこぼしながら、シャーロットと下宿に帰る、それが彼の求めていた日常だった。
そして、他の人にとっても、それは同じことだっただろう。それぞれにそれぞれの日常があって、それがある日突然、消し去られてしまった。その無念さが、じわりとユーリの心に染みた。普段の彼なら、こんな無駄なことはさっさと切り上げてしまいたかったが、今日このときばかりは、そういうわけには行かなかった。
「総員、黙祷! ……」
だから、オイゲンのその命令に、ユーリは素直に従った。静かに手を組んで、それを胸の前にやって、目を閉じた。無線には啜り泣く声だけが響いていて、そのまま一分が経過した。
「ありがとう――」その声で、皆が目を開ける。「それでは、仕事にとりかかろう――解散!」
それからの「ルクセンブルク」の動きは、電光石火のようだった。追悼式典から五分で超光速航行に移ると、ダカダンへ燃費度外視で引き返し、わずか一日で駐留艦隊と合流を果たしたのである。
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