第123話 中隊総訓練(HARDCORE)
こうして、鬼教官メイン大尉による地獄の訓練が始まった。総員起こしに始まって、朝食を取るとすぐにシミュレーター訓練に入る。そこで二戦ほどした後、今度は発艦訓練と編隊飛行訓練だ。データリンクに表示された位置を占めるように飛び、そこから少しでも外れるとエーリッヒの怒号が飛ぶ。それにへとへとになった頃に着艦訓練が入る。そうして着艦したら何をするのか? ……当然、戦闘訓練だ! それを夕飯までやり、夕飯の後も消灯寸前までやる。そうしてようやく、一日が終わるのである。
ちなみにこれを中隊の全員がやることになった。今やアーサーやジッツォのような新兵が八割を占めるのだから、そうでもしなければレンドリース艦隊に食われるばかりとなるからである。
「ふわあ……」
その訓練を繰り返して三日が経過した。ブリットは朝食中(多少内容はマシになった)に思わず臆面もなく大欠伸をしてしまった。
「どうしたんだ。寝不足か」
と、正面に座るエーリッヒが聞いたのには、彼女は辟易した。
「お前な、こんな過密スケジュール組んでおいて、よくもまあそんなことが言えるな。おかげで肌が荒れてんだよ」
「疲れればぐっすり眠れるものと思ったが、そうじゃないのか?」
「それはワーカホリックなアンタだけだ。寝て治るか馬鹿」
そう言って、彼女はミニトマトにフォークを突き立ててそれを口に運んだ。
「中隊長っていったら、書類仕事だってあるだろうに、よくもまあこんなスケジュールでやれるものだな」
「隙間時間を使えばいい。意外と何とかなるもんだ」
「ならねえよ普通は。お前ちょっと異常だぞ、はっきり言って」
「そうか? 別に苦にもならないが……」
「…………流石に、学年次席様は違うな」
ブリットはナポレオンの逸話を思い出した。彼は一日に三時間ほどしか寝なかったのだという……ただし、昼寝をよくしたとか何とか。あまり当てにはならない話だが、その昼寝抜き版が、エーリッヒらしかった。
……端的に言って正気ではない。
「アタシはいい。だが他の連中は承服しかねるところだろうよ」
「新兵たちがか? 士官学校とあまり変わらないスケジュールだと思うが……」
「そりゃそうだろうけどさ。内容が過密すぎるっていうんだよ。もっとこう……手心というものをだな」
「戦場に手心なんかないだろう。今やらなければあとで苦しむのは彼らだ。」
「……そりゃまた随分お優しいことで」
そう呟きながら、ブリットはフォークでフライドポテトを掴んで口に放り込んだ。
「それより、だ」とそこにエーリッヒは言った。「これを見てほしい」
彼が取り出したのはタブレット端末だ。そこには3Dグラフィックによる何らかの模式図が示されており、そのアニメーションは一分ほどでループした。
「何だよ」
「例の、『白い十一番』対策の概念図だ。新兵たちにはまだ早いし意見の聞きようもないが、君になら大丈夫だと思ってね」
ブリットは食事を中断してタブレット端末を持ち上げて目の前に持ってきた。まず一個小隊がそこに表示され、赤い一機がその正面に位置する。それに対抗するように、一個小隊は二機ずつに分散、しかし敵はそれを一個一個潰さなければならないから、対応が遅れる。そうして距離を詰めた一組が接近戦を挑んで――赤い点に×がつく。
「……なるほどな」
「今までやったことのある対策を発展させた。基本は、スナイパー対策で分散するが、それでいて二機編隊は維持する。そうすることで数的優位を上手く押しつけるようにして撃破する、という戦法だ」
「ぱっと見、問題なさそうだが……そもそも数的優位を確保できるのか? 敵だって小隊で来るだろう」
特に、地球製のエンハンサーは単体性能だけでなくそのデータリンクなどの連絡能力が驚異的なのだ。ならば敵もそれを活かすために、孤立するような真似は避けるのではないだろうか?
しかし、エーリッヒは首を横に振った。
「今までの奴の動きから推測すると、それはない。初動で小隊の中から一旦外れて、狙撃に専念する瞬間が必ずある。それからも小隊の動きとは別に行動する癖がある。そこにつけ入る。」
「なるほどな、流石にそこは考えてあるか。だが中隊の指揮はどうする。奴を討ち取ったが全体では負けてましたでは上に申し訳が立たんぞ」
「各小隊に一任する――しかなかろうな。恐らく奴のいる戦場という時点で、遠距離から狙撃されることは間違いない。なら隊列を乱してでも散開しなければならなくなる。そうなればどうせ中隊として一塊に行動することは難しいだろう」
「とすれば、奴がいる時点で、負けたようなものか」
「残念だが、そうなるな」
「じゃあ最後の質問だが」ブリットはフォークをくいっとエーリッヒに突きつけた。「これを実行できるレベルまで、アイツらが成長すると思うか?」
「…………」
この作戦最大の障害はそれだ。一個小隊を更に割って行動させる都合上、ある程度は自己判断で動けるようにならなければ相互援護ができなくなる。今の彼らの技量では、決してできない高等テクニックだ。
「それは、」だからこそエーリッヒはため息を吐く。「やってみるしかあるまい――為せば成る、為さねば成らぬ何事も、だ」
「ひゅう、カッコイイねェ」
「茶化すなよ。事実それ以外方法がないのは事実だろう。いきなり他の兵に変わることはあり得ないし、どの中隊も同じような状況なんだから」
「まあ実際他の方法は思いつかないね。これで行くしかない、か」
そう言いながら、ブリットはまた一口サラダを口の中に放り込んだ。
「なあ、よう」それを何メートルも離れた席から見ていたジッツォはアーサーに耳打ちした。「あの二人、どう思う」
「鬼、悪魔、畜生」
「そういうことじゃなくて、だ。もっと別のもんがあるだろう」
「何だ、神様に見えるとか言い出さないだろうな。だったら医務室に行け。頭を診てもらうんだぞ」
「だから、そうじゃないって……もっとよく見ろよ、全体を」
「ああ?」
アーサーは気配に気づかれないよう視線だけで二人の鬼教官を見た。だがそこには角が見えるか見えないかという程度でしかなかった。
「……分からん、俺には地獄の獄卒がどうやって俺たちを苦しめてやろうか会議しているようにしか見えない」
「そりゃロマンチックが足りてないのさ」
「そんな愚にもつかない下らないこと考えている暇があったらさっさと飯を食えよ。時間ないんだぞ」
しかし、ロマンチック?
どういうことだ?
その一瞬の疑問は顔に出ていたらしい。それを見て、ジッツォはひっひっひと笑った。
「そりゃいい年頃なんだぜあの二人だって。あんな仲睦まじい姿を見せたんだから、何かあるに決まっているだろう?」
「ああ、そういう……」そう言って、アーサーはもう一度彼らの姿を見た。「見え……なくはないがな」
「見えるんだよ。普通の人間にはな。だからこそ、そこにつけ入る隙がある」
ジッツォはそのとき私物の携帯端末を取り出してこっそり写真を撮った。そしてへっへっへと笑った。
「どうするんだよ?」
「何、俺に一つ考えがある。お前も手伝え。悪いようにはしない……」
そう言ってにやにやするその顔に嫌な予感を感じながらも、アーサーはそれに従った。
彼とて、エーリッヒたちに一矢報いたいという気持ちが、ないわけではなかったのである。
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