第一章~Chapter 1~知らなかった事実
「それではみなさん、気を付けて帰ってください。さようなら」
美山先生がそう挨拶をすると帰りのHRが終わった。
今日は始業式だけなので午前中で終わりだ。
クラスメイト達は散り散りに教室を後にする。帰り際に「梓ちゃんとデートかよ。死ねばいいのに」
耳もとでぼそっと言われたが怖いから気にしないでおこう、と佐々神は心に決める。
「ねえ」
後ろから声をかけられた。振り向くと後ろにいたのは、なぜかメチャメチャ不機嫌な舞華だった。
「行ってらっしゃい」と一言だけ笑顔で言って去っていくのは、そこらのホラー映画よりずっと怖かった。
「佐々神君」
今度は梓に声をかけられた。
(あれ? 名前なんていつの間に覚えられたんだ?)などと不思議に思いながら、翔の話のことだ理解する。
「んじゃ、駅前の『crunch』でいいか?」
『crunch』とは高校生の間で人気のファーストフード兼お手軽喫茶店だ。
「あ、うん。大丈夫!」
転校生の梓にも通じるのはこれはどこにでもあるチェーン店だからだ。佐々神がここを提示したのはお手軽という面もあるが高校生くらいの年齢なら誰でも行ったことあるというのが大きかった。
佐々神達はさっそく学校を後にし、駅前の『crunch』へと向かった。
一五分ほど歩いたところに『crunch』はあった。外見はアンティークを気取ったデザインで、扉も木で出来ている。
佐々神が中にると一番に目を惹かれたのが大きな観葉植物だ。名前は分からないが、大きく葉を広げ、いかにも健康そうで青々しい。佐々神は食べたらまずそうだな、とよく分からないことを考えた。
佐々神はレジでコーヒーとアップルジュースを頼んで一番奥の木で出来たテーブルと椅子の席に座った。昼飯でも食べていこうか迷ったが向こうの都合もあるし、出会った初日で一緒に昼飯を食べるのは気が引けた。学ランの言う通り「デート」になってしまう。
しばらく梓のストローを吸う音と周囲の客の会話だけが続いた。
「いきなりなんだけど……なんでお兄ちゃんのこと知ってるの?」
佐々神は梓の言っているお兄ちゃんは翔のことだろうと判断した。
「俺が誰だかわかるか?」
突然の問いに梓は少し戸惑った様子を見せたが「多分……」と答えた。
「りょうへい君だよね?」
りょうへい君とは、おそらくクラスメイトに聞いて知ったわけではない。梓は佐々神のことを前から知っていた。
「昔お兄ちゃんが友達だって言ってた」
梓がそう付け足した。
(やっぱり知っていたか)
「そうだな。昔、俺と翔は友達だった」
そう言った後説明を加えていく。
「三年前俺はちょっとした事があって荒れていた。ホラ、俺ってこんな髪の色してるだろ? だから、よく絡まれたんだ」
そう言って佐々神は自分の金色の髪を指す。
「それで、当時完全にグレていた俺は手当たり次第に喧嘩をしていたんだ。その時ちょうど翔に喧嘩吹っ掛けたんだ。で、初めて自分は最強じゃないってことを知った。俺は勝てなかったんだ」
梓はそのことに疑問を抱いた。
「あれ? お兄ちゃんも勝てなかったって言ってたよ」
「ああ。その時引き分けだったんだ。気づいたらお互い動けなくなっていた」
「ん? 喧嘩したのになんで友達なの?」
「いや、それはいまだにわからん」
その答えに梓は不思議に思いながらも笑っていた。
「お兄ちゃんらしい」そう思った。
「んで、なんだかんだ友達になってお互い丸くなりましとさ。おしまい」
佐々神は昔話のような口調でふざけた。
「えーそれだけ?」
「まぁ、他にもいろいろ聞いたけどな」
佐々神はさらっと言ったつもりだったが梓はそれに反応した。
「いろいろ?」
その問いに対し佐々神は真顔で、
「あ、ゴメン……今は話せない」と答えた。
少し沈黙が続き気まずくなったのか、梓は話題を変えた。
「じゃあ、お兄ちゃんが今どこにいるか知ってる?」
佐々神はその問いに答えようか迷った。が、さすがに何も知らせずにいるのはよくないと思い、話すことにした。
「信じるかどうかはどっちでもいいが、他言はするな」と、強く言った。
「……うん」
梓は小さく頷く。
「……翔は今ある教団にいる」
「教団? 教団って宗教の団体? キリスト教とか?」
「まぁ、それと同じだ。それであいつのいる教団はEARTHと呼ばれている」
「EARTH……地球って意味?」
「多分そんなとこだろう。詳しくは知らん。ググれ!」
「?」
梓は首を傾げた。
どうやら「ググれ!」の意味が分からなかったらしい。
「で、あいつはあそこの教主だ」
無視して話を続けた。
「教主ってリーダーみたいなの?」
「そうだ。あいつはあそこを取り仕切っている」
「何してんだろ?……」
梓は少し暗くなった。
「そんで、その教団の目的がヤバいらしい」
「らしいって……詳しく知らないの?」
「ああ。噂で聞いた程度だからな。そんでEARTHの目的が『地球返還計画』というものだ」
「『地球返還計画』? 地球を返すの?」
「いやそれはわからない。どうやらこの内容については外部に漏れてないらしい。それで、EARTHはこの計画のためなら本当に文字通り手段を選ばない。実際に殺された人間も多いらしい」
「え?……」
梓は表情を硬くし黙り込んだ。
「俺が話せるのはここまでだ。これの話は人から聞いたものだ。信じるかはどうかは好きにしてくれ」
そう告げると梓の表情が少し和らいだ気がした。