ラマダーン(断食月)を明かす
イスラムとは平和という意味のアラビア語である。ラマダーンは、イスラム教の断食月である。断食月、イスラムの男(エジプトを除く)は、異民族の女を誘拐に出かける。これがラマダ―ンの秘密である。ムハンマド存命の頃から、イスラムは断食月に異民族の女を誘拐に出かけている。ラマダーンは、イスラムが国際的に主張するイスラムの権利であり、二十一世紀現在、秘密裏に国際的にその権利が伝統として認められている。
ラマダーンに断食をするのは、異民族にラマダーンの秘密を隠すための嘘であり、囮である。イスラムは毎年、ラマダーンの度に異民族の女を誘拐して、自分たちのハーレムにぶちこんでいた。これは現在でも続いている。イスラムは、断食月になると、世界中に美少女を連れ去りに出かける。ラマダ―ンになるたびに、世界中で、娘を持つお父さんはイスラムと戦うことになる。ラマダーンになるたびに、世界中の町がイスラムの戦士の誘拐から女を守るために戦うことになる。防衛戦は厳しい。
ラマダーンの恩恵、ラマダーンの神秘とは、こういうことである。イスラム教の正しさをラマダ―ンが示しているのかどうか、私は知らないが、イスラムはラマダ―ンを聖なる月としている。
二十世紀末のイラク戦争で、アメリカ合衆国の男がイラクへ戦争を強く望んだのは、ラマダ―ンで娘や姉妹を誘拐されたためである。イスラムは、ラマダーンのたびに、アメリカ合衆国からも美少女を誘拐している。我が国の美少女も毎年、誘拐されている。
イスラムは、いつしか、ラマダーンで女を誘拐に行かない男を「イスラム」、つまり、平和と呼び、女を誘拐に行く男を「ジハード」、つまり、聖戦と呼ぶようになった。イスラムか、ジハードか、イスラムの男の人生はラマダーンで変わる。
イスラムはここまで男尊女卑な社会である。このような文化圏も存在することを、国際的な現代人なら理解して生きなければならない。イスラムは常に美少女を探している。美少女を守るのは、彼氏や夫だけでなく、町、民族、国、共同体の役目である。
二十一世紀初頭、誘拐婚を世界的に減少させる動きがあった。イスラムのラマダーンがそれによって、どう変わったのか私は知らない。美少女の誘拐が続いていることだけを知っている。誘拐された女は「誘拐されたくなかった」と語っていた。女の幸せがラマダーンによってもたらされるのか、私にはわからない。美少女を手に入れることは、男の人生において大事件であり、そう簡単に経験できるものではない。美少女を手に入れる問題を経験で話し合うには限界がある。美少女を手に入れることができなかった男たちの意見も充分に聞きたいからである。そして、女の意見も。
誘拐は、排泄の処理の難しい行為である。衛生について考えるに、誘拐はしない方がいい。素人が誘拐された女の排泄物を処理できるものではない。
ラマダーンとどう生きていくのか、それは世界のすべての人類に関わる問題である。ラマダーンの問題から人類は逃げられない。女の幸せは男の喜びだ。どんな生き方が女を幸せにするか、とても難しい。




