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第129話 第二次ダカダンの戦い

 ジノコヴォ。


 ジンスクとダカダンの中間に位置する恒星系である。


 そこにプディーツァ軍は広く展開する一個艦隊に及ぶ戦力を投入して防衛線を張っていた。これらは寄せ集めのそれではなく、後方で再編成され、当初の一撃から立ち直った艦隊であった。


 しかし、あった、と過去形で語らねばならないのは、それが既に手痛いダメージを受けてダカダンにまで後退していたからだ。ドニェルツポリ軍の攻勢は、レンドリース艦隊を先鋒とするもので、ジンスクをあっという間に奇襲により占領。その勢いのまま、ジノコヴォに反撃のため集中してきたその艦隊にまで痛烈な一撃を加え、後退せしめてしまった。


 こうなると後がないのはプディーツァ軍司令官である。這う這うの体でダカダンにまで帰投できたものの、ダカダンと言えばジンスクに次ぐ交通の要衝。このままではせっかく再編成を終えた艦隊を無益に消耗させたばかりかジンスク方面への反撃のための橋頭堡を失うことにも繋がりかねなかった。


 そこで彼は、寄せ集めになることを覚悟の上で、再編成の済んだ分艦隊から前線に召集。何とか戦力を回復させ、ドニェルツポリ軍レンドリース艦隊先鋒を待ち受けることにした。その数は、元の一個艦隊にプラスしてその一割を増強したほどである。たった一割とはいえ敵は前進してくる以上、その戦力を後方警備のためにすり減らさざるを得ない。よって、数的には優位を確保できていて、敵を殲滅することは容易――


 な、はずだった。


「クルップ3、発進します!」


 そう言って、ユーリはカタパルトの強烈なGに耐えた。遠景には、戦闘の光芒。大規模な航宙戦が起きていることは間違いなかった。それに怯えて震えるように、ユーリはクルップ隊の編隊に加わる。


『クルップ1よりクルップ隊各機へ、』そこに、ノーラが言った。『激しい戦闘が予想されます。お腹の痛くなった人はいませんね?』


「遠足じゃあないんですよ。」ユーリは呆れたように声を上げた。「第一、出撃前に確認したでしょうが。体調不良者はいません」


『上官のジョークも理解できない部下は嫌われますよユーリさん。ちょっとした言葉遊びじゃないですか。糞真面目に答えないでください』


『そうだぜユーリ? 少しは俺たち上官にも理解ってものを示してくれよな?』


「サンテさん。何か混ざって上官面しようとしてますけど、階級同じですよね? 戦歴も一緒ですし」


『だが二番機だ。お前より一応上ってことだよ』


『それに年上だ』マルコが言った。『もっと敬ってもらいたいぐらいだが?』


「……実際アナタも年上だから言いづらいところはありますが……」そう言いつつも不服なのだった。「だったら二人とも何か子供っぽいところを治してくださいよ。乱暴なところとか無類のエンハンサー好きなところとか」


『乱暴とは何だ乱暴とは、雄々しいと言え雄々しいと』


『む、エンハンサーは男の魂だ。鋼鉄の心だ。それを無碍にしろと言うのか』


「そうやって意固地になるところが、子供っぽいってんでしょ! 全く」


 そう言ってユーリが索敵システムに意識を移した、そのときだった。既に戦闘に入っている大隊長機からのデータリンクにより、乱戦から抜け出した一個編隊がマーキングされた。その情報によると、どうやらそれは攻撃機らしい。突破されたということだった。


『お喋りの時間は終わりです――ユーリさん! やれますね!』


 しかしそこはユーリの射程内である。お任せを、と言いながら、彼は照準器を覗き込んだ。敵機はまだ見られていることにすら気づいていない。わらわらと編隊を再構築しようとしている。


 だが、その先頭に立つ一機に対して彼はスコープの中心に捉え――そこから偏差点を狙って――トリガーを引いた。


 ビシューン……ボウッ!


 命中。一撃で正面装甲から後ろの装甲まで貫通し、四肢がその反動でもげて散らばる。それを受けて敵機は蜘蛛の子を散らしたように散開した。スナイパー対策としては正解だった。


「だけど――!」


 そこに、ユーリを除いたクルップ隊が突進する。たった三機といえども、散開して相互援護の困難な状態に追い込まれた敵機たちでは――対艦ミサイルを背負って動きが鈍くなっている敵機では、どうしたって対抗できない。蜘蛛の子を散らすように展開した彼らは、蜘蛛を踏み潰すようにあっさりと撃滅されていく。


 そしてそうして接近することによって、何より、データリンクに表示される敵の動きが詳細になるという利点もあった。ユーリはそれによって、単機で離脱しようとする敵機を捉え、撃ち落としていく。一機、二機……三機。全て一機目のように被弾するや否や粒子によってパッと切り裂かれて視界から消える。


 さて、四機目――と、取り掛かろうとした、そのときだった。


「む……!」


 外装神経接続によって頭の中に鳴り響くアラート。ロックオンされたのだ。スコープの中の敵機に夢中になっている間に、混戦の中から一機が飛び出してきて、孤立しているように見えるユーリ機を狙いに来たのだ。すぐさま回避機動を取りながらその方向に砲身を向け、敵を捉えて射撃しようとするが、当然敵機にもその機動は伝わっていて、あっさり回避されてしまった。


「チィッ――!」


 反対に、敵の射撃が機体を掠める。ジュウウという、粒子が装甲を巻き込んで消滅する音が聞こえる。既に敵の射程内にまで入り込まれているのだ。それを不利と判断したユーリは味方機の方角に変針し離脱を図る。無論その機動は敵の攻撃機隊に近づくルートでもあるのだが、既に半数を切ったそれらは脅威ではないと断じた、その証拠に、敵機は相互援護も忘れて無我夢中で離脱を試みている――それこそが撃墜されることに繋がる身勝手な行動だというのに。


「クルップ4! 援護してくれ!」


 それを一機スナイパーライフルで撃ち落としながら、ユーリは無線でそう叫ぶ。相互援護の体勢に持っていく、基本の戦い方をやろうというのだ。


 するとデータリンクに映る機体の動きは編隊から離れ、こちらを向いてくれた。接近するそれはユーリの後ろに貼りついた敵機に一撃を加え、背面装甲を撃ち抜いた。


「よし……!」


『貸しにはしないでおいてやる。編隊を』


「分かってます!」


 そう返事をしながら、ユーリは減速してマルコ機と編隊を形成する。今更離脱すれば、マルコを孤立させることになるからだ。スナイパー機でもないのなら、ツーマンセルが地球製エンハンサーの基本戦術である。


 その援護の下で、ユーリは機体に戦況を捜索させた。攻撃機隊は皆離脱を図っている。クルップ1、クルップ2は散らばって逃げるそれを一つ一つ追い落としていく。その向こうに広がっている乱戦は、ほとんど終結したようだった。度重なる損害に耐え切れなくなった敵編隊は段々と分断されていき、終いには小隊毎に判断して、離脱し――その先にクルップ1とクルップ2がいる。


 彼らが危ない!


「クルップ4! 援護を!」


『了解している、安心して狙え!』


 行き掛けの駄賃にするつもりだろう。敵機は攻撃機に夢中なノーラとサンテを後ろから狙っていた。それなりに手練れであることは、その部隊が四機という数を保っていて、その上で編隊も維持していることからも明らかだった。


 だがそうすることで、敵の小隊長機がどこにいるのかも明らかだった。編隊の先頭である。ユーリにとってそれさえ分かれば、敵というのは物の数ではない。接近しつつ再び照準、偏差を読んで、射撃――命中!


 ぱあっと華が咲いて、敵が萼のようにそれの周りを避けて飛ぶ。その背後で起きた芸術に、ノーラたちは果たして気づいた。二機ともその隙に反転し、ばらけた敵機に攻撃を仕掛けていく。前もって分かっていた腕前だけあって立ち直りの速い敵は、残りの機を以てその背後に更に回り込もうとしていたが、それをさせてあげるほど、ユーリは甘くはなかった。その鼻面に照準を合わせて、それも撃ち抜いてしまった。


『ユーリ!』


 そこに、マルコの声が響く。最後の一機が真正面に回り込んできていたのだ。その機体は右手で射程でもないくせにビームライフルを乱射させ、左手でまだ間合いには遠いのにビームサーベルを抜いている。その支離滅裂さには、どうするかという意図が宿っている。


「特攻か……!」


 援護のために接近したのが仇となった。相対速度が速すぎるのだ。今更反転したところで寧ろ柔らかな背面を晒すだけに終わるし、かといって正面から撃ち抜くにはチャンスは一度しかない!


 ユーリはスコープを覗いた。マルコも応射してくれているが、敵の細かな動きに惑わされて当たらない。ユーリは静かに十字線の中心に敵が入ってくるのを待った。照準器目一杯に敵が映る。マルコの「落とせ」という叫び声が聞こえる。敵がサーベルを振りかぶる――今!



「…………!」


 トリガーを引いた。と同時に、サーベルを避けるように回避機動。胴体のど真ん中に命中弾を食らった敵機は、すれ違うと同時に上下に両断され、クルクルと回りながら慣性の法則に従って直進した。撃墜である。


「……ふう」


 ユーリはコックピットの中でため息を吐いた。集中力の使い過ぎで、視野が狭くなっていた。そのぐらい集中しなければ、流石にやられるところだったのだ。それを元に戻すついでに、戦況を確認する――だがレーダーにもヴィジュアル・センサーにも、データリンクにも表示される敵機はない。既に壊滅したそれらは、撃墜されるか這う這うの体で逃げ出すかのどちらかの運命を辿ったようだった。


『全く、ひやひやさせる』と、緊張がほぐれた様子でマルコが後ろから追い抜きながら言った。『援護できなかった手前言うのも何だが、あそこまで引きつける必要があったのか?』


「敵が、確実に回避せずに突進してくる瞬間を待つ必要があったんです。だから、サーベルに切り替えたなら、間違いなく斬りつけに突っ込んでくるでしょう?」


『……なるほどな、考えてはいたわけか』


「当たり前でしょう。僕を何だと思っているんですか」


『生意気な弟分』


「大した物言いですね」


 そう言いながら、ユーリは機体を反転させる。大隊長から発せられた帰還信号に従って、母艦の方向へ向けたのだ。


 ダカダン攻略戦はまだ始まったばかりだった。再出撃も充分に考えられる。その前に、少しでも休んでおきたかったのだ。


 が、彼の予想に反してあっさりと戦闘は終わった。


 というのも、同時刻に行われていたドニェルツポリ軍第一次攻撃により大損害を負っていたプディーツァ軍艦隊は、自らの第一次攻撃の失敗に見切りをつけて、戦力を温存したまま撤退を開始した――というよりは、遁走したと言ってもいい。何故ならそれは自らが派遣した地上軍を見捨てての撤退行になったからだ。


 こうしてジンスク・ダカダン間の航路はドニェルツポリ軍の手に帰ってきた。しかし、その後の彼らの方針は――ユーリを大いに驚かせることになる。

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