事件の収束
そして翌日、ヒメノは僕の学校の小会議室へみんなを集めた。
まずは僕とヒメノ。そして、昨日の体育教師と当日補講を受けることになっていた安子さんと横田さんと倉上さん。無理して来てもらった藤沢さん。そして、おまけとして学年主任の男性教師。
「それじゃあさっそくだがこの哀れな男、安岐春海の依頼で今回の事件を収束させたいと思う」
いきなり罵倒されている気がするが気のせいだろう。
「アンタ誰なの?」
もっともな質問をぶつけてきたのは、横田さんだった。
「ワタシは都築ヒメノ。安岐春海の依頼で今回の事件の容疑の否定材料を探していた。結果として真犯人を見つけ出すことになってしまった」
「どうでもいいんだけどさぁ。アタシたちは更衣室にすら行ってないんだけど、なんで呼ばれてんの?」
と倉上さん。アタシたちというのは倉上さんと横田さんのことだろう。
僕も不思議に思っていた。
「演出だ」
「「「はあ?」」」
いろんな人とハモった。気持ちよかったね。
クレームが殺到しているがヒメノに気にしている様子はなく、勝手に話を進めていった。
「まず最初に、この安岐春海が犯人ではないと言うことを証明したいと思う」
そう言うと小会議室に備え付けられている、ホワイトボードに校舎とプールの大まかな地図を書いた。
「事件があったのは二階の女子更衣室、そして実際に水着が発見されたのは一階の男子更衣室。ではそこの教師。なぜ安岐春海がやったのだと思ったのだ?」
ヒメノが指さしたのは学年主任の教師だった。
「そりゃ、男子更衣室で発見されたからに決まってるだろ」
「そうではない。なぜ男子更衣室で発見されたのに安岐春海が犯人だと思ったのだ!」
「どういうことだ?」
ヒメノはホワイトボードをガンガン叩き、
「これを見ろ! 女子更衣室は二階、男子更衣室は一階だ。補講を受けたあと男子更衣室で着替え、被害者の藤沢美希がトイレに行くタイミングを見計らって忍び込み、水着を盗んだあとわざわざ男子更衣室まで戻って、しかもそのままロッカーに入れておいたというのか? 貴様も男なら分かるだろう。仮に好きな女子の水着を盗んだとしてロッカーに入れておくのかい? 普通は鞄に入れるなどして家に持ち帰ってくんかくんかするだろ!」
「ちょっと待ってヒメノ。それ言い過ぎじゃ……」
「黙れ変態!」
「なんでそうなるんだよ!」
そんなやりとりをしていると、藤沢さんが顔を赤らめているのを見つけて僕は気恥ずかしくなった。
しかしヒメノはお構いなしに、
「つまり、一部の藤沢美希のことを熱愛している者がやった可能性は極めて低く、安岐春海がやったと決めつけるにはあまりに安易すぎるのだ!」
そう言い切ると辺りは静まった。
「そこの教師。何か反論はあるか」
ヒメノにそう尋ねられ、学年主任は気まずそうに俯いた。
「無いようだな。とりあえず、一概に安岐春海が犯人であると言い切れないと言うことが証明された。次は真犯人を証明する」
すると今度はざわめきが戻り、互いの顔を見合わせるようになった。
「結論から言おう。犯人は安子恵理香だ!」
「ちょ、ちょっと、なんなのいきなり?」
「いきなりではない。言質はとってある。貴様はあの日、そこの体育教師に補講があるかどうか確認しに行ったそうだな?」
ギロッと安子さんを睨み付ける。
「そうだけど、なんでそれで犯人扱いなわけ? 意味わかんない」
「その時、プールバッグに水着にゴーグルを所持していたそうだな」
「そ、それがどうしたの?」
「では質問だ。なぜキミはプールバッグから水着とゴーグルを出していたのだ?」
ああ、確かにそうだ。よく考えればプールで着替えるわけでもないのにプールバッグから水着を出してるなんておかしいんだ。
「……ッ! それは……」
「それは、キミが藤沢美希から水着一式とゴーグルなどを盗んだからじゃないのかい?」
「証拠はどこにあんの!」
「貴様こそ否定材料を用意したまえ!」
……………………
安子さんはそこで黙り込んでしまった。
「最後にワタシの推測を話す。当日、貴様は女子更衣室に行ってみると、普段から恨みもしくは妬みのあった藤沢美希のプールバッグを発見した。そこで悪戯をしてやろうと思いつき水着などを盗んだ。更衣室を出ると藤沢美希がトイレから戻ってくるところを見てしまい、慌てて階段を駆け下りた。プールバッグを持ってうろついていると不審に思われるので貴様はとりあえずプールに行くことにした。そこで体育教師と会話をし、名簿を確認して男子が安岐春海一人ということ、すでに帰っていることを知った。そしてプールと同じ一階にある男子更衣室が適にしていると気づき、中に誰もいないことを確認して忍び込んだ。それから適当なロッカーに水着を隠し、そのまま出て行った。違うかい?」
「……ッッ」
しかし安子さんは俯いたままだ。
「貴様は自分がやったことの重大さを理解しているのか? 一人のなんの罪もない冴えない男をどん底に突き落とそうとしているのだぞ! キミはとても老獪だ。あの状況で冷静になり、ここまでの作戦を一瞬で思いついたのだ。認めるしかない。だが!」
そう言うとヒメノは拳を握りしめた。そして僕の目にはなぜか泣いているように見えた。
「だからッ! だからこそ貴様が許せないのだ! それだけの頭脳を持ち、用途はこのバカを陥れることだけだ。だからワタシは貴様を否定する。行動から思考に至るまでのすべてを! そしてこの救いようのないバカで変態な男を救ってみせるんだ!」
安子さんは俯いたまま体をわなわなと震わせていた。
今何を思っているんだろうか。
「ねぇ、今の話ホントなの?」
藤沢さんが安子さんに尋ねるが、口を開こうとしない。
それどころか、その閉ざされた口から嗚咽が漏れてきた。
「ねぇ、聞いてる? ねぇ!」
藤沢さんは感情を露わにさせ、肩をつかみ揺さぶった。
さすがに体育教師が止めに入ったが、藤沢さんの怒りはまだ収まっていないようだ。
すると今度は学年主任の教師が、
「とりあえず安岐の謹慎処分は取り消す。すまなかった。謝罪は追ってする。こちらは話を聞いたあと処分を決める。今日のところは藤沢と安子以外は帰ってくれ。事情は後々連絡する」
そう言って僕らを部屋から追い出した。
そう言えば本当に横田さんと倉上さんは演出だったんだなぁ。
「ヒメノ。ありがとね。僕一人じゃ絶対ダメだったよ」
僕は学校を出てから、素直にお礼を言った。今回の件は本当に感謝していた。
「依頼だから当たり前だ」
「そうだけどさ。あ、そうだ今回の依頼料っていくら? まだ払ってないよね?」
財布を取り出して中身を確かめると、一万円ちょっとしか入っていなかった。さすがに足らないか、とか思っていたら、
「十万だ」
「…………え?」
「だから十万だ」
「絶っっっっ対高いって!」
「キミの人生を救ってやったのだ。それだけもらって当然だろう。それともキミの人生は十万にも満たないかい?」
クソッ。口じゃどうやっても勝てないのか。
「そうだ。それより、0.5パーセント割引っていうのはどしたんだ!」
「そんなこと言ったかい? まあいい。割り引いたところで九万九千五百円だ」
「え? 嘘? そんなしかならない?」
「自分で計算してみろ」
「いやちょっと待って。えーと、十万の百分の一は……違う。千分の一? あれ? どう計算するんだ?」
「とにかく、払ってもらうぞ」
「無理だって! 僕まだ高校生だしバイトもしてないんだよ?」
「それならば体で払えばいいだろ」
「……え? それって……」
ヒメノは顔を真っ赤にすると、
「な、何を勘違いしているのだ変態が! 返済が終わるまでワタシの手となり足となり、無賃金で事務所の手伝いをしろということだ! バカなのか貴様は!」
「ああ、そういうことね。って、どういうこと?」
ヒメノは久し振りに大きなため息をついて、
「知るか! 自分で考えたまえ! 一々あれやれこれやれと命令しなければ何も出来ないのかね、キミは! だとしたらとんだ不出来な奴隷を持ったものだ。逆に賃金を頂きたいところだね、まったく!」
と憤慨していた。
「それで、主な仕事内容とは?」
「頭が悪いキミには何も期待していない。だから客引きでもしていたまえ」
そんなわけで僕はアンチマテリアルハンター事務所の客引きに就任しました。
めでたしめでたし。
これっぽっちもめでたくないけどね。
結局アンチマテリアルの意味はよく分からなかった。だけど、ほんの少しだけ分かった気がする。
――ある日の真実が永遠の真実ではない――
――アンチマテリアルとはある者にはどうしても知りたい真実であり、ある者にはどうしても隠したい虚実である――
今回の事件はまさにこの通りだった。
僕が水着泥棒だという事実は永遠ではなかったし、僕にとってはどうしても知りたい真実だったけど、安子さんにとってはどうしても隠したい虚実だった。
なんにせよ事件は解決したのだ。あとは借金返済に頭を悩ますだけだ。
実はこっちの方が大変だったりして。
「はぁ、疲れた」
僕の一つ目の事件はこれでお終いだ。
この先たくさんの事件に出会うけど、いまだに僕が活躍したことはない。
二つ目の事件は確か秋だった。
そこで僕はとんでもなく美しい白髪の少女に出会ったんだ。
短い連載でしたがここまで読んでくださってありがとうございます。
オチの部分を見れば分かるとおり、実は続きは多少考えてあります。もし気が向いたら書こうかと思っています。
さて、内容についてですが、推理というには少し無理があったかな?
そもそも事件の規模が小さすぎますね(笑)。
ミステリー小説の部類ですかね、イヤそれともコメディ……ここは新しくミスコメなんてジャンルを作ってみても面白いかも知れませんね。
それは読者の皆様に任せます。