第116話 「白い十一番」が来る!
宙母艦隊同士の決戦は、偵察艇同士の探り合いから始まる。「スターダスト」汎用艇をベースとしたそれらは巨大なレドームとヴィジュアル・センサーを機体に有しており、多数を広く展開することで敵艦隊の位置を広大な大宇宙から見つけ出すのである。
しかしそれは、散開して偵察するということは、宇宙の闇より深い孤独に耐えねばならないということであり――孤独であるということは、触接中に見つかったときに誰も助けてくれないということである。
「クソッ、クソッ、クソッ」
だから偵察艇のパイロットはそう叫んだ。それと同時に操縦桿を右に倒した、その後ろを敵弾が通り抜ける。レーダーに映っているのは四機編隊。その連続射撃が迫ってくるのだった。
「何とかかわした!」レーダー手に彼は吼える。「……味方の援護はまだ来ないのか!」
「データリンクに新たな反応なし! まだ遠くにいるらしい!」
「だったら早く来いって呼び出せよ! じゃないと……」
そのとき機体を揺れが襲った。至近弾! 咄嗟に操縦手は左旋回を打ったが、それは弾を食らった後だった。右側のメインスラスターに影響が出て、機体のバランスが難しくなる。このままでは振り切ることはできない。何とかしなくては……。
「……クソ、」今度は通信手に彼は吼えた。「だったら、『白い十一番』が来たと言え!」
「何だって⁉」
「『白い十一番』だ! クルップ3が来たって言えば、連中もビビッて逃げる! テンパって平文で打ったみたいにすれば……実際テンパってるんだから騙されるだろう⁉」
「そんな暇、ありませんよ!」
「なくてもやれ!」
そう命令しながら、パイロットは操縦桿をまたも右に倒す。スラスターが弱まった分、旋回が容易くなっていたから、敵の射撃を何とかかわすことができた。
しかし、それに安堵した、一瞬後のことだった。その急旋回の無理が祟ったのか、右エンジンが急激に嫌な音を立て始めたかと思うと、それからたちまちその動きを止めてしまった。これで、片肺飛行である。敵機に追われながら。
「……次は避けれるか分からない! そんときゃ全員で宇宙遊泳だぞ!」
「冗談じゃない、宇宙軍になんか入るんじゃなかった!」
「敵機、急速に迫る!」
レーダー手の声に反応して何、とパイロットはコックピットの補助モニターを確認した。すると四機が高速で彼らの方へ迫ってくるのが見えた。さっきまでは遊ばれていたのだ、とパイロットはそのときようやく理解した。そして仕留めに来たということは――敵の航続距離の限界に来たということだろう。彼は瞠目した。せめて、脱出の時間が残るであろうことを祈った。
そのときだった。
その反応の内の一つが消失したのは。
「何ッ⁉」
しかしパイロットが驚いたのはそのことについてではない。その直前、コックピットのガラスの向こう側から、光弾が弾け飛んだのが見えたからだ。それは機体の上を通り過ぎ――ハッとしてレーダーコンソールを見たら、消えていたのだ。
「き、来た、来た!」
通信手が腰を上げて騒いだ。
「何だ、何が来た!」
「本物だ、本物の『白い十一番』が!」
パイロットはもう一度レーダーコンソールを見た。見るのは先ほど――そこに映っていた三機の敵機は即座に散開していく――と反対側。そこに、光点が一つ現れている。
「散開したな……これで見逃してくれるのだろうが」
その光点であるクルップ3――ユーリはそう言った。彼のレーダーにはデータリンクによって敵機の動きが手に取るように分かっていた。それによると散開したそれらは、目標を変えたようだった。傷ついた哨戒艇を包囲する形ではなく、それを追い抜いて距離を詰めようとしてくる。対して哨戒艇は離脱を図り、レーダー情報が得られなくなる。
「逃げるなら、こっちだって追わないものを」
だがユーリは冷静だった。最終位置に向け、彼は照準スコープを指向させた。ヴィジュアル・センサーによる索敵だ。するとあっさり敵は見つかった。何しろ向こうにはユーリ機の情報は発砲したということ以外何一つ行っていないのである。
「まず、一機」
明後日の方向を見ている敵機に照準を合わせ、射撃。正確な観測データに基づくそれは、正確な弾道に直結し、正確に命中するという結果に結びつく。一撃で正面装甲を貫通し、敵機はスコープの中でバラバラになった。
すると敵機はその光の弾道を見ていたようだった。機体の方のヴィジュアル・センサーに感、二。敵機はそれを辿って接近してきたらしい。味方機の損害にもめげずに観測を優先するというのは、かなりの手練れだ。だがユーリは尚も冷静に敵との距離を確認していた。自機の「ミニットマン」と「ロジーナⅣ」の性能を見比べて、まだこちらを視認できてはいないと踏んだのである。
「ならば、近い方から落とす!」
ユーリは再び照準した。距離が近くなった分だけ、彼には時間の余裕がない。それに観測と実際のデータの誤差が小さくなるとはいえ、それは敵も同じ条件である。もう一機がスナイパーだったら――この発砲で、捉えてくるかもしれない。一瞬彼はその可能性に冷や汗をかいたが、そのときには既に引き金を引いていた。
ズギューン……ンギャンッ!
「ウッくッ」
ユーリの懸念は果たして的中し――敵の射撃も的中した。揺れる機体とビービーと唸るアラート。それと外装神経接続によると、被弾したのは正面装甲だったらしい。避弾経始に優れたそれは敵のスナイパーライフルの弾すら簡単に抱き止めてみせて、機内に飛び込ませはしなかった。とはいえ、「ミニットマン」でなく「ロジーナ」であったなら、それだけでも撃破されていただろう。
(しかし、第一撃で当ててくるというのは)ユーリは機体に回避運動を取らせる。そこに飛び込む敵弾。完全に敵のペースに持ち込まれた!(かなりの手練れだ。しかも『ロジーナⅣ』でそれをやる……!)
ユーリはその事実に寒心しながら、敵に対し反撃を試みた。距離を取りながら、自らのスナイパーライフルの照準に敵を捉えようとする。すると、敵機はそれを察するや否や回避機動に入り、スコープの中から消えてしまう。
「やる……! だが!」
こちらだって、一人だけではない。そう示すように、ビームがユーリ機の背後から走った。それに敵機は引っかかり、自らの腕を以てその代償を支払った。ビームライフルを喪失して、それはスピンに入る。
「もらった!」
そうなれば回避機動などは取りようがない。その回転する敵機の姿をスコープ内に収めるとユーリは躊躇いなくその引き金を引いた。敵機はそれでも正面装甲で受けようとしたようだったが、「ミニットマン」の装備する「ガーランド」相手では、それはあまりにも力不足であった――一撃で胴がへし折れ、重力エンジンが暴走し爆発を起こす。
その光芒が収まるころには、レーダー上の光点は一つも残っていなかった。
否。
三つほど、後方に位置している。それは味方機だった。
『お疲れ様です』そこに、通信が入る。上官のノーラである。『あとは、偵察艇を援護しつつ、後退するだけです』
「カニンガム中尉! ……助かりました、援護していただいて」
『珍しいじゃねえか? お前が仕留め損なうなんて』
次に口を開いたのはサンテ。からかうような口調にユーリは内心ムッとした。
「そう言われても、敵だって上手だったんです。仕方ないことでしょう」
『だが確かに珍しいことだ。』マルコが言う。『腕前落ちたのではないか?』
「馬鹿言わないでください。ずっと戦い詰めで、どうして腕前が落ちるんですか」
『疲労でしょう。疲れればそうもなりますよ』
ノーラはそうカバーしてくれた。それから、進行方向を変えて、言った。
『だから、早く帰りましょう。迎撃されたということは敵は近いんですから、来るまでに少しでも休まないと』
「ですね――帰還しましょう」
そう言って、クルップ隊は後退していく。今日の戦果は四機。内三機をユーリ一機が落としたのだった。
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