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短文倉庫  作者: なち
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並行を綴る足跡



 その日の朝、身震いとともに目覚めると、ツンと冷えた冬の空気が室内でもどこか違うように見えた。閉じたカーテンの向こうが、いやに明るく感じる。

 えいやっと掛け声を上げて、掛布団と毛布から飛び出る。

 出窓のカーテンを引くと、昨夜遅くに降り始めた雪が積もった景色。

 すでに雪は止んでいるようではある。

「……あ~、くそったれ」

 悪態をつきながら、布団に戻ろうとする思考をどうにか留める。

 小学生低学年ごろには、やれ雪だるまを作ろう、やれ雪合戦をしようだと楽しめたものだが、社会人になってからは億劫でたまらない。通勤の足である電車にも影響は出るし、出社する頃にはヘトヘトだ。

 ニットの上着を軽く羽織り、部屋を出て階段を下りる。

 階下からはテレビの音が漏れ聞こえているので、父だか兄だがかすでに起きているのだろう。母親は台所で朝食の準備をしているはずだ。

 そちらには顔を出さずに洗面所へ向かう。

 鏡で寝惚け目の顔を確認しながら、歯ブラシを取る。

 今日は月曜日。これが土曜、日曜の朝であれば、雪を理由に家に引きこもり、惰眠を貪り続けていたものを。

 なるべく早く準備をして、余裕を持って出勤したいとは思うものの、動きは鈍くなる一方だ。

 降るなら出勤できないくらいの豪雪であってくれれば良いのに。

 どうしようもない悪足掻きな考えをなんとか飲み込んで、いつもより電車2本分早い時間に家を出る事が出来た。




 そのうち何人もの人間が踏み荒らし、いずれはベチャッとした泥雪になってしまうだろうが、歩道はまだ白雪のままだった。となると、雪を踏み均すのが自分の役目となるだろう。

 たかだか3センチ程の厚みでしか無いが、スーツに革靴はリスクが高い。

 もう会社に着いたら着替えて履き替える、と諦めの境地で進む。

 と、程なくして見慣れた背中が視界に入った。

 俺よりはマシな底の浅いブーツの足を、おっかなびっくり動かしてるそいつ。

「若林」

 声を掛ければ、帽子から靴まで完全防備のそいつが振り返る。

「金子くん」

 中学の部活で部長を務めた同士、という程度の繋がりの、同級生である。

「おはよう。これから出勤?」

「うん。金子くんもスーツで大変だね」

「ほんとにな」

 追い付くと、隣同士で歩き出す。

「朝会うの、久し振りだねぇ」

「だな」

 雪を踏み締める音の合間にぽつぽつと会話をしながら、二人して足元に注意しながら進む。

 近所、と言う程近くに住んでいるわけでは無い。最寄り駅は同じだが、若林の方は車通勤であると以前に聞いた。今日のような天候不良だとか事情によって時々、電車で通勤するらしい。

 中学を卒業してから見掛ける事がたまにあっても、わざわざ声を掛けるような間柄でも無かった。

 ただ地元から知人達が出て行き、疎遠になっていくのと同時、地元に残った知人とはある種の連帯感が生じて。

 連絡先を教え合う仲ではないものの、こうして会えば、一緒に通勤するくらいは普通にある事だった。

「なあ、俺の後ろ歩いた方がいいんじゃね?」

 若林は不恰好に隣を歩く。底の浅いブーツは滑り止めがあるように見えるし、万が一転んだとしてもモコモコの服とコートやらで大分軽減されるだろう。にも関わらず、慎重に前後する足。

「だーいじょうぶだよー」

 間延びした声で言って、思った通り後ろに下がろうとはしない。

 若林の歩みに合わせていると、俺の方はかなり余裕がある。ふ、と振り返ってみれば、等間隔で続く俺たちの足跡。

 変わらないものである。

 中学生の頃には二人で歩くなど有り得ないことで。

 高校性、大学生になれば異性付き合いにも慣れ会話も弾むようになり。

 社会人となった今は、緊張など欠片もない。

 それでも、変わらないものなのである。

 感情的な距離感も、対人的な距離感も。

 俺と若林の仲は、ずっと変わらない。

 変えたい、と思っているのか、自分自身ですら分からない。特別な感情を持っているか、も微妙だ。

 ただ時々、思う。

 たまに会う程度の、知人。だから、何時か会わなくなるかもしれない。この道を使わない日が来れば。地元を出て行けば。

 変わらない関係の、変わらず並ぶこの足跡が、何時か見れなくなるのかもしれない。

 それは、寂しいなと思うのだ。

 真っ白い雪の上に綴られる足音が、ふいに物悲しく思えて。

「あのさあ、若林」

「ん?」

「今更なんだけどさ」

「うん」

 数歩先を進んで、振り返る。

 若林も立ち止まって、顔を上げた。

「連絡先交換しない?」

 きょとんと瞬かれた瞳が、次第に笑んで。

「私も今更聞けないなあって、ずっと思ってたんだ」





 二人の足跡が、一生並行に綴られて行く事は、この時はまだ知らない話――。





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