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第102話 出撃不可能

『……ップ3』


 パイロットたちは敵発見の報を受けて速やかに機体に飛び乗っていった。油圧式シリンダーによってコックピットが格納され、キャノピー状の広いコックピットの表面に、周囲の情報が展開される。HMDによるセンサー情報の表示も良好。


『……ルップ3』


 それを確かめると、準備完了の信号を発艦管制に送る。するとハンガーからエレベーターへと機体は運ばれていくのだ。順番は基本的に大隊単位であり、準備を終えたそれから甲板に立つのだ。


『……クルップ3! 聞こえているのか!』


 そう声を掛けられたところで、ユーリはハッと目を覚ました。見回すまでもなく、そこはコックピットである。カタパルトの順番を待つ間に自分が眠ってしまっていたことに、今まで見ていたのは自分がしてきたことの回想なのだと、彼はそのときようやく気がついたのだ。


「き――聞こえています。何ですか」


「直ちに発艦せよ。カタパルトへ前進!」


「りょ、了解」


 そう返事しながらも、瞼はまだ重みを持っていた。というのもここ最近、よく眠れていなかったからだ。ずっと、眠る前になると勝手に先の自己矛盾について考えてしまうのだ。そうするといつも、動悸が激しくなって、眠るために必要な安静を奪ってしまう。それが眠れない理由だった。


 そう言いながら、彼はペダルを踏み、機体をカタパルトまで前進させ、次に操縦桿を握ろうとした。

「握った」ではなく「握ろうとした」ということは、しかし、それが果たせなかったということだ。そうする一瞬前に、彼の手はたじろいで、彼の意志に反して停止してしまったのだ。


(……何ッ? どういうことだ?)


 彼が最初に感じたのは違和感だった。と言っても、規格が違うことによるそれではない。そんなものはシミュレーションの時点で克服している。そうではなく、操縦桿を握るということ自体に対してのそれだ。


 ユーリは自分の掌を翻してじっと見た。それは酷く震えている。その理由はこのまま出撃することへの無意識上の反感だと言えた。あるいは今まで無自覚だったことへの共感とも言えた。それを解決する前に、よくも操縦桿を握れるものだという内心からの当て擦りでもある。


『どうした、クルップ3。体調不良なら、今すぐに交代を』


 そのとき発艦管制が「いい加減にしろ」という迫力を伴ってそう言った。それに向かって、大丈夫です、と言いながらも、ユーリの心は強い焦りに襲われていた。こんなことは初めてだった。戦いたくないことはあっても、戦わなければならないのに体が動いてくれないということは今までなかった。


 無論、それは戦いたくなること自体、ここ最近を除いて起きなかったということでもあるが――。


『クルップ3! 早くしろ! 後がつっかえている!』


「分かっています、分かってます、でも――」


『でもも何もない! 出撃できるのか、できないのか! この遅延は貴様だけの問題ではないのだぞ!』


 そんなことは分かっているのだ。だが体が言うことを聞いてくれない。


 それを言えるほど、彼は強くはなかった。この状況まで来て、体調不良で離脱できるほどには。そんなことをすればヴィルホにどのようなことを言われるか分かったものではない。それだけはどうしたってできそうもなかった。


 彼は即座に、自分の抱えたままの手をがっと掴み、そのまま操縦桿に持っていこうとした。しかし、試みるということが必ずしも成功に結び付くとは限らないのは、ここでも同じことのようだった。第一、手が二本とも反抗しているのである。右手を左手でやろうが左手を右手でやろうが、どちらにしても反抗的であって従ってはくれなかった。


『チッ……』だからそのとき明白に、発艦管制は舌打ちをした。『後続隊を優先する。クルップ3はカタパルトから降りて退避を』


 ハッとしてユーリは顔を上げた。そう命令された瞬間、手の反抗する力が弱まったからだ。それは驚くほど顕著だった。だが下がるのに操縦桿は必要ない。ペダルを踏むだけでいい。そうして一歩後ろに下がるとわざと肩をぶつけるようにして他の機が前に出る。ユーリにはその機に睨まれたような気すらした。


 そして、ユーリの目の前では、何もなかったかのように出撃が続いていく。それを見るのに耐えられなかったのか、彼の目からは涙が溢れ、ヘルメットの下で雫になっていった。

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