第120話 新規戦力
宙母「アレクセイ・ブルシーロフ」は先の航宙撃滅戦に敗北し、その搭載機の内七割を喪失して、後方の泊地まで後退した。当然、搭載機の存在しない宙母などは宙母たり得ない。その損失を補填しないことには、再度の戦力化は叶わないということだった。
「それで、貴様らが補充兵か」
と、エーリッヒは新兵たちに言った。彼らは緊張した面持ちで彼の目の前に二人並んでいる。
「名前は」
「は、アーサー・ドワイトであります!」
敬礼を崩さずにそう答えるのは、金髪の青年だ。瞳は青。背丈は一七〇センチ行くか行かないか。理想的なパイロットの身長である。
「貴様は」
そう言いながら、もう一人に目を向けた。こちらは浅黒い肌に赤い髪をしていた。慎重はアーサーより数センチ低い、とはいえこちらもまさにパイロット向きの体格をしていた。
「ジッツォ・ペストーレと申します! 大尉殿」
大尉、と呼ばれ慣れない単語を自分と結びつけられたことに、エーリッヒは僅かに抵抗感があったが、それは事実だった。彼の戦功がようやく認められ、ついに生きながらにして二階級特進となったのだ。今では中隊を預かる身となっていた。今は、各小隊に新兵を引き渡し終え、自分の小隊に配属された新兵と顔合わせをしているところだった。
(しかし……)
エーリッヒは目の前にいる二名を既に怪しんでいた。あまりに若く見えるのである。まるでまだ高校生かそこらのような落ち着きのない目線が、その特徴だった。エンハンサーを見て目を輝かせるのもおかしい。訓練で嫌と言うほど見ているはずなのだから。
「貴様ら」怪しんで、エーリッヒは尋ねた。「歳はいくつだ。」
「は、共に二十歳であります」
その数字を聞いて、エーリッヒは目を丸くした。
「……二十だと?」
それはおかしい。エーリッヒは思わず聞き返した。彼だってまだ二十二歳。士官学校を出たばかりだ。実戦経験のなさが若く見せるのだと思っていたばかりに、その衝撃波相当なものだった。
「貴様ら、それでは士官学校を卒業していないのではないか」
「いえ、卒業はしています。繰り上げ卒業になったのです」
「繰り上げ? 飛び級などなかろうが」
「大尉殿。お言葉ですが我々は既に国家のために命を捧げる覚悟はできています」
「そういうことを言っているのではない。制度上、それはできないはずだ。どうして貴様らのようなひよっこが戦場に出られるのか、ということを聞いているのだ」
「エーリッヒ、待て」
そう言ったのは、副官となったブリットだ。彼女は手にタブレット端末を持っていて、それを見せてきた。
「何だ、これは?」
「卒業証明書だ。正式に、士官学校から発行されている。つまり、繰り上げ卒業は本当だ。」
見ると、そこには電子証明書が二通表示されていて、そこには二名の名前が記載されている。どうやら、本当に繰り上げ卒業になったらしい。
「……だがまだ三年生になりたてだぞ、それでは……」
「練習機に少し乗ったことがある程度だろう。それも『ロジーナ』の練習機型じゃなくて、初等練習機レベルだ」
エーリッヒはゾッとした。彼女の今のセリフは、エンハンサーのパイロットとして派遣されてきた兵士が、ほとんど訓練を受けたこともない素人だという意味だからだ。初等練習機など、精々民間機に毛が生えた程度の性能であって、軍用機とは、それも実戦機とは全く以て操作性が違う。
「……貴様ら」エーリッヒは二人の方を見て、言った。「『ロジーナ』に乗った経験は」
「一応、卒業前の試験でいきなり乗せられました。基本的な操作しかやってませんが……」
なるほど全くないというわけではないらしい。ないよりマシかと言われれば確かにそうだ。が、あってもないようなものというのが正確な評論だろう。
「で、どうするんだ、エーリッヒ?」ブリットが言う。「こいつら多分、このままじゃすぐに死ぬぜ」
「分かっている――だが、やってみせる以外にないだろう。」
「それは、そうだが……しかしどうやって?」
その質問に答える代わりに、エーリッヒは一歩前に出た。
「アーサー、ジッツォ。エンハンサーの基本操作と攻撃操作はできるな?」
そう聞かれて、二人は一瞬戸惑いながらもはいと答えた。
「ならばすぐに宇宙服に着替えてここに集合。五分以内にやれ」
「おいエーリッヒ、」ブリットが食って掛かる。「まさか……」
「できると言ったのは向こうの方だ。戦場でフェアだアンフェアだと言うまいな」
そう言ったとき、ブリットはエーリッヒという男の末恐ろしさを感じていた。必要なこととはいえ、こうまで残酷に彼はなれるのかと、畏怖した。そして彼という鬼教官に目をつけられたアーサーとジッツォの二名に、彼女は同情した。
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