エピローグ
ぽかぽかした春の陽気を感じながら、俺は道行く人々を見るとはなしに眺めていた。
大学の卒業式が終わって、あと数日もすれば新社会人としての生活が始まる。
今日はここで二条さんと待ち合わせをしていた。
こうやってのんびり出来るのも今のうちかなぁ。
「あれ、川瀬君?」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきて振り返る。
「山崎さん?」
「久しぶりだね。元気?」
「元気だよ」
山崎さんは、両手に大きな紙袋を抱えていた。
「買い物?」
「スーツだよ。4月からいよいよ社会人だからね〜」
「就活の時のじゃだめなの?」
「駄目じゃないけど、足りないし。何より気分が上がらない」
そういうもんか。
「川瀬君は待ち合わせ?」
「うん」
「デートだ?」
「⋯ノーコメント」
「川瀬君、誤魔化すの下手だよね」
「⋯⋯」
まずいな、今二条さんが来たらどうしよう。
――まあいいか。別に。
「うん。だから、誤解されるからどっか行ってくれると助かる」
「一緒にいた美人は誰!?ってなる?」
「自分で言う?」
山崎さんは楽しそうにくすくすと笑った。
「んーでもそっか。川瀬君、元気になったのは私が布教したコンテンツのおかげだと思ったのに、恋人が出来たからだったか」
「どっちもだよ」
実際、山崎さんが教えてくれた二次元アイドルは、俺もだけど二条さんの方が結構ハマっていて、今度一緒にライブに行く予定だ。
リア充め、と言われて肩をすくめる。その時、見知った人影が近付いてくるのが見えた。
「理人君」
間に合わなかったか、と思いながら山崎さんの方を見ると、彼女は一瞬驚いたように目を見開いた後、小さく笑みを浮かべた。
「じゃあ私はこれで。またね」
「バイバイ」
特に何も突っ込まずに去っていく彼女に安堵しつつ、二条さんの方に顔を向けると、なぜか二条さんは顔を顰めていた。
「今の、友達?」
「はい。大学の時に同じ学科で」
「ふーん」
なんだ? なんか不機嫌そう。
さっき冗談で、誤解されるからとか言ったけど、まさか本当に誤解してるんだろうか。
「理人君、こっち」
「え? わっ⋯!?」
腕を掴まれ引っぱられて、そのまま地下駐車場に連れて行かれた。促されるまま車に乗ると、二条さんの顔が至近距離に迫ってきて唇を塞がれた。
「んっ、に、じょうさん⋯っ」
「ほんとに友達? 元カノとかじゃなくて?」
「俺、そういうのいないって言いましたよね?」
「そうだけど、なんか仲良さそうだったから」
二条さんは不満そうに眉を寄せている。ヤキモチ妬いてるところは初めて見た。
「別に普通ですよ。今度行くライブのコンテンツを最初に教えてくれた子です」
「理人君、推し友もいたことないって言ってなかった?」
「一緒に推し活してたわけじゃないし、今も偶然会って、ちょっと話しただけです」
もしかしたら、向こうは友達とすら思ってないかもしれない。ただの知り合い。俺もその辺は微妙なラインだ。友達かと聞かれて否定するほどでもないけど、あえて友人として名前を挙げるほど仲がいいわけでもない。
それを言うとようやく納得したのか、溜息を吐いて額をくっつけてくる。
駐車場の中は暗いし、人もいないからまず見られることもないだろう。
「今日、ほんとはこの後、ご飯行ってどこか出かけようと思ってたんだけど」
「はい」
「無理だから。このまま俺の部屋直行でいいよね」
無理なのか。
いいよね、と言いながら、すでに決定事項みたいだ。
余裕のない二条さんがなんか可愛く見えて、俺は抱きついて自分からキスをした。
「⋯理人君」
「はい?」
「――⋯」
はぁー、とわざとらしく溜息を吐かれる。
「もういい。その辺のホテル入る」
あ、なんか煽っちゃったみたい。
「二条さん、余裕な時とそうじゃない時の差が激しすぎです」
「笑っていられるのも今のうちだよ」
ジロッと睨まれたけど、それなら今のうちに笑っておいた方がいい気がする。今大人しくしておいたところで、どうせこの後の展開は大して変わらないだろう。
そう思ってくすっと笑みを溢すと、ホテルの駐車場に着くなりディープなキスをお見舞いされた。
✦✦✦
久しぶりのライブの空気感に胸が高鳴る。
今日は二条さんと、例の山崎さんに教えてもらったアイドルのライブに来ていた。
「チケットとれて良かったね」
「そうですね」
まだ割と新しいコンテンツなので、会場もそれほど大きくない。チケットも結構な倍率だったらしい。
ライブはアニメの再現度がとにかく高く、初ライブとは思えないほどの盛り上がりで、ファンの一体感もすごかった。
そして何より、
「ありがとー!」
俺は隣で感謝の言葉を叫んでいる二条さんを見ながら、自然と笑みがこぼれた。
やっぱり、たくさんの人の好きって気持ちが溢れているこの空間が、すごく好きだなと思う。
いつまでも鳴り止まない拍手と声援に包まれて、ライブは幕を下ろした。
✦✦✦
「はー、最高だった!」
「すごい楽しかったです。めっちゃ盛り上がった!」
「ね! アニメの再現度やばい。ダンス上手すぎ!」
ライブが終わった後、一緒に俺の部屋へ帰ってきた。買ってきた夕飯を食べながら感想を語る。
二条さんと初めて会ったライブの時は、多分俺の方が熱量が高かった。でも、今回のはどっちかと言うと二条さんの方がテンションが高い。
「この子かっこよかったな〜。まだ若いよね。理人君と同じくらい?」
「もうちょっと上ですよ」
「演技もどんどん上手くなってるよね」
二条さんは、セトリにあった曲のMVをスマホで流しながら、感嘆するように溜息を吐いた。
「二条さん、そういう子好きですよね」
「うん。好き」
「俺とどっちが好きですか?」
「そんなの、理人君に決まってる」
あまりにも夢中になってるみたいだったから、ちょっと言ってみただけだったんだけど、二条さんは面白がるように顔を覗き込んでくる。
「ヤキモチ?」
「そんなんじゃないです」
「推しは所詮推しだからね。好きなのはずっと理人君だけだよ」
「そんなの⋯⋯、っ、」
唇をキスで塞がれる。後頭部を押さえて深くなっていくそれに、俺は慌てて腕を突っ張った。
「二条さんっ、そろそろ帰らないと⋯」
「うーん。やっぱり、最初からうちにすれば良かったな。今から来る?」
「行かないです。明日仕事だし」
ちょっとまだ、二条さんの家から仕事に行くのは気が引ける。
「そしたら、ここでする?」
「しません!」
「壁薄いから?」
「もう!」
なんなんだこの人は。いや、元々俺が変なこと聞いたせいだけど。
最初のあの時以来、気まずいからここではもうしないと言ったのを聞いてくれてるのは嬉しいけど、時々こうやって蒸し返される。
「仕方ない。じゃあ後10⋯30分したら帰る」
「え、長い⋯」
俺だって一緒にいられるのは嬉しいけど、ちゃんと30分キスまでに留めておいてくれるのかが怪しい。
「んー、あ、じゃあこうしよう」
二条さんは何か思いついたようで、持っていたグッズの中からアクスタを取り出してテーブルに置いた。
「? なんですか?」
「これなら、なんか見られてる気がして変なことし辛いかなって思って」
「は?」
確かに、そう言われるとアクスタなのに視線を感じるような気がしてくる。
「や、これはちょっと⋯」
「理人君の推しも並べる?」
「やめてください!」
これだとエッチどころかキスもし辛いんだけど!
「理人君、顔真っ赤。かわいい」
「バ⋯⋯っ」
照れ隠しに言ったバカの2文字目は、二条さんの口の中に吸い込まれた。
テーブルに置かれたアクスタの瞳がじっとこっちを見つめていて、俺はその視線から逃げるようにギュッと強く目を瞑った。
END.




