第135話 カウンターアタック
だが、ほぼ同時刻――ダカダンへ向けた、ジビャからの反転攻勢が、彼らに迫っていた。
「いいか、」エーリッヒは中隊メンバーを前に演説した。「我々は現在、敵レンドリース艦隊の側面を取っている。ここを貫通することができれば、敵の退路を断つことになる。もちろん、敵は強力な地球製エンハンサー隊だ。純然たる事実として認めよう、探知性能はこちらより勝っている。火力や装甲もだ。運動性の僅かな値だけが、こちら唯一の優位である。だが機体性能だけが戦闘での優位を決めるわけではない。兵器は道具に過ぎない。結局のところは誰が、どう運用するかだ。敵は退路を断たれる危機にあって、混乱しているだろう。そこを突けば、たちまち撃墜できる。優れた作戦を以て、優れた戦術に当たるというわけだ。そしてその作戦を実行するのは今日まで厳しい訓練を経験してきた諸君らである。故に私は、必ずこの作戦を遂行することができると信じている!」
「各員、」演説は終わった。ブリットはエーリッヒの隣から一歩前に出て、言った。「機体に搭乗。五分後には出撃だ! 急げよ!」
その指示に敬礼で返事をすると、中隊全員が動き出す。格納庫の中を所狭しと走り、それぞれの機体に飛び乗っていく。
「いよいよだな」
それを見ながら、ブリットはエーリッヒに話しかけた。
「ああ。今までレンドリース艦隊には好き放題やられてきたんだ。ここで一発殴り返せなければ、この戦争は負けだ」
「奴は、出て来るだろうか?」
「噂によれば、『ルクセンブルク』は最先鋒を務めているらしい。だからまだオチャイィかそこらにいて――要するにこの戦闘には、間に合うまい。だが、その次の戦闘ではオチャイィに行った連中も戻ってきて戦うことになるだろう。そのためには、中隊の戦力は、維持しないといけない――ブリット」
「何だ」
振り向いた彼女のヘルメットに、彼は自分のヘルメットをこつんと当てた。バイザー同士がくっついて、振動がよりリアルに伝わる。
「本当はキスがしたいんだがな……減圧している中じゃ、ヘルメットは外せないだろう?」
「ああ、そういう……馬鹿だな、お前」
「何だよ」
不服そうな彼のヘルメットのバイザーを、彼女は指先で弾いた。
「帰ってくれば、いくらでもできるっていうのに、そう焦るなよ」
「それは……」かあっと顔が熱くなった。「そうだな。お互い、生きて帰ろう」
抱きしめたいのを抑えて、拳同士でゴツンとぶつけ合うだけに彼らは留めた。そして、二人は自らの機体に乗り込み、出撃する。
「中隊長から中隊各機へ、編隊を維持。今回の任務は攻撃隊の直掩にある。会敵まではつかず離れずを維持しろ! 以下無線封止!」
綺麗なフィンガーフォー編隊が三つ、攻撃隊の前を行くように進む。各編隊は数キロの距離、各中隊は数十キロの距離で遍在する。こうすることで相互支援を容易にしているのだ。
途中、偵察艇による誘導を受けつつ、警戒して進む――デブリ一つないとはいえ、それはむしろ奇襲するのが難しくなるということ。探知性能の差を考えれば、まず先制攻撃を受けるのはエーリッヒたちの側だった。
「! 来た!」
すぐに、ビーム砲の攻撃が入る。条約による射程制限を受けないそれは地球製エンハンサーのメイン攻撃武器だった。
「各機、狼狽えるな。距離を詰めるぞ! 最大戦速!」
スラスターを全開にして、エーリッヒたちは砲撃の火線がある根元へと前進していく。その中で編隊の各機の間隔を大きく広げて、一気に狙撃されることを防ぐ。
数分しない内に、レーダーに感。敵数個中隊が赤い星々のようにコンソールを埋める。数が全力にしては少ないのは、こちらの意図を読み違えているからか、それとも取るものも取り敢えず出撃してきたのか? ――どちらにしても、後続隊の到着を待つ必要はあった。
「第三中隊! 援護に向かう。しばらく持久せよ!」
「第三中隊了解! ――お前ら、行くぞ!」
そこからは、ミサイル戦だ――双方合わせて百を超えるミサイルが、レーダー上を埋め尽くす。その中から自機に向かってくるものだけを、レーダーシステムが判別。モニター上にハイライトする。
「散開!」
編隊を解いて、それらの回避を試みる。エーリッヒを追ってきているのは三発のようだった。カウンターメジャーを射出しながら、ミサイルに対して弧を描くように旋回。最も効率のいい回避法だ。全てのミサイルは果たしてエーリッヒを捉えかねて、カウンターメジャーに向かって直進した。危機は脱した。レーダーを確認して、敵の編隊をもう一度ロックオンする。今度こそ、ビームライフルの距離だ。
敵の編隊も、ミサイル回避のために乱れていた。ここから編隊を組み直して相互援護可能な状態にどれくらいの時間で持ち込めるかは練度による。機体の習熟度もそうだ。パイロットの思い通りに動かせるかは非常に大きい。
「だが、いきなり大柄な地球製エンハンサーに乗り換えたのではな!」
エーリッヒは目の前で孤立していた一機に向かって、ビームライフルを連射した。その敵機は最初、分厚い正面装甲で攻撃を弾いて、反撃すらしてきたが、「N/A」と絡み合う内に、側背面をブリット機に見せた。たちまち、ビームライフルの餌食となり、バラバラに砕け散る。
「ブリット、いいぞ! アーサーとジッツォは⁉」
「こっちの後ろについてる! ……が、後ろを取られたぞ!」
振り返ると、アーサー機とジッツォ機の後ろに、敵機が回り込もうとしているのが見えた。だが新兵である彼らは初の実戦で前だけしか見えていない可能性が高い!
「オーギュスト3! オーギュスト4! そのまま緩く旋回しろ! こちらが助けに行く!」
だからエーリッヒは機体を翻した。ブリットもそれに続く。むざむざ教え込んだ新兵を殺させるわけには行かない――と反転したものの、次の瞬間エーリッヒは目を疑った。アーサーとジッツォがその反転に追従し始めたのである。やはり前しか見えていない。指示は聞こえていなかったのだ。これでは援護できない!
「チィッ」
エーリッヒは舌打ちをしながら、小さな旋回ではなく、大きく旋回することで戦場を俯瞰するように回り込んだ。そうすることで、距離は開くが、確実に後ろを取ることができる。そうしてロックオン、ミサイル発射――敵機はそのときようやく後ろを取られたことに気がついたようで、カウンターメジャーを射出しながら離脱を図った。だが、そうして旋回することで、脆弱な背面を晒すことになる。そこを見逃すエーリッヒではなかった。ビームライフルを短連射。敵機は火を噴いて分解する。
「アーサー! ジッツォ!」そうして、彼は僚機に並んだ。「無事か! 被弾はないな!」
「え? どういうことです、大尉⁉ それに、いつの間に後ろに回って⁉」
「貴様らは、後ろを取られたのにも気づかなかったのか! ……説教は後だ! 後ろから離れるなよ!」
そう言って、彼は再び戦場へ舞い戻った。アーサーとジッツォは困惑しながらも、二番機もそうしたのに気づいて、再び戻っていった。
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