ルーサー・スペルマンの表の稼業
キャンベル氏の工場は、アシュフォードの工業化の象徴だった。 光に満ちた広い作業場では、最新式の蒸気機関が織機を動かし、人々に活気と雇用をもたらしていた。 しかし今、その心臓部であるはずの巨大なボイラーと連結された駆動部が、奇妙な病を患っていた。
巨大なはずみ車は、時に意思を持ったかのように、加速したり減速したりと、不規則な動きを見せる。そのために織機のリズムは乱れ、美しいはずの織物が次々と失敗作となった。
マイケル・キャンベル氏は、油と鉄の匂いが染み付いた作業着姿で、一人の男のそばに立っていた。その男の表向きの肩書きは、高名な蒸気自動車評論家、マイク・バートン。だが、彼の真の顔は、アシュフォード魔法協会の会長、ルーサー・スペルマンであった。
「技術者どもは、ボイラーの圧力も、シリンダーの摩耗も、どこにも異常はないと言うのだ。ロンドンから呼んだ専門家ですら、首を傾げるばかりでね」
マイケルは、憔悴しきった顔で嘆いた。
「あんたも蒸気自動車の評論をするくらいなんだから、蒸気機関の機微が分かるだろう。見てやってくれないか、マイク」
キャンベル氏の工場。それは、人間の知恵が鉄と火を従えた、合理性の勝利を謳う場所であった。だが今、その勝利の象徴たる最新式の蒸気機関は、まるで癇癪を起こした子供のように、不規則な唸りを上げていた。
マイク・バートンすなわち、アシュフォード魔法協会の会長ルーサー・スペルマンは、油にまみれた機関の前に立ち、その光沢のある真鍮と鋼の構造を、静かに見つめていた。彼の目は、技術者が目指す論理の線ではなく、非合理の痕跡を探っていた。
「技術者は異常なところは何もないというのだが、回すと安定して回らない。見ての通り、はずみ車が速くなったり遅くなったりして、こんな調子じゃ織物が織れないんだ」
マイケル・キャンベルは、焦燥と困惑を隠せない様子で言った。彼の事業を支えるのは、この蒸気機関の安定した律動なのだ。
ルーサーの目が、光を反射するはずみ車の軸から、わずかに滲み出た淀んだ輝きを見つけた。それは、油のシミにしてはあまりに生々しく、熱の残滓を帯びていた。
(これはこれは……。魔法の残滓が、よりにもよって、この合理の心臓部に絡みついたか)
彼は心の中で嘆息した。スカリーの制御不能な火の魔力が、遠く離れたキャンベル家の最新機関にまで、その爪痕を残していたのだ。その魔力はあまりに粗野で、純粋な魔力の塊。それは、ヘンリー名誉会長の孫娘が持つ「隔世の力」が、どれほど凄まじい馬鹿力であるかを証明していた。
ルーサーは、懐からごく普通のウェス(布)を取り出した。その布には、誰にも見えぬように、魔法で中和と除去の呪文が、ごく薄く染み込ませてある。
「不調の理由が分かった気がしますよ、マイケル」
ルーサーはそう言って、機関のクラッチを切り、はずみ車の回転を止めた。
「最新型の機械というのは、思いの外繊細でね。人間の体と同じで、ちょっとしたことで機嫌を損ねることがあるんですよ」
彼は、目に見えない魔力の破片がこびりついた箇所を、丁寧に、まるで宝物を拭うかのように、力を込めて拭き始めた。傍から見れば、単なる蒸気自動車評論家が、工場の主人への好意で、わずかな油汚れを拭き取っているだけにしか見えないだろう。
「ほら、こんなわずかな油汚れでも、こいつは機嫌を悪くすることがあるんです。こうやってきれいに拭いてやれば、こいつの機嫌も直るでしょう」
彼は適当な言葉を並べながら、布を通して、スカリーの荒々しい火の魔力を、静かに、そして確実に非合理な力を秘密裏に使いながら「合理的な無」へと打ち消していった。その作業は、科学と魔術が交差する、危うい橋渡りであった。
目に見える魔力の破片を消し終えたところで、ルーサーは蒸気機関のクラッチを繋ぎ、マイケルに合図を送った。 再び唸りを上げて回り始めた織機は、今や完璧に安定したリズムを刻んでいた。はずみ車は、最初からそうであったかのように、寸分の狂いもなく回り続ける。
「おお、直った!」
マイケル・キャンベル氏は、まるで宝物を取り戻したかのように大喜びし、油にまみれたルーサーの肩を叩いた。
「素晴らしい、マイク! ロンドンから来た技術者には出張料金だけ取られちまって損したな。あんたこそ本物の腕利きだ。マイク、今晩良かったら一杯やらないか、俺のおごりで!」
合理主義の時代が呼んだ専門家は、目に見えぬ非合理の前には無力だった。そして、その非合理を秘密裏に打ち消した魔法協会の会長は、一杯のビールと「蒸気自動車評論家」という、表の顔の信頼を得たのだった。
ルーサーは笑ってその誘いに応じた。彼の心の中には、スカリーという制御不能な力の存在と、その力が合理の世界に与え始めた影響の深さが、重くのしかかっていた。この工場を救った代償は、彼の夜のちょっとした安息だけで済むのだろうか。




