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戦国アウトロー  作者: 石蒜
第3章「美濃の蝮」
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第84話「譲れぬ条件」

北美濃工業高校の旧会議室。

須藤秀光が青木優真との交渉を終えてから、二日が経過していた。

机の上には、北美濃地区に所属する各校から提出された意見書が並んでいる。

その数は十一枚。

久我原宗一は一枚ずつ内容を確認しながら、眉間に皺を寄せていた。

「……予想以上だな」

向かい側に座っていた須藤が顔を上げる。

「何がだ?」

「要求がバラバラなんだよ。しかも、ほとんどが自分たちに有利な条件を求めている」

久我原は一枚の書類を差し出した。

「まず、北美濃商業。ここは各校の代表者に同じ一票を与えるよう求めている」

「小規模校だからな」

「ああ。ところが北美濃第二工業は、生徒数に応じて票数を増やせと言っている」

「……正反対だな」

「それだけじゃない。西美濃学園は連盟からの独立権を要求している。北陵商業は、救援要請を拒否した学校への処分を求めている」

須藤は書類を受け取った。

「処分?」

「仲間を助けなかった学校には、一定期間の発言権停止を課すべきだそうだ」

「それは認められない」

須藤は即座に答えた。

久我原が目を細める。

「理由は?」

「救援できない事情だってある。人数が少ない学校にまで同じ義務を課したら、弱い学校ほど不利になる」

「だが、助けてもらうだけで何もしない学校が出てきたら?」

「それも問題だ」

「だったら、どうする?」

須藤は言葉に詰まった。

久我原は書類を机に戻した。

「お前が青木に突きつけた問題と同じだ。公平な制度を作るのは、口で言うほど簡単じゃない」

「分かってる」

「本当に?」

須藤は久我原を見た。

「何が言いたい?」

「お前は全員の意見を聞こうとしている。だが、全員の要求を通すことはできない」

久我原の内側で、長井道利の声が響いた。

『よいか宗一。人をまとめる者には、情だけでなく、切り捨てる覚悟も要る』

(切り捨てる、か)

『誰の望みを退けるか。それを決められぬ者に、大勢は率いられぬ』

久我原は目の前の須藤を見つめた。

「秀光。お前は誰を優先する?」

「……」

「大きな学校か? 小さな学校か? それとも、自分に従う学校か?」

「どれでもない」

須藤は静かに答えた。

「俺が守りたいのは、美濃で普通に学校生活を送りたい連中だ」

「綺麗事だな」

「そうかもしれない」

「だが、その答えじゃ制度は作れないぞ」

須藤は意見書をもう一度読み始めた。

その胸の内で、斎藤義龍が語りかける。

『秀光よ。道三は力ある者を用い、美濃をまとめ上げた』

(ああ)

『されど、おぬしは異なる道を選ぼうとしておる』

(俺は青木のやり方を全部否定したいわけじゃない)

『ならば、何を残し、何を改めるか。それを定めよ』

須藤は一枚の白紙を取り出した。

「宗一。まず、連盟の目的を整理しよう」

「目的?」

「学校同士の無意味な抗争を防ぐこと。そして、外部から襲われた学校を守ること」

「それは青木も同じだろう」

「ああ。だから、そこは変えない」

須藤は紙に文字を書き込んだ。

「変えるのは、決定の仕組みだ」

久我原が身を乗り出す。

「具体的には?」

「重要な決定には、二つの条件を設ける」

「二つ?」

「賛成した学校の数。それと、賛成した学校に所属する生徒の数だ」

久我原は少し考え込んだ。

「なるほど。学校数だけでも、生徒数だけでも決められない仕組みか」

「そうだ」

「だが、両方を満たさなければ決められないとなると、今度は何も決まらなくなる可能性がある」

「だから、緊急時の救援だけは別にする」

「……続けろ」

「仲間が襲われたときは、各校の判断で救援に向かっていい。ただし、救援した側は後から事情を報告する。相手への報復を目的とした行動は認めない」

久我原は頷いた。

「悪くない。だが、救援と報復の境界は曖昧だ」

「そこは当事者以外の代表者が確認する」

「青木一人が判断するのではなく?」

「ああ」

久我原は腕を組んだ。

「少しは形になってきたな」

そのとき、会議室の扉が開いた。

「おい、二人とも。ちょっといいか?」

獅堂剛馬だった。

その後ろには、二人の男子生徒が立っている。

「こいつら、直接話があるらしい」

一人は北美濃第二工業の代表者。

もう一人は北美濃商業の代表者だった。

須藤は椅子から立ち上がった。

「何かあったのか?」

第二工業の代表者が口を開く。

「須藤。昨日提出した意見書、読んだよな?」

「ああ」

「だったら話は早い。俺たちは、生徒数に応じた発言権を要求する」

「それについては今、別の方法を考えている」

「別の方法?」

須藤が白紙に書いた案を説明すると、男は不満そうに顔を歪めた。

「それじゃ、小さな学校に反対されたら何も決められねえじゃねえか」

すると、商業高校の代表者が言い返した。

「俺たちだって、大きな学校に全部決められるのは嫌なんだよ」

「お前らはいつも守ってもらう側だろ!」

「だからって、何も言う権利がないのか?」

「そうは言ってねえ!」

二人の声が大きくなった。

獅堂が間に入る。

「おい。ここで喧嘩するなら外に出ろ」

「獅堂、お前はどっちの味方なんだよ?」

「は?」

「北美濃工業は人数が多い。俺たち第二工業と同じ立場だろ?」

獅堂は男を見つめた。

「だから何だ?」

「須藤を説得してくれよ。強い学校が中心にならなきゃ、連盟なんてまとまらねえ」

獅堂はしばらく黙っていた。

その内側で、日根野弘就が語りかける。

『剛馬。力ある者が先陣に立つのは道理じゃ』

(そうだな)

『されど、力ある者がすべてを決めれば、従う者の心は離れる』

(……分かってるよ)

獅堂は男に向き直った。

「俺は秀光の味方だ」

「だったら!」

「けど、秀光が間違ってると思ったら、俺は反対する」

男が口を閉じた。

「強い学校が前に出るのは当然だ。だが、強いからって弱い学校を黙らせていいとは思わねえ」

「……」

「それに、人数が多い学校だけで全部決めるなら、青木が一人で決めるのと何が違うんだ?」

その言葉に、久我原が小さく頷いた。

須藤は二人の代表者を見た。

「俺は、どちらか一方だけが得をする連盟にはしたくない」

第二工業の代表者が尋ねる。

「じゃあ、俺たちの要求は却下か?」

「今の形では認められない」

「……そうかよ」

「ただし、人数の多い学校が負担していることも事実だ。そこは別の形で考える」

「別の形って何だ?」

「救援に出せる人数や、各校が負担する役割を明確にする。何でも平等に押しつけるつもりはない」

商業高校の代表者も口を開いた。

「じゃあ、俺たちみたいな小さな学校は?」

「人数が出せないなら、情報収集や連絡役を担う方法もある」

「それなら……」

「ただし、何もしなくていいわけじゃない」

須藤は二人を交互に見た。

「連盟に残るなら、互いに助け合う責任は持ってもらう」

二人はしばらく黙っていた。

やがて第二工業の代表者が口を開いた。

「……俺たちの意見も、ちゃんと青木に伝えてくれるんだな?」

「ああ。だが、採用するとは約束できない」

「分かった」

男は踵を返した。

「一つだけ言っとく。俺たちは、いつまでも待つつもりはないからな」

そのまま会議室を出ていった。

商業高校の代表者も、須藤に軽く頭を下げて退出した。

残された三人の間に、重い沈黙が流れた。

「……厄介だな」

獅堂が呟いた。

久我原は机に置かれた改革案を見た。

「今の言葉、聞いたか?」

「いつまでも待たない、だろ?」

須藤が答える。

「ああ」

「どういう意味だと思う?」

「連盟の改革が進まなければ、独自に動くつもりかもしれない」

獅堂が眉をひそめた。

「まさか、青木に勝手に話をつけに行くってのか?」

「分からない。だが、可能性はある」

須藤は椅子に座り直した。

「宗一。改革案をまとめよう」

「いいのか? まだ意見は全部揃っていないぞ」

「全部を待っていたら、一週間が終わる」

久我原は須藤を見た。

「ようやく決めたか」

「ああ」

須藤は書類を手元に引き寄せた。

「反対意見も含めて、青木に提出する。その上で、俺たちが何を変えたいのかを説明する」

「青木が拒否したら?」

「そのときは、また話す」

「それでも駄目なら?」

須藤はすぐには答えなかった。

やがて、静かに口を開いた。

「……そのときは、北美濃の今後を決めなきゃならない」

久我原はその表情を見つめた。

昨日までの須藤なら、きっと同じ答えを避けていただろう。

だが、今は違う。

改革が失敗する可能性を、ようやく正面から受け止め始めていた。

「分かった。俺も最後まで付き合う」

「俺もだ」

獅堂が続けた。

「ただし、喧嘩になったら俺の出番だからな」

「喧嘩にしないために動いてるんだ」

須藤が答えると、獅堂は苦笑した。

「分かってるよ」

三人は再び机を囲んだ。

北美濃の改革案は、少しずつ形になり始めていた。

しかし、須藤たちはまだ知らなかった。

北美濃第二工業の代表者が、会議室を出た直後に別の学校の代表者へ連絡を入れていたことを。

「……須藤は、俺たちの要求を通す気がない」

電話の向こうから、低い声が返ってくる。

『だったら、どうする?』

「俺たちだけで話を進める」

『須藤には知らせるのか?』

「いや」

男は北美濃工業の校舎を振り返った。

「もう、あいつの返事を待つ必要はない」

北美濃の亀裂は、須藤の知らない場所で少しずつ広がり始めていた。

第84話 完

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