行列店と指輪 /後編
間がしばらく空いてしまってすみません。
今回はラシファとナタリーの親睦回となります。
私の声が街にたちまち響くと人々は一斉に私を見てきた。
いけないわ、ここは屋敷ではない。私の身分がバレてしまったら社交界にも噂されるだろう。
あの公爵家の娘は物を尊ばない娘だ、と。
そしたら父に見損なわれることになるかもしれない。それだけは居心地が悪くなるので避けたいところだ。
青ざめていくのが自分でもわかる状況に苦笑いをこぼした。
「…何もありません。ご迷惑をおかけしましたわ」
サッと体を払うと、すぐさまここをあとにする。
まずはナタリーに報告しなければ。
行列店のカフェに急ぎ足で戻りに行くと、まだ並んでるナタリーが私を見てきて慌ててこちらへ駆け出した。
どうやら、なにかあったのか心配したらしい。
「実はナタリー、私は報告しなければならないことがありますの」
真剣な声色で必死に伝えようとし過ぎて、怒られる前の子供のように喉が張り付く。
ナタリーが心配そうに私のことを見つめた。
喉をこじ開けて、しかし淑女らしく、やんわりと口を開く。
「実は...――」
おじさんとぶつかった時のことを思い出す限り話すと、ナタリーは指輪が無くなってしまった事をとても驚いていた。
「お嬢様、私が捜しますので安心してください。失礼します」そう彼女は言葉をかけると、ほとんど同時に外へ出ていった。私はいつのまにか居た他の従者と共にカフェの中に入れられる。
どうやら並んでいた行列の順番がもうきていたらしい。
従者の案内を受けながら、小さくなったナタリーを目で追いかける。
「…やっぱり私はいつも守られてばかりですわね」
自分を嘲笑うかの様に、哀しい頬笑みが浮かんでくる。
強力な助っ人がいてくれたお陰か、息をつくと急にだるくなって椅子に座り込んでしまった。
しばらくして、ふんわり焼き上げられ狐色をしたシフォンケーキをたっぷりの生クリームをかけて頂く。
店も温かい木枠で出来ているお洒落な内装で、ケーキも頬が思わず綻ぶ程美味しい。しかしナタリーが居ないからか、気分が明るくならなかった。
ナタリー分のシフォンケーキが運ばれて、もうそろそろ時間も経ってきている。そういえば、なかなか帰ってこないわね。
本で時間を潰しても程々に経ったので、空になった皿の上にフォークを置いて、席を立つ。店の会計を名前で済まし、従者に「ナタリーは?」と聞いて、連絡をして貰ったがいい返事はせずに馬車へと促されるだけであった。
***
馬車で、従者に護衛されながら本を片手に窓枠から景色を眺める。
本はこの王国の歴史が載っている挿し絵付きの本で、王族と街の成り立ちなどが丁寧に説明されている。
日が落ちかけていて、街も徐々に幻想的な光へと包まれていく。
女性達の明るい声や、男性陣の酔っ払いなど雰囲気もまるで別の場所になってきた。
ガチャ
扉が開けられたと思ったら、ナタリーが何も言わず入ってきた。
なんだかホッとしたような、けれど不貞腐れた気分になって、また街の景色を窓枠から眺める。
「大変、遅くなり迷惑をかけてしまいまして申し訳ありません。ラシファ様」
彼女が私の名前を呼ぶ時は本当に反省して落ち込んでいる時だ。
くるりとナタリーの方へ向くと、ナタリーの真っ直ぐとした瞳とぶつかった。
「……ふふ、私はもう気にしてないから大丈夫ですわ。でも、次はアイシャーリンと一緒に必ず来ますわよ?」
もう気にすることは無いと、ナタリーを宥める。
「それにね、私のことはいつも名前で呼んでいいですわ。ずっと思ってたけど、お嬢様と呼ばれるのは割に合わないのよ」
およよと、目尻を下げる。信頼関係はまず名前から。
「ふ、ふふ。はい…ラシファ様」
ナタリーはふわりと笑顔になり顔を緩める。
心を開いてくれたことに嬉しくなりつつ、改めていい関係になっていきたいと思った。
「それと…、ラシファ様。指輪を捜し出せました」
ナタリーの声色が真剣を帯びたものとなり、指輪が私の手に渡された。
「えぇ…見つかって良かったですわ。ありがとう、ナタリー」
変わりがないか確かめて、ホッと一息つく。何気にナタリーも誇らしそうだ。
しかし、なぜ魔術が発動しなかったのかしら?
「ねぇ、ナタリー。なぜ魔術が発動しなかったのかしら?だって、この指輪は防壁魔術の上位が施されているのですのよ?」
「ラシファ様、それは、旦那様の魔力が吸い取られていたのだと思います。例えば、吸い取る魔術を使ってる、何者かなどと接触してしまった時などに」
「では、この指輪はどこで見つけて…接触というと、おじさんとしか…ぶつかってないですわ」
まさか、あのおじさんだとは思ってないので、容疑者候補として頭の隅に置いておく。
「指輪は、森付近にありました。その方のことは今調べておりますので、お屋敷へ戻りましょう」
「私、お父様に怒られるかしら…」
私が心配して言うと、ナタリーが手を握ってきた。
先程とは違って、温かい手。
「ラシファ様、怒られることがありましたら私のせいにして下さい。今回は、私が犯した失態です」
ナタリーはそのまま馬車が動いても無言で私の手を握った。
彼女の顔は、見るのを躊躇って私は景色を見つめたが、彼女の思いをどうやって受け止めたらいいか、私にはわからなかったので、代わりに手を握り返した。
***
屋敷に着くと、淑女の私にならなければいけない。
なので名残惜しいが、ナタリーと繋いでいた手を離す。
「あー!姉上お帰りになったんですね。父上がお待ちにしていたそうですよ?」
私にだけ見える角度でウインクしながら迎えてくれたのは、私の実の弟だ。
その手には沢山の書類が抱えられているということは、領地の経営学を学んでいたのだろう。
なにせこの子が次期公爵と決まっているからね。
「わざわざお迎えありがとう、キース」『調子乗らないで頂戴ね?』
軽く睨みつけつつ、小声で釘を刺しておく。
キースは、私と同じ茶髮だ。淡い茶色の髪色に、少し赤が混じった茶色の大きな目は少し垂れ目で、柔らかな物腰の雰囲気の目鼻立ちがとても整えられている。
私とは一つ違いで似ていて似ていない可愛い弟。
学園では、甘い笑顔で女子生徒に人気な弟は、アイシャーリン曰く、攻略対象?のプレイボーイ系らしい。
そもそも甘い笑顔と言うけどね、面倒くさい時もその笑顔なのよ、わざわざ乙女たちには教えてあげないで見て楽しむけど?問題ないわよね、キース?
たまに悪魔だなんだって学園に言ってるのを決して根に持ってるわけではないからね?
で、父が私を待っていたとなると、指輪の話しかないだろう。
どれくらいまで話が繋がれているかしらね?
苦笑いになるのを堪えて、そのまま長い廊下をナタリーと共に進んで行く私だった。
最後まで読んで下さってありがとうございます!
ブックマークもありがとうございます。
よければ感想等も元気が出るのでよろしくお願い致します。